memory2
小さい頃から、私は他の人の様に自由に“響く”ことが出来なかった。
誰もそれを責めることなく、“響く”ことが出来ないと私が泣く度に、個人差があるものだと言って慰めてくれていた。
長い間負い目であったそれは、ある日突然、私の中で響きだした。
“響く”ことが出来た時、私は涙が止まらなかった。
それは繋がりたくて仕方が無かった“星”と繋がることが出来たことの喜びの涙だったのか、ずっと感じていた劣等感からの解放された安堵の涙だったのか。それとも、始まりへの恐怖だったのか。
この時の事を、“響く”度に思い出す。
核から受け取った感情を自分の中で時間をかけて優しく解いていき、それを“響く”ことで自分の外へ解放する。
今回も上手く響かせることが出来たのを確認して、目を開けた。
薄暗い部屋の中。
自分がベッドの上に寝ているのだと認識したところで身体を起こす。
いつものようにましろが床で寝ているだろうかとベッドの下を見る。思った通り、真っ白な毛におおわれた体を灰色の床の上に横たえていた。
ゆっくりとベッドから降りると、ましろは閉じていた目を開けて心配そうにこちらを見た。自然とサヤの顔には笑みが浮かび、手を伸ばしてその体をゆったりと撫でた。
「大丈夫、彼の悲しみは世界に溶けていったよ」
それでも顔にすり寄って来たので、安心させるように頭を撫でてやる。
「私も大丈夫。前よりも早く解く事が出来たでしょう?」
サヤの言葉に納得いかなかったのか、不満そうに鼻を鳴らして離れていった。その体を引き留める事無くサヤは手を離す。
サヤは立ち上がり、部屋の外に出て行こうとする白い物体の後について行く。引き戸になっている扉の取手を持ち、左に引く。扉から零れて来た光に目を細めた。薄暗い部屋で寝ていたので明るい光に目が慣れない。
止まっていると、開いた隙間にましろが白い体を滑り込ませ部屋の外へ先に出て行った。目を光に慣らしてから自分も部屋を出て扉を閉めた。
数メートル先の白い体を見つめながら、廊下を進んで行く。
やがて、ましろはある場所に入って行った。
そこがどこなのか分かった瞬間、サヤの腹は空腹を主張し始めた。
サヤもましろが入って行った所に向かう。
そこは扉のないオープンな造りになっている食堂で、中には見知った人たちが一か所に集まっていた。 そのうちの1人、ディーにましろがすり寄っていった。
「なんだ?ましろ。やっとサヤが起きたか」
自分にすり寄って来た温かい物体に気付いたディーは、その体をひと撫でした後、食堂の入口を見る。
「おはよーさん」
サヤに向かってひらひらと手を振るディーに、彼女はおはようと返し、彼らの方へ歩いて行く。
「おはよう、サヤ。気分はどう?」
「おはよう、リーナ。気分は悪くないのだけれど、お腹が減ったわ」
サヤが素直に今の自分の状態を告げる。
「浄化は体力を消耗するし、8時間も寝ていたのよ。お腹が減って当然。食事を取って来るからそこに座っていて」
そう言うとリーナは席を立ち、厨房の方へ行ってしまった。
サヤはディーの隣に置いてある椅子に座る。
ましろはディーから離れ、彼とサヤの座っている椅子の間にその身を横たえて目を閉じた。
「前回より早く目が覚めたな。記録更新か」
「それでも、ましろは不満みたい」
自分の足元で寝ているましろを見てサヤは溜息を吐く。納得がいかないといった風のサヤにディーは苦笑した。
「前より4時間も時間が短縮したのに。この短期間での成長としては十分だと思うのだけれど、やっぱり駄目なのかな」
“響く”ことが出来たのが平均よりもかなり遅かったため、サヤは“響く”ことが上手くない。4時間の短縮は今まで訓練してきて初めての偉業である。だが、たった一つの浄化に8時間もかけてしまっている。それを考えるとまだまだ褒められる事ではないのか、とサヤは落ち込んだ。
「落ち込むことはないさ。ましろはお前が時間を気にしばかりで自分の身を案じていない事に不満を感じているんだ。」
サヤは無意識に首を傾けた。
「無事に帰ってこられた事を素直に喜べ。お前が戻って来てくれるだけで、俺たちは十分なんだ」
そう言ってディーは笑いながらサヤの頭をぐりぐりと撫でた。
「こら、ディー。何サヤの頭撫で回しているの!」
「可愛い後輩とのスキンシップですぅ。俺らがこいつを“無能”って蔑んでいる奴らと違うってことを教えてやっているの」
サヤの食事を持って戻って来たリーナがディーを批難したが、彼は全く気にしていない様子である。
ディーとリーナのやり取りを聞きながら、サヤは先程の彼の言葉を振り返ってみる。
無事に帰ってくるだけでいい。
その言葉は彼女の心にほんの少し、暖かさを与えてくれる。
「サヤはご飯食べるんだからちょっかいを出さないの」
リーナの声に、サヤは意識を彼女たちの方へ戻す。
リーナはサヤの前に持ってきた食事を置いてから、ディーを諌めるために頭を叩いていた。そんな彼らのやり取りは日常茶飯事なので静止の言葉はかけないが、これ以上発展しないようサヤは声を出し自分の存在をアピールする。
「ありがとう、リーナ」
持ってきてくれた事を感謝してから食事に手を伸ばした。
出会った頃は2人のコノやり取りにどう反応したら良いのか分からず、随分慌てたものだ。今ではこうすることで、彼らのやり取りがエスカレートするのを阻止する事が出来るようになった。
今回もリーナはディーを構うのを止めてサヤに笑顔を向けた。
それを確認してから、トレーに乗っているパンを手にとって一口サイズにちぎって、お気に入りのクリームチーズをパンにつけて食べる。口に広がるパンの甘みとチーズの酸味が大変おいしい。
おいしいものを食べたサヤは、顔に満足げな笑みを浮かべた。
「ゆっくりと食事を堪能しているところに水を差すのは心苦しいが、そろそろ7時になるよ。サヤ」
入口の方から聞こえて来た声に、サヤは一旦食事を止めた。入口の方を見ると、アオトがサヤ達のいる方へ歩いてきていた。
「おはよう兄さん」
「おはよう。早くしないと学校に遅れるよ」
兄から告げられた言葉に頷くも、サヤは慌てる事も無く食事を始める。朝の食事をしっかりと食べるという事を、サヤは幼いころから母親にしつけられてきた。なので、彼女はどんなに遅く起きても食事をしっかり食べる。それが分かっているからこそ、アオトは早めにサヤを急かす。
「制服と鞄を控え室に置いておいたから。準備が出来たら内線で呼んで」
それだけ言うと、アオトはサヤの頭を撫でて食堂を出て行こうとする。それに気付いたリーネがアオトを呼びとめる。
「アオト、ご飯は?」
「サヤの荷物取りに行ったついでに家で食べて来たから、大丈夫」
アオトは笑顔を残して食堂を出て行った。




