memory7
サヤは見慣れた、暗い自分の部屋で目を覚ました。
身体を重く感じながら起き上がると、頭に鈍い痛みが走った。痛みが治まるのを待ち、サヤは自分が眠る前の事を思い出す。
学校帰りの任務。最後の地点で妨害され、一人で逃げた。
サヤの脳裏にあの青い人の姿が映った。
あれが近くに来て、自分は拒んだ。
その後の事が全く思い出せない。
あの時の恐怖が蘇り、サヤは自分の体を抱きしめる。震えが止まらない。止めようとしても、あの時の恐怖が身体から離れず、サヤを苦しめる。
どうしてこんなにあれを恐れるのか。兄や仲間たちはもっと死に近づく危険な仕事をこなしているというのに、どこまで自分は無能で臆病ものなのだろう。
情けない。
爪が食い込む程、サヤは強く腕を握る。
「サヤ?」
扉が開き、アオトが中に入って来た。
サヤは驚いて素早く扉を見る。あの時別れた後無事に帰ってこられたのか。安心して泣きそうになる。
「兄さん。良かった、無事で」
泣きそうな声で、サヤはアオトに言う。
しっかりとした足取りで歩いている様子から、大きな怪我の心配は無い様だ。
兄に向って腕を伸ばす。
アオトはサヤを包み込むように抱きしめた。
「ディーは?彼も無事?」
「ああ、俺もあいつも無事だ」
「怪我は?」
「少し。大きな怪我は2人とも負っていない。もう手当ても受けた」
サヤから次々と出てくる質問にアオトは彼女の頭を優しく撫でながら答える。2人が無事で良かったとサヤは思った。握っていたアオトの服を更に強く握った。
「気分はどう?」
サヤの質問が切れたところでアオトが小さい声でサヤに聞く。
「頭痛のせいで気持ち悪い」
具合の悪い子どもが、どうにもならない不快感に腹を立ててぐずっている様な言い方になった。だが、サヤもアオトも気にしない。
アオトが優しく頭を撫でてくれるだけ、サヤは頭の痛みが引いていく様な感覚がした。
先程まで感じていた恐怖が完全に消えていないが、大分恐怖を抑えつけられるようになると、サヤはアオトに尋ねた。
「兄さん。作戦はどうなったの?」
アオトはサヤから少し離れ、彼女の顔を見る。その表情は暗い。
「作戦は延期だ。俺達の他にもいくつかの班が襲撃を受けた。相手に今回の情報が漏れていたようだ」
「それじゃあ、囚われていた人は」
「残念だけど、彼女にはもう少し耐えてもらう。それよりも、サヤ。落ち着いて聞くんだ」
アオトの表情が消えた。
「お前の存在が敵に、魔女に知られた。奴らはお前を狙ってくるだろう」
兄が何を言っているのか、サヤには理解できなかった。
魔女、という言葉に倒れる前に聞いた言葉を思い出す。
あの青い人が魔女なのか。
確かにあの人は自分に対して会えたと言っていた。
まるで長年探していた親しい人と出会えた様な言い方だった。
あれが自分を探していた。何故?
そしてあれは自分を求めているらしい。何故?
サヤには分からないことだらけだ。
「どうして」
頭が混乱している中、サヤはその一言だけ、絞り出した。
「まだ真実をサヤに伝える事は出来ない。だけど、これだけは覚えておいて。俺はサヤを守る。何があっても、どんな犠牲を払っても」
兄の言葉が、その強い思いがとても重く自分に伸し掛かってくる様だとサヤは思った。
アオトの強い意思を込めた表情を見て、サヤは何も言えなかった。いや、言えなくなった。聞きたい事も、伝えたい事も、全て己の内に押し留める。
サヤは何も言わずにアオトを見つめる。彼女の表情は兄の突然の言葉によって驚きに染まっている。
そんなサヤを見ながら、アオトは笑った。
「さて、それはそうとお腹はすいていない?」
サヤは首を振って否定を示した。
「そう。じゃあ、ゼリーと薬を持ってくるからそれだけ食べてもう少し休んで。まだ辛いだろう?」
アオトの言葉にサヤは素直に頷いた。
先程までの異様な雰囲気が払拭されていく。それでも、サヤの中では言い知れぬ不安が渦巻いている。
サヤが再びベッドに横になり、アオトが掛け布団をサヤへ丁寧にかけてやる。
最後に掛け布団の上からポンポンとサヤを軽く叩いてアオトは部屋を出て行った。
サヤはその背中を見送った。
この時、サヤが兄に何か言えたのなら、未来は変わっていたのだろうか。
サヤは後に思う。この時、兄の道は決まったのだと。
そして己の道も。