memory5
全ての授業が終わり、サヤと絢子は学校を出た。
画材道具展に着くと、絢子はすぐさま目的の物が置いてあるコーナーに行く。その姿を見送り、サヤはゆっくりと店内に並べられている商品を眺める。
少しすると、サヤのもとへ絢子がやって来た。
無事目的の物が手に入った様で、嬉しそうに笑っている。
店を出て少し歩いたところに、クレープ店がある。サヤはサラダクレープ、絢子はフルーツクレープを注文した。
注文したものを受け取ると、2人は近くにある広場のベンチに座ってクレープを食べる。
「やっぱり美味しい」
絢子が満面の笑みを浮かべクレープを頬張る。サヤはその姿が幼く見えた。
絢子から視線を外し、自分もクレープを食べる。小腹が空いていた腹にクレープが沁み渡り、大変おいしい。
暫く2人でクレープを堪能していた。しかし突然サヤは何かが響いているのを感じた。
こんなときに、と内心で悪態をつき、サヤは一気にクレープを食べ終える。制服のポケットに入れていた携帯電話を取り出し、サヤは確認する。
やはり思った通りだ。
「絢子、ごめん。ちょっと用事が出来ちゃった」
「どうしたの?」
突然慌てだしたサヤに絢子は驚いた。詳細を説明するわけにもいかない上に、時間もない。サヤは適当にごまかした。
「兄さんからの呼びだし。手伝えって。それじゃ帰り気を付けてね」
絢子にそう告げると素早く荷物を持ち、近くにあるごみ箱へクレープの包装紙を捨てた。
「サヤちゃんも気を付けて」
あっという間に去って行ってしまう友人に絢子は急いで別れの言葉を告げた。
指定された場所に到着すると、既にアオトの姿が確認できた。
「お待たせ、兄さん」
「遅いぞ、サヤ」
サヤがアオトに声をかけると、上の方からディーの声がした。上を見ると建物の上にディーがいる。
ディーの言葉にムッとしつつ、自分でもその事を自覚していたので反論はしない。謝罪もしないが。
もっと訓練量を増やそうかと考え込んだところでアオトがサヤに声をかける。
「ディーも今来たばかりだから気にすることはないよ。さて、これが今回の仕事の資料」
アオトの言葉に反応してディーが建物から降りてきた。
アオトが2人に見せた資料に今回のターゲットの写真と詳細が記載されている。サヤは最低限の情報を素早く自分の記憶の棚に仕舞おうとしたが、その情報の中に、今までとは違う点を発見した。問うように兄を見ると、彼はサヤの言いたい事は分かっているといった風に頷いた。
「今回は負積者の浄化が目的じゃない。ある人物を救出する為の下準備をする」
資料に載っている人物は一般人だ。負積者に取り憑かれた人でもなく、全く一族に関係のない、“響く”ことを忘れた者から生まれた“星”と繋がる事が出来ない人。
何故この人を機関が救出するのだろうか。それも下準備をするほど大掛かりな救出作戦とは一体。
資料を最後まで確認する。
「この人、忘れた者なのに能力が開花したの?」
サヤは資料に書かれている内容に心底驚いた。彼女は忘れた者たちから能力が開花するなど一度も聞いたことが無かった。
「ごく稀に、能力が使える様になる人はいる。負積者に関わって“星”との繋がりを思い出したり、核に前の代の心が付いたまま忘れた者のもとで生まれたりしてな。だが、今回は最悪な形で開花したんだ」
その内容も資料の中に書いてあった。
保護対象である嶋津明理さんは、幼少期に負積者に取り憑かれるという体験をした。無事に引きはがしに成功し彼女は無事だったが、その後彼女は取り憑かれた時の影響で“星”繋がる細い道を認識出来る様になった。能力を使うほどではなかったみたいだが、それが原因で他の人には見えないモノが見えるようになってしまった。それだけならあまり問題は無かったのだが、最悪な事に彼女が“星”と繋がる事が出来るとどこかで知った研究所が彼女に接触し拉致した。
抵抗するすべも知らず、機関の保護も無かった彼女は簡単に研究所に捕えられ能力を開花させる実験を受け続けた。その結果、彼女は能力を開花させてしまった。つまり、人工的に無理やり能力を使える様にしたということになる。
本来なら己の意思で、自然と“星”と繋がるはずである。それを強引に繋げてしまったら、どれだけの負担が本人に掛かるのだろうか。
先日観測班が彼女が能力を開花させた事、研究所に捕えられている事を調べ上げ、今回の大規模な救出作戦が展開されることとなった。
「それともう一つ。資料には書かれていないが、もしかしたら、彼女は女神かもしれない」
アオトの言葉に、ディーとサヤは息をのんだ。
自分たちが“星”の次に崇拝している女神。彼女がその女神の生まれ変わりだと?
“響く”事も出来ない忘れた者から、女神が生まれたというのか。
「でも、アリアス様は大樹のもとで眠っておられるはずだろう」
「そうよ。それに女神様が忘れた者として生まれてくるなんて」
「眠っておられるのはアリアス様の心だ。核は“星”に還っているか、まだ心と共にあるのかは我々では確認できない。だが、可能性はある。それと、歴代の女神の中でお一人だけ、忘れた者を両親としてお生まれになられた方がいた。結局御目覚めになられることなく、次代でその事が発覚したんだけどね」
アオトの説明にディーは納得したようだが、サヤは腑に落ちないでいた。
「どうしてその人が女神様かもしれないの?」
「女神は最も“星”に近い存在だ。忘れた者であって“星”と繋がる事が出来るなら、女神の可能性がある、と言うことだ」
ディーがのんびりと話をしている兄妹に言葉を掛ける。
「で?ここでこんな悠長に話しをしていて大丈夫なのか。早く作業に取り掛からないとやばいだろ」
「そうだな。早速準備に取り掛かろう」
アオトの合図で、ディーとサヤは動きだした。
作戦の下準備は侵入時のセキュリティ解除の仕掛けと逃走経路に追跡者への罠を仕掛ける事。
複数班が下準備の作業に投入されているようで、何回かアオトが他の班と連絡を取っていた。
サヤはディーの指示に従って罠を仕掛けていく。
「次はそこの壁にこれはっつけて」
ディーが示した場所にサヤはのりを使って紙を貼る。貼った紙に意識を集中させ道を作る。他の罠と同じように、罠を発動させる仮設本部に向かって伸びる他の道に途中で融合してしまわないよう、気を付けながら慎重に。
無事仮設本部への道が出来上がり、サヤは深く息を吐いた。
自分ではただ道を作るだけで時間が掛かる。兄はあんなに素早く完成度の高い道を作り上げるというのに。
もっと早く道を作れるようにならなければ。
落ち込んでしまった彼女の隣に、アオトがやって来た。サヤが仕掛けた罠を確認すると嬉しそうに笑ってサヤの頭を優しく撫でた。
「サヤ、道を作るのが上手くなったな」
アオトの言葉に、サヤは顔を上げた。本当か、と表情で問う。
「お、本当だ。最初の頃のがたがたした危なっかしい道とは大違いだ」
ディーの言葉に、本当に自分の成長が認められているのだろ認識した。彼は本当に思ったことしか言わない事を、サヤは知っている。
「もう少し早く作る事が出来れば文句なしなんだけど」
「日々精進あるのみ、だな」
ディーが乱暴にサヤの頭を撫でた。
サヤは文句を言う事無く、素直に頷いた。
「さ、次の場所に移動するぞ」
3人は次の目的地に向けて移動を開始した。