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memory8


 まどろみの中でサヤは扉を叩く音が聞こえた。

 いつの間にか閉じていた目を開け、扉の方を見ると、彼女の母親であるフユカがゼリーと薬、水を乗せたお盆を持って入って来た。

「目が覚めたってアオトさんから聞いたから、お薬持ってきましたよ」

 ベッドの隣にある小さな机にお盆を置いてサヤの前髪を払って額に手を当てる。

 少しひんやりとしている母親の手は心地良い。サヤは目をつむる。

「熱はないみたいね。サヤちゃん、起きて薬飲める?」

 フユカの言葉に小さく頷いて、サヤはゆっくりと体を起こした。その間にフユカは持ってきたゼリーの蓋を開けスプーンと共にサヤに渡す。

「はい、どうぞ」

「ありがとう、母さん」

 フユカから受け取り少しだけゼリーを口に入れる。すると柑橘系の爽やかな味が広がる。食べる前までは食欲が全くなかったが、サヤはゆっくりと食べていく。

「ご飯食べそう?」

 フユカの問いにサヤは首を振った。ゼリーはするすると入って行くが、ご飯など良く噛まないといけない物は喉を通りそうにない。

「それじゃあ明日の朝はフルーツヨーグルト作りましょうか。夜食べないで寝たら、朝はお腹が空きすぎて逆に食べられなくなっていそうだものね。それともフルーツサンドの方が良い?」

「どっちも!」

 サヤの好物に彼女は目を輝かせた。先程まで具合が悪いせいで青白い顔をしていた娘の嬉しそうな顔を見て、フユカは嬉しくなった。

「よし、わかりました。特別に両方作ってあげます。その代わりにゆっくり休んで明日早く起きること。でないとゆっくり朝食を食べられませんからね」

 サヤはうんと頷いてゼリーを食べる。

 最後の一口を食べ、空になった容器とスプーンをフユカに渡す。それをフユカは受け取りお盆に戻すと薬を包装しているものから取り出してサヤに渡す。サヤがそれを口に含むと水が入ったコップを渡す。水も口に含み薬をのみ込む。残りの水も全て飲み干し、サヤはフユカにコップを渡した。

「もう少し寝ていなさい。2時間ぐらいしたら起こしに来るから。そうしたらお風呂に入りましょうね」

 サヤは頷き、再び横になった。フユカは直ぐに出て行かず、サヤの額から後頭部までをゆっくりと何度も撫でた。

 具合が悪くなったサヤが眠るのを見守る時、彼女はいつもこうして娘を安心させている。

「ゆっくりと休みなさい、サヤ。夢を見る事無く。深く」

 母親の優しい声に耳を傾けながら、サヤは眠った。



 次に目を覚ました時、サヤはすっきりとした気分だった。薬が効いたのか、頭痛も納まり身体のだるさもない。少し寝汗で身体にべとつきを感じるだけで、通常時と変わらない。

 母親が起こしに来ると言っていたが、それよりも早く起きてしまったようだ。ベッドの隣の机に置いてある時計を見ると、前に起きた時から一時間ちょっとしか経っていない。

 風呂に入ろう。そのついでに母親や兄に具合が良くなったと告げ礼を言わなければ。

 サヤはタンスから着替えを取り出す。それを片手で抱え、自室を出て一階へ降りるため階段を下りた。廊下は灯りが消えており暗かったが、窓から入って来る外の明りと暗闇に目が慣れていたおかげ灯りを点けなくても危なげなく歩ける。

 そのまま灯りを点ける事無くサヤは家族がいるだろうリビングへ足を向けた。

 リビングへ続く扉を開けると、テレビ前に置いてあるソファに兄が座っている。

「兄さん」

 サヤは小さく兄に声を掛けた。リビングに漂っている雰囲気が張り詰めていて、サヤは身体を固くする。

 アオトは素早く立ちあがりサヤの元へ来た。

「気分はどうだ?」

 サヤの額に手を当て、アオトは問う。アオトの手は冷たく、少しほてっていたサヤには気持ちよく感じた。

「頭痛も治まったし、もう大丈夫」

 サヤが答えるとアオトは安心したように笑った。

「あら、サヤちゃん起きてきたの?」

「うん。兄さんも母さんもありがとう」

 台所から出てきたフユカもサヤの具合を確かめる。

「顔色も良くなっているし、大丈夫みたいね。良かった」

「父さんは?」

 この時間帯なら既に帰宅しているはずの父の姿が見えない事にサヤは首を傾げた。

「今お客様がいらっしゃっているの。さあ、サヤちゃんはお風呂に入って来なさい」

 フユカに促されてサヤは風呂場へ移動した。

 母も兄も何も言わなかったが、2人とも緊張しているのをサヤは感じていた。いや、緊張というより何か恐れている様な。

 何か釈然としない感情を抱えながらサヤは風呂に入り、アオトとフユカに挨拶をしてから眠りについた。



 次の日、不快感も無く爽やかに起床したサヤはいつも通り学校に登校した。

 昨日会えなかった父は既に家を出ていた。

 父に会えない日というのが珍しいわけではないのだが、最近はあまりにも会える日が少なく父がきちんと休んでいるところを見ていない。倒れなければ良いのだがと心配になる。

 それに昨日の夜分に訪ねて来ていた客・・・何故かサヤはその事が引っかかっていた。何か気になる事があるのか、と言われてもはっきり表現出来ない程あいまいなものなのだけれど。

 昨日の救出作戦の失敗から何かが動き始めたのだと、サヤは思った。

 自分たちだけでない。この世界自体が、何かに向かって。



 本日の授業がすべて終わり放課後なると一緒に帰る約束をして絢子は部活のため美術室へ向い、サヤは図書室へ本を読みに向かった。

 新学期が始まったばかりのためか、図書室内に人がほとんどおらず、多く机が設置してある所に2、3人いるだけでがらんとしていた。奥のほうに何人かいるのかもしれないが見る限り人の気配はしない。

 新刊コーナーを見てみても、読んだことのある本が行儀よく並んでいるだけだった。再度読みたいと思う内容の本も無かったため、そこを離れ、小説本が配架されている場所へと足を向ける。そこでもいまいちピンと来るものがなく今度は専門書が配架されている場所へ行く。

 何か面白いものがあるかと背表紙を見ながらゆっくりと横に移動していると進行方向に人がいることに気づいた。

 そのまま気にせず進んでいくと、ふと目を惹く本が一冊あった。それは背表紙にあるはずのラベルがなく、他の本より古びていた。それに手を伸ばしパラパラとめくってみる。カバーが少し擦り切れていることからも想像できたが中の紙も焼けて黄ばんでいた。だが、本自体は意外とまだしっかりしている。

 本の内容は劇の脚本で、手書きで書いてあった。どうやら昔の学生が創った文化祭用のものらしい。

 何故このような本がここにあるのか不思議に思いながら内容を読んでいく。

 内容を要約すると5人の学生が学校で起きる不可解な事件を調べていくもので、次々と仲間が消えていく中最後に残った女子と男子の2人がその原因を見つけ解決し、無事にみんな戻ってくるというものだった。

 この中で特にサヤが興味を引かれたのは事件の原因が「痛みを背負わされた者」通称犠牲者と呼ばれる存在というところだった。

 じっとその説明の部分を見ていると肩を叩かれた。

 本に集中していたサヤは驚きで体をひどく揺らした。心臓がばくばくと激しく動いている。

 肩越しに後ろを振り返ると、サヤの反応に驚いた顔をした男子生徒がいた。

「あ、いきなりごめんね」

「いえ…あの、なんでしょうか」

 知らない人から声をかけられ困惑しているサヤの様子を見て、彼は苦笑しながら話しかける。

「君が今にも倒れそうな顔色していたから、大丈夫かなって思って」

 指摘を受けて、初めて自分の手が少し汗ばんでいて冷えていることに気づいた。

 自覚した瞬間にぐらりと足もとが揺れる。

「おっと」

 彼の声が近くで聞こえると思ったらサヤは男子生徒に抱きとめられていた。

「ごめんなさい」

「謝ることないよ。立てるかい?」

 小さい声で立てると答えるがまだ少し目の前がちかちかするため彼の支えがないと上手く立てない。

 落ち着いてくると急に彼の腕につかまっていることが恥ずかしくなってきたサヤは自分の顔が赤くなるのを感じた。

「もう大丈夫です、ありがとうございます」

「どういたしまして、あまり無理しない方がいいよ。早く帰って休んだほうがいい」

 倒れそうになったサヤの体調を慮ってか、男子生徒は帰宅したほうが良いと提案する。しかし、サヤは絢子と帰る約束をしていることもあり、帰る気はさらさらなかった。

「いえ、座って休めば治まりますから。迷惑掛けてごめんなさい。それじゃ」

 まくし立ててしゃべると、サヤはそこから立ち去ろうとした。

 すると男子生徒はサヤの左手首をつかんでサヤの歩みを止めると、耳元で小さく呟いた。

「満月の夜は気をつけろ」

 先ほどと違う厳しさを含んだ声音と彼の行動に驚いたサヤは振り返る。しかし、彼はすでに少し離れた所に立っており、先ほどのことなどなかったかのようにサヤを優しい表情で見ていた。

「倒れないよう気をつけてね」

 何故か、彼が酷く恐ろしい存在のように感じたサヤは、早足でその場から離れ図書室を出ていく。

 酷く焦っていたサヤは、自分が読んでいた本を目眩がしたときその場に落としてしまったことに気づかなかった。更には先程のことがあまりにも衝撃的過ぎてその本のことを忘れてしまった。



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