TALE2:プリンセスの魔法 II
太陽が真上に昇った昼過ぎ。
森の間の草道を抜けると、もうそこは海に近い。吹きつける風が潮の香りを運んでくる。
「見えてきたわ」
馬を走らせるルヴィア達の前にコリコ・ポートタウンの街並みが見えてきた。
コリコ・ポートタウンは客船が出港する他、漁業が盛んに行われているなかなかの大きさの港街。近くには海水浴のできるビーチもある。
ポートタウンに到着したルヴィア達は馬で街道を進む。
行き交う町人の視線が集まる。さすがは絶世の美女姉妹、やはり注目の的だ。その美貌に男も女も目を向ける。
ルヴィアは堂々としているがレーシアは恥ずかしそうにうつむく。
「ねぇねぇキミたちィ、どこ行くの!?」
中にはデレデレした顔で声をかける馴れ馴れしい男がいて後ろにいるランディはムッとする。
「そんなコト、アンタにカンケーないでしょッ!!」
「ヒッ!」
だが、こうしてルヴィアが一睨みすりゃビビリ逃げていくのだ。
ルヴィアとレーシアは野菜や肉、魚等の食材や香辛料を売るフード・ストアに居た。
「おじさんっ!! ニンジン100コくれるっ!!」
「ひゃ、100本かい!? まいど!」
主人はその量に驚いたが、すぐに人参を段ボールに詰め始めた。
「……買いすぎじゃない?」
レーシアが冷や汗を垂らす。
「そんなコトないわっ!! あんだけのキョリ走ってきたのよっ!! あたしといっしょでおなかペコペコよっ!!」
ルヴィアの腹がグォーと鳴った。
「いやー、お嬢ちゃん達ベッピンだねぇ。まけといたげるよ」
デレデレした顔の主人が2人を見つめて言う。特にセクシーなルヴィアを見つめていたが。
「あら、あ・り・が・と。ウフっ」
お礼に色っぽくウィンクしてあげるルヴィアだった。
ルヴィアとレーシアは馬と待機しているランディに向かった。
「予想はしてたけど、さすがにナンパがすごいな。ここまで来るのにどれだけされたよ」
ウンザリといった表情でランディが言う。
「そーね。まーあたしほどイイ女がいたらムリないわよ。ホーッホッホッホッ!」
ルヴィアが腰に手を当て得意気に高笑いした。
「この先心配だ。僕が男として護らないと」
真顔で言うランディにルヴィアはポカンとする。
「なんですってッ!? このあたしをまもるッ!? アンタがッ!? 笑わせてくれるわ」
あざ笑うとランディはムッとする。
「なんだよッ!! バカにしてるのかッ!!?」
「あたしじゃなくて、ホカにまもってあげるコいんでしょー?」
「はッ!?」
目を丸くするランディ。
「レーシアよ」
「エッ!!」
レーシアの顔が真っ赤になった。
「レーシアはアブナイわ。だってこのコ、あたしには強いクセに男の前だと弱いもの。ねェー?」
ルヴィアが嫌みタップリに言ったがレーシアは真っ赤な顔のまま反論できずにいた。どうやら本当らしい。
「そんなことよりお姉さま、人参を出して!」
ごまかすように言う。
「あ、そーだったわね」
ルヴィアはクリスタル・ブレスレットを見た。
クリスタルの1つ1つの中にはミニチュア化された様々な物が見える。
その1つに触れるとクリスタルの中から巨大化するように段ボールに入った人参100本が現れた。
両手に人参を1本ずつ持ち茶の馬に食べさせる。
「ほらゴハンよ。タクサンあるからね」
レーシアも人参を手にして白馬に食べさせた。
「…………」
その様子を見ていたランディはルヴィアに歩み寄る。
「僕にも、そうやって食べさせてほしいなぁ……」
そう呟くとルヴィアは振り向く。
「はッ!? なんか言った!?」
「えっ、だから……。僕にもさ、そういうふうに食べさせてくれたら幸せだなって……」
ランディが照れて片手で後頭部を掻きながら言う。
「あーんとか言ってさ…ウグッ!?」
突然、口に人参を押し込まれランディが目を見開いた。
「はいランディちゃーん、おいしー?」
ルヴィアがひきつり笑いをしながらランディの口に人参をグイグイと押し込む。
「アガガァ」
苦しがるランディ。
その様子に気づいたレーシアはビックリ仰天する。
「キャ――!! お姉さま何しているのよ!!」
慌てて駆け寄りルヴィアの手を人参から離させた。
「お姉さまのバカ!!」
「ナニよッ!! だってコイツが食べさせてほしーってッ!!」
ランディは人参を地面に叩きつける。それを見た茶の馬が『あッ!』と言ったように見えた。
「誰がニンジンだって言ったァッ!!!」
額に青筋を立ててルヴィアに食ってかかった。
そんなルヴィアを助けるように青筋を立てた茶の馬がズカズカと駆け寄り、後ろ足でランディを蹴り上げた。『人参を粗末にするでねーッ』と雄叫んでいるようだった。
「あ゛〜〜〜〜」
「キャ――!!! ランディさ――ん!!!」
レーシアが空の彼方へ飛んでいくランディに叫んだ。ランディは星となった。
「でかしたわっ!」
親指を茶の馬に向けて立てるルヴィアだった。
暖かな陽射しの当たるテラスのレストランは昼時というのもあり大勢の人で賑わう。
「あーマンゾク。おなかイッパイだわ」
満足そうにお腹をさするルヴィア。テーブルには皿が山積みだ。
ランディは片手でテーブルをドンッと叩く。
「食べ過ぎだぞッ! 今朝より食べてるじゃないかッ! ルヴィアは今までこんなに食べてたかッ!?」
「そーかしら? まーキャッスルで暮らしてた時は量ちゃんと決まってたもんね。ホントはあれだけじゃゼンゼンたりなかったのよねー。でも、これからそんなコト気にしないで食べたいだけ食べられるわーっ♪ あーシアワセー」
「そんなことをしてたら太るぞ」
ランディが小声でボソッと呟いた。ルヴィアに言うつもりはなかったらしい。
だがルヴィアはピクッと反応した。彼女は耳が良い。聞き逃す事はなかった。
「……ナーニィ? ランディ、今なんてったの?」
額に青筋を立てたルヴィアが無理に微笑み、口元をヒクヒクさせながら尋ねた。
そんなルヴィアにランディは冷や汗をかく。
「あ、いや、別になんでも……」
「もー1度言ってみなさいよ」
ルヴィアが立ち上がるとランディはビビリ、ビクビクと怯えながらも口を開く。
「そ、そんなに毎日食べてたら……ふ、太っちゃうかもなって……」
「ふーん、そぉ」
笑顔で言った次の瞬間
「ぬァんですってェ〜〜!!?」
ランディの胸ぐらを掴み怒りの形相になった。
「お姉さま! こんな所でやめて!」
レーシアが止めるとルヴィアはハッと我に返る。
周囲を見回すとテラスの客は皆注目していた。といっても彼女達は目立つので既に注目の的だったが。
「さーてと、おなかイッパイになったコトだし、なんか眠くなってきちゃったわ。ホテルでひと休みしよーかしら」
街道を歩きながらのんきに言うルヴィアにランディは驚く。
「エエッ!!? 食べたばっかりでもう寝るのかよッ!! 本当に太るぞ」
また余計な一言を言ってしまった。
足を止めたルヴィアにランディはしまったとビビッたが、もう手遅れだった。
恐ろしい形相でルヴィアが振り返る。
「ランディ〜〜。アンタいちいちムカツクコトばっか言ってェ……」
「ぼ、僕はルヴィアのためを思って……」
冷や汗をかいたランディがルヴィアの迫力に怯えて後ずさりをする。
「ウッサーイッッ!!!」
ルヴィア・パンチを繰り出そうと拳を引いたルヴィアにランディは目をつぶる。
「ルヴィア王女様!! レーシア王女様!! ランディ様!!」
突然3人の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「ダレッ!?」
ルヴィアとレーシアが声のほうに振り向く。
助かった、と殴られずに済みホッとするランディ。
そこにキャッスルの兵士が数人居た。
「あ――ッ!!!」
ルヴィアとレーシアが目を見開く。
「やっと見つけましたよ。やはりこちらにおられましたか」
隊長らしき中年の兵士が言った。
「ナニよアンタ達ッ!! なんでこんなトコいんのよッ!!」
「なんでって……。それはキングのご命令で捜しに参ったのです。キャッスルではあなた方がいなくなったと大変大騒ぎですよ。さぁ早くキャッスルへ帰りましょう。キングもご心配なさっておられます。馬車をご用意しておりますので、そちらへ」
「バカ言ってんじゃないわよッ!!」
ルヴィアがそう言うと兵士だけじゃなくランディとレーシアも注目した。
「せっかく夜中にキャッスル抜け出したってのに、帰ってたまるもんですかッ!! ゼーッタイ帰ってなんかやんないわよッ!!」
それを聞いた隊長はため息をつく。
「ルヴィア王女様……。我々も簡単に承っていただけるとは思っておりませんでした。レーシア王女様やランディ様も帰られる気はないと?」
隊長が尋ねるとランディとレーシアは顔を見合わせた。
そして隊長に向き直る。
「僕は、ルヴィアが帰らないなら帰りませんっ」
「私もです」
「そ、そんな……」
ルヴィアはともかくレーシアとランディなら少しは見込みがあると思っていた隊長は面食らった。
「さっ、そーゆーワケだから、おとなしくキャッスルに帰んなさい」
片手を縦に振りながらルヴィアが言い放った。
「そういうわけにはまいりません。申し出が通じない場合は力ずくで連れて帰れとのキングのご命令です。ですからあなた様方を力ずくで連れて帰らなくてはなりません」
隊長の発言にルヴィアはクスクスと笑い始める。
「そんなコト、できんのかしら?」
「……皆の者」
隊長が緊張気味に言うと兵士は槍を身構えた。だがルヴィアは余裕の表情だ。
その様子に冷や汗をかいた兵士の1人が隊長に申し出る。
「隊長、もしもプリンセスが魔法を使ったりしたら我々に勝ち目はありませんよ!」
「大丈夫だ。いくらなんでもそこまで冷淡な方では……」
ルヴィアはおもむろに右手を開く。それを見たレーシアは嫌な予感がした。
「お姉さま!! 精霊術を使う気!!? やめて!!」
「ダイジョーブよ、手カゲンするから」
「そんな!!」
「ない……」
隊長が冷や汗をかき始める。
『燃え盛る炎の精霊よ…我が意の全てを飲み込みたまえ』
ルヴィアが呪文を唱えると体が淡く輝きだした。
シルバーの瞳も淡く輝きながらルビーレッドに染まっていく。
髪は足元から風が吹き上げたように上に流れ、うねる。
手の平に炎がゴォッと燃え上がった。
「はず……」
隊長と兵士の顔から血の気がサーっと引いた。
「ウワア――ッッ!!!」
全員、真っ青な顔で驚愕した。
「おおー!!」
「すげぇー」
周囲には野次馬が集まりルヴィアの精霊術を目の当たりにして驚きの声を上げる。
「さーアンタ達、どーする? 帰んなら今の内よ? さもないと火ダルマになっちゃうわよォ。アツイわよォー?」
兵士を見下し高らかに笑うルヴィア。
「隊長ー!! やはりおとなしく帰りましょうよ!! あんな炎食らったら死んでしまいますよー!!」
半泣きで訴える兵士。隊長も足が震えてしまっている。
「えーい怯むな!! それでも由緒正しきアイルーン・キングダムの兵士か!! 我々はキングに命を預けているのだぞ!! ここで引き下がってしまってはキングに面目が立たんではないか!! あんな炎はただの脅しに決まっておる!! 皆の者、行けー!!」
隊長のかけ声でビビッていた兵士は一斉にルヴィアに向かった。
「バッカねーっ! 『ファイア・フレイム』ッ!!」
ルヴィアが右手を突き出すと炎はボンッと膨れ上がり巨大な火炎球になった。
兵士の頭上から迫り飲み込む。
全員が火ダルマになり地面でのたうち回った。
「だから言ったのに……」
ルヴィアがポツリと呟きランディは慌てる。
「ワアーッ!! ルヴィアどうするんだーッ!!?」
「知んない」
「このままじゃ皆さん焼け死んじゃうじゃないの!!」
「それカクゴしてたんでしょ」
冷たく言い放つ。
「酷いわ!! もう、ここは私が」
レーシアが右手を頭上にかざす。
『清らかなる水の精霊よ…我が意の全てを押し流したまえ』
体が淡く輝き瞳は淡く輝きながらサファイアブルーに染まる。
髪は上に流れローブの裾はヒラヒラとひるがえる。
手の平に幾つかの水粒が現れた。
「『タイダルウェーブ』!!」
水粒は渦になり溢れんばかりの水流が勢い良くザアッと溢れ出した。
水流は兵士を飲み込んだが押し流すことなく消えた。兵士の炎だけを見事に消したのだ。
「おー!! かっこいい!!」
野次馬から拍手が起こった。
ランディとレーシアはホッと胸を撫で下ろすと、すぐ兵士に駆け寄り安否を確認した。
「よかった、無事だ」
「こちらも皆さん無事です」
「そりゃそーよ。手カゲンするって言ったでしょ」
歩いてくるルヴィアにランディは冷や汗を垂らす。
「そうは見えなかったけどな……」
ルヴィアは倒れている隊長をヒールで踏み付けた。
「チョットいーかしら? 隊長さん」
「う……」
隊長が痛々しく体を震わせながら首を動かす。
「これでわかったでしょー? あたし達キャッスル帰る気なんかさらさらないってコトがね。あたし達はたのしくやってくから、どーかシンパイしないでっておとーさまに伝えといてねっ♪」
ルヴィアが可愛くウィンクした。
アイルーン・キャッスルのキングの間。
アイルーン・キングダムのエンブレムが施された重厚な扉。そこから続く金の刺繍入りの真紅絨毯の先にはマックスの座る豪勢な玉座がある。
「…だそうです。キング……」
マックスにひざまずいた兵士が面目ない様子で報告する。
「我々ではどうにもなりませんでした……。申し訳ございません」
マックスは怒りで体をワナワナと震わせる。
「うぬぬゥ〜! ルヴィアめ、あのおてんば娘めェ〜。いまだにキャッスルを出ることを諦めとらんかったとは!! どうしてくれるんだ、来月は結婚式ということで話が進んどるというのにィー」
両手で頭を抱えて苦悩した。
そこへリッドが駆けつけた。後からミレイアも歩いてくる。
「おじさまーっ!! ルヴィア姉ちゃん達どーなったんですかっ!!?」
「リッド君、ミレイア……。ルヴィア達は帰ってくる気はないらしい……」
苦悩の表情で2人を見るマックス。
「エ――ッッ!!? そんなァーッ!! バカ兄キはいーとして、ルヴィア姉ちゃんとレーシア姉ちゃんオレにだまって行っちゃうなんてヒデーやァーッ!!」
リッドが泣きベソをかいた。
「うおーん!! 結婚式どうしよォー!!」
なんとマックスまでリッドにつられミレイアにすがりながら泣きだした。
ミレイアは泣きじゃくる2人を困り顔で慰めるのだった。チャンチャン♪
【TALE2:END】