TALE2:プリンセスの魔法 I
開け放たれた窓からはまぶしい朝日が射し込む。
部屋にはゴォー、ガァーと不気味に響く轟音。その音の正体とは一体なんなのか。
そんな得体の知れない轟音の中ルヴィアはベッドで気持ち良さそうに眠っている。
音の正体は、なんとルヴィアのイビキだ。その絶世の美貌からはとても想像できないが、彼女は眠るとイビキをかく。
「お姉さまー、もう起きなさいよー」
顔をしかめてルヴィアを揺するのはレーシアだ。
だがルヴィアはビクともしない。大口を開けて恐ろしいイビキをかきながら眠りこけている。
彼女は1度眠りにつくと簡単には目覚めない。襲うなら眠っている時が1番といえるだろう。だが眠っている時と食べている時以外なら気配に1番敏感なのは彼女だ。
「レーシアちゃん、ルヴィア起きないみたいだね」
その様子を見ていたランディが言った。
「はい……」
「前にルヴィアと一緒に寝てた時も、なっかなか起きなかったからなぁ」
過去を思い出してうなずいた。
信じられないがルヴィアとランディは過去、夜を共に過ごしていた頃があったらしい。
「どうやってお姉さまを起こしていたんですか?」
「ああ。それはキスをして、同時にルヴィアの鼻をつまんで息をさせないのさ。そうするとルヴィアが苦しがって……」
言いながらランディの顔がカァーっと赤くなり慌ててレーシアに背を向ける。
「い、今のは聞かなかったことにしてくれるかなっ」
片手で後頭部を掻いた。顔が真っ赤になっているのが背後からでも解る。
「えっ! は、はいっ」
何故かレーシアの顔も赤くなった。
「あの、ランディさん。すいませんが部屋を出ていてもらえませんか?」
レーシアがそう言うとランディは振り返る。
「えっ!? どうしてっ!?」
「お姉さまを起こしますから」
「……? うん」
よく解らなかったがランディは部屋を出た。
ルヴィアと2人きりになったレーシアは息を思いっきり吸い込む。
「お姉さまァァ――!!!!! もう朝よ起きてェェ――!!!!!」
これでもかっという大声をルヴィアの耳元で炸裂させた。部屋全体が威力で振動する。
「キャ――――ッッ!!!」
ルヴィアが飛び起きた。
「ウワァッ!!」
ドアの向こうに居るランディまでもが大声の威力にやられた。
「な、なんなのーッ!?」
大声を直撃させられたルヴィアは両手で頭を抱えてクラクラした。いくら彼女でもたまったもんじゃない。
一方レーシアは息が上がり顔を赤くしていた。
「レーシアちゃん……。すごい……」
部屋に入ってきたランディもクラクラしていた。
「ハッ! ラ、ランディさん! 大丈夫ですか!?」
今度は恥ずかしさで顔が真っ赤になるレーシア。
「ナニすんのよーッ!! コマク破れるかと思ったわよッ!! せっかくキモチよく寝てたのにーッ!!」
正気に戻ったルヴィアがレーシアに怒鳴った。
「お姉さまが起きてくれないからでしょう!!」
「だからってあんたねぇ」
身支度を済ませたルヴィアは明るく清潔なダイニングキッチンのテーブルに着いた。
「あーおなかすいたわ。レーシア、なんか作ってよ」
「あのねお姉さま、ここがどこだかわかっているの!?」
レーシアが呆れ気味に言う。
「わかってるわよ。ランディんちでしょ?」
ここはベリーズ・ビリッジにあるアレイン家。つまりはリッドとミレイアの家だ。だが今リッドとミレイアはキャッスルに泊まっている為ここには居ない。父も仕事で家を空けがちで年に数回しか帰ってこないとか。
ルヴィア達はてっきりコリコ・ポートタウンに居ると思ったら、まだこんな所に居たのだ。まぁポートタウンへは一晩歩いただけでは到底辿り着けない距離だが。
ちなみにアレイン家はどこにでもあるごくごく普通の家。カントリー調のインテリアで揃えた暖かみのある家だ。
「さ、なんかはやく作ってよぉ。もーおなかペコペコよぉ」
「そんなことを言うけど、勝手に家の物を使ったりしたら……」
困り顔で言うレーシア。
「気にすることはないよ。ここは僕の家なんだしさぁ」
「そ、そうですか」
「そーゆーコト」
当然のようにルヴィアが言った。
「わかったわ。それじゃランディさん、キッチンをお借りします」
「あ、うん」
レーシアはキッチンへ向かった。
「さっきさぁ、家の中を見て回ったんだけど、昔と全然変わってないんだよ。懐かしいなぁ……」
シミジミと思い出にふけるランディ。
「アンタがキャッスル来てから、どれくらいぶり?」
「えっと……。だいたい8年ぶりくらいかなぁ?」
テーブルにレーシアの手料理がズラッと並ぶ。
レーシアはプリンセスにも関わらず料理が趣味で得意なのだ。キャッスルには一流シェフがおり、彼女が料理をする必要はないのだが周囲が止めるにも関わらず自主的に学んだのだ。ルヴィアはというと当然、料理などした事もない。
「わおっ♪ やるじゃないレーシア」
おいしそうな料理にルヴィアが瞳を輝かせた。
「レーシアちゃん、すごいねっ!」
「ありがとうございます」
レーシアがランディに言った。
「いっただっきまーすっ♪」
笑顔でナイフとフォークを握るルヴィア。
料理は全て空になった。
「おいしかったわーっ♪ チョット量ものたんないけど、味でよしとするわ」
笑顔で言うルヴィアにランディは驚く。
「エエッ!!? まだ食べられるのかッ!!?」
「ゼーンゼン、オッケーよ」
ルヴィアがケロっと言うとランディはイヤーな顔をする。
「嘘だろ……。ほとんど1人で食べて……」
「ナニよ。ケンカ売ってんのッ!?」
睨みながらルヴィアが立ち上がりランディはビビる。
「お姉さま!」
黙って見ていたレーシアも立ち上がった。
「さぁ、私は後片づけをしてしまうわ」
レーシアが食器を重ね始めるとランディは慌てて立ち上がる。
「あっ、僕も手伝うよ」
「いえ、私1人で大丈夫です。久しぶりに実家に帰ってきたんですから、ゆっくりしていてください」
「そ、そう。ありがとう……」
レーシアの心優しい言葉にランディが頬を赤らめた。
「なーに赤くなってんだか」
「赤くなってないよッ!!」
ルヴィアにからかわれムキに否定するランディだった。
ベリーズ・ビリッジはアイルーン・キャッスルタウンから馬で30分程の所にあるフルーツの栽培が盛んな小さな村。キャッスルタウンの都会と比べて自然に恵まれ、周囲は森林に囲まれており中心には小川が流れている。
「つまんないトコよね」
村道を歩きながらルヴィアが言った。刺激がない村の風景はルヴィアには退屈なようだ。
「のどかでいいじゃないか。たまにはこういう所でのんびりするのもいいよな」
「じゃーマジで帰ったら」
ルヴィアが冷たく言い放ちランディはガビーンとショックを受けた。
「なんでそういうことを言うんだよ」
涙をだーっと流す。
「あっ! そーだわココ、アレあんでしょっ!?」
突然、瞳を輝かせたルヴィアにランディはビックリする。
「えっ、あれって?」
「アレよアレっ! あのおいしーフルーツっ♪」
「ああ、チャームハートフルーツか」
「ドコにあんのっ!?」
「奧の果樹園だよ」
ランディが指差した。
ビリッジの奧には大きな果樹園。
数十本ある果樹は高いフェンスで厳重に囲まれ立派な扉には南京錠が掛けられている。
「はやく開けてよ」
ルヴィアがそう言うとランディは目を丸くする。
「はッ!? 僕が開けられるわけないだろ」
「なんでよ」
「なんでってキーがないよ」
「役立たず」
「あのなァ、むちゃくちゃ言うなよッ!」
そんな2人に村人らしき中年の男性が歩み寄ってきた。
「あの、どうかなされましたか」
振り向いたランディは声を上げる。
「あっ! あなたは村長さんっ!」
「えっ」
「ご無沙汰してました、ランディです」
お辞儀したが村長はキョトンとしてランディを見つめている。
それはそうだ。8年も帰ってきていないランディをすぐに解るはずがないだろう。
「ランディ……。ランディ様!?」
目を見開く村長。
「思い出してもらえましたか?」
「ミレイア様のご長男の!」
「はい、そうです」
「これは驚きました! 最後にお目にかかれたのはお子様の頃でしたのに、すっかり立派になられましたなぁ……」
懐かしい眼差しで見つめられランディは照れる。
「いえ、そんな」
「それで、こちらのお美しい方はまさか……」
村長がルヴィアに目を向ける。
「プリンセスのルヴィアよっ」
ルヴィアが可愛くウィンクした。
「やっ! やはりそうでしたか!! わざわざこんなビリッジに足をお運びいただけるとは光栄でございます!!」
村長がルヴィアに深々とお辞儀した。
「すぐにおもてなしの準備をさせていただきますので、私の家のほうでお待ちください」
「あっ、それよりあたし、このフルーツ食べたいのっ!」
ルヴィアが果樹園を指差した。
「チャームハートフルーツでございますか?」
「そーよ、ココ開けてっ!」
「かしこまりました。ではこのベリーズ・ビリッジ名産チャームハートフルーツをお召し上がりください」
村長が果樹園の南京錠を開けた。
「きゃーあるあるっ♪」
果樹を見上げたルヴィアが瞳を輝かせた。
果樹にたくさん実っているチャームハートフルーツは林檎ほどの大きさで色は真っ赤。ハートの形が特徴のなんとも可愛らしいフルーツだ。
「それっ!」
ルヴィアがジャンプして果樹の枝に飛び乗った。ランディと村長はポカンとする。
手の届く範囲のフルーツをもぎ取り両手に抱えて着地した。
「とりあえず、こんなもんかしら」
「プ、プリンセス! ご自分でなさらなくても私がお取りしますので!」
「いーわよべつに」
慌てる村長を尻目にルヴィアはフルーツを一口かじる。
「ん〜っ♪ おいしーっ♪♪」
ウットリと幸せそうな表情になった。
チャームハートフルーツは一口食べただけでその美味の虜になってしまうという。彼女もその1人でフルーツのまま食べるのも好きだがフルーツで作ったワインも大好物。誰もが虜になるということで妖精の落としたフルーツともいわれ、1つのフルーツをカップルで食べれば永遠に幸せになれるという言い伝えまである。アイルーン・キングダムの温暖な気候でしか栽培できず、その美味という噂に惹かれフルーツを求めてやってくる人々も多いとか。
「サンキューねっ! 村長さん」
満面の笑顔で言うルヴィア。
「いいえ。プリンセスのお召し上がりになられている姿をお側で拝見させていただけて、私も感激でした。こちらこそありがとうございました」
「村長、いいんですか? こんなに……」
何やらランディが冷や汗を垂らしていた。
目前にたくさんのチャームハートフルーツが入った筒型の籠があるからだ。ルヴィアが土産にもらったらしい。
「よろしいのですよ。プリンセスがお気に召していただけたのなら」
「そうですか」
「もう、キャッスルへお戻りに?」
村長が尋ねた。
「もどんないわ。これからコリコ・ポートタウンに行くの」
「ポートタウンへ?」
「あっ、そーだわ。ココからどんくらいで行けるかしら」
「そうですねぇ。馬車で5時間程ですかね」
「ごッ!! 5時間ッ!!?」
ルヴィアとランディが目を見開き愕然とした。
「そんなにかかんのッ!!?」
「はい、そのくらいは」
「馬車で5時間もかかるのに、歩いてたら日が暮れちゃうぞ」
イヤーな顔をして言うランディに村長は慌てる。
「そんな! 歩いてなんてとんでもありません!」
「だったら馬で行けばいーわよ」
「馬なら僕の家にあるよっ!」
「? 馬車がおありでは?」
キョトンとする村長にルヴィアは向き直る。
「村長さん、あたし達もー行くわ」
「そ、そうですか。ではビリッジの者全員でお見送りいたします」
「ううん、いーわ。あっ、コレしまわないと」
籠のフルーツに目を向け右手首にしているクリスタル・ブレスレットに触れた。ビー玉大のクリスタルの1つが輝くと籠のフルーツは吸い込まれるように消えた。
これはどんな巨大な物でもクリスタルに封じて持ち運べる便利なアクセサリーだ。クリスタル・ピアスと同様、魔法力が込められている。
ルヴィアとレーシアはアレイン家を出た。
「そろそろコリコ・ポートタウンに向かうわよっ!」
「お姉さま、この馬は……?」
2人の前でランディが白と茶の2頭の馬の手綱を握っている。
「ランディんちの馬よ。コレ乗ってけばラクでしょ?」
ルヴィアは茶の馬に歩み寄り鼻の上を撫でた。
馬は嬉しそうにヒヒーンと鳴き、デレッとした目でルヴィアを見た。馬をも魅了するとは恐るべし。
「勝手に借りていいの?」
「まーまーこまかいコト気にしない気にしないっ! よっと」
ルヴィアが馬にまたがるとランディも白馬にまたがった。
ドキンッとときめくレーシア。
白馬のプリンス……。
頬を赤らめてランディを見つめドキドキした。
「…シアッ! ちょっとレーシアッ!」
ルヴィアの声にハッと我に返る。
「な、なあに?」
「なにボーっとしてんのよ。はやくうしろ乗んなさいよっ!」
「え、ええ」
「あら、それともランディのほうがいーかしらァ? ウットリしてたしねェ」
ルヴィアが意地悪そうな目つきで見下ろすとレーシアの顔は真っ赤になる。
「何言っているのよ!!」
「さーあらたにキモチひきしめて、コリコ・ポートタウン目指してシュッパツよっ!!」
ルヴィアが元気良く右手を挙げた。ルヴィアとレーシアを乗せた茶の馬もつられてヒヒーンと鳴く。
そんなルヴィアとは対照的にランディとレーシアは顔をドンヨリと伏せる。
「ちょッ、チョットふたりとも、どーしたのッ!?」
「これから旅が始まるという実感が、いまいち湧かなくて……」
「お父さまに何も言ってこなかったのが心残りだわ……」
暗い2人にルヴィアは冷や汗を垂らす。
「もーっ!! そんなコト考えなくったっていーのよっ!! これからなにが起こるかわかんないワクワクする旅が始まんのよっ!! そのコトだけ考えて、もっとたのしー顔しなくっちゃ! ねっ!?」
ルヴィアが肩越しにレーシアにウィンクした。
「そ、そうかしら」
「そーよっ! さーシュッパツするわよっ! シッカリつかまっててっ!」
手綱を振ると茶の馬は元気良く駆けだした。
「あっ!! 待ってくれっ!!」
ランディも手綱を振り駆けだした。
【NEXT→II】