memory1
日が落ち完全に視界が暗くなる時間帯。
街の片隅に、複数の足音が響き渡る。
建物と建物の間の細い道を駆け抜けていくのは、周りの闇に溶け込むような黒い外套を着た人物。それから少し遅れて若い男女3人が同じ道を駆け抜けている。
その様子はまるで追われるモノと負うモノ。
3人はまるで猫の様にしなやかに体を使い、風のように颯爽と駆け抜ける。
「ターゲットは?」
「前方400m先。もうすぐ障壁に当たる」
先行を行く男性2人が言葉を交わし、片方が後方を走るもう少女に声をかける。
「サヤ、大丈夫か」
サヤと呼ばれた少女は、息が上がりつつもはっきりと答える。
「平気。私の事より目標に集中して」
強気に答える彼女に、声をかけた男性、アオトは笑みを浮かべた。
「喋ってないで足を動かせ、お前ら」
その言葉にアオトはごめんと返し、サヤはしっかり動かしてるわ!と心の中で反論する。
この後すぐに、彼らは視界に目的のモノの姿をとらえた。
「いた!」
サヤが小さく叫ぶ。
彼らの目線の先には、黒い外套を着た人物が立ち止っている。それは一見何もない空間を、まるで何か壁の様なものが在るかのように叩きながら必死にその先に行く道を探していた。
「先に俺が仕掛ける。奴の動きを止めたら引き剥がすんだ」
「無茶をするなよ、ディー」
アオトが注意を促すとディーは不敵に笑う。
「俺が遅れをとるとでも?」
それだけ言うと、地を蹴り目標の元へ突っ込んでいく。
アオトはその慢心が隙を生むんだ、と心の中で彼を叱責するが、それを口にした所でディーを止めることなど出来ない。
これまでの経験からすぐさま諦め、彼の援助にまわる。
「サヤはここで待機。動きが止まったら躊躇せずに引き剥がすんだ。いいな」
サヤに指示を出して、彼女を止まらせたアオトはディーに続いて目標へ向かって行く。
あっという間に目標との距離を縮め、ディーが敵の横から腹に蹴りを入れる。目標はよろけたが、直ぐに素早い動きで建物の壁を駆け上がってへばりつく。
攻撃を仕掛けて来たディーに威嚇しつつ、彼の動きを警戒している。
ディーへ注意が行っている間に、アオトが目標の後ろへ一気に駆け上がって行き、目標の頭部へ蹴りを入れた。
強烈な打撃を受けた目標は受け身をとれず、黒い外套が風にあおられバタバタとうるさい音を立てながら地面にその身を叩きつけた。
衝撃で動けないうちにディーが目標の元へ向かいその身を拘束しようとしたが、かわされてしまった。そのまま黒い外套を着た人物は少し離れた所に立っているサヤに向かって走り出した。
「サヤ!」
建物の壁を伝って勢いを殺しながら地面に着地したアオトがサヤの名を叫ぶ。いきなり自分に向かってきたことに驚きながらも、彼女は冷静に対処する。
あっという間にサヤの目の前に目標が来た。
自分に伸ばされた手が己を捕える前に、サヤは素早く横に移動して避ける。
すかさず、彼女は足を少し出し、相手の足を引っ掛けた。
目標は派手に地面を転がって行っく。
そこへ追いかけてきていたディーがすかさず目標を取り押さえる。それを確認してサヤは安堵の溜息を吐いた。
「サヤ」
ディーがサヤの名を呼び、彼女は肯いて彼の元に行こうとした。その前にアオトがサヤの元にやって来た。
「引きずられないよう慎重に」
心配そうな表情をして注意するアオトにサヤは大丈夫だと返す。
「私を信用して、兄さん」
兄を安心させようと笑顔を浮かべて彼の横を通り過ぎ、ディーの元へ小走りで行く。
サヤを信用していないわけではないが、やはり妹が危険にさらされていることへの不安は拭えない。彼女をじっと見つめた後、目をつむり不安を隠す。
自分も役目を果たさなければと、アオトもディーの元へ向かった。
まだ目標は暴れていて、ディーの拘束から逃れようとしている。アオトもディーを手伝って黒い外套の人物を抑える。
身動きが出来なくなったところで、サヤが静かに外套に触り、意識を人の形をしたモノに集中させる。
目的のモノを探し出し、それに触れた瞬間、身体から意識が引っ張り出される感覚を覚えた。その感覚に 抗い、逆に目的のモノを自分の方へ引っ張る。
少し抵抗されたが簡単に引き出すことが出来た。
閉じていた目を開くと、サヤの手の平の上に黒く色づいた球体状のモノが浮かんでいた。
球体を確認したサヤは静かに宣言する。
「これより浄化を開始します」
手の上にある球体を胸の方へ抱え込むように持っていき、再び目を閉じて集中する。
すると、球体から黒が抜けていき、そのままサヤの体の中に球体の黒が吸い込まれていった。
完全に黒を球体から引き受けた後、サヤの腕の中の球体は青白く発光していた。
それを確認したサヤは、それをアオトの方に差し出した。
「核の浄化完了。兄さん、お願いします」
笑顔でサヤが言うと、アオトは肯いて懐から輪を取り出し地面に置き、更にその両側に自分の手を置く。
「開道」
アオトの言葉に反応し、輪の中が発光する。サヤは球体をその輪の中に入れた。
完全に球体が輪の中に吸収されたのを見て安心したサヤは、緊張が解け意識が飛びそうになった。体がいうことを聞かず、サヤの体は地面に向かって倒れる。
「サヤ!」
アオトが叫ぶ。
サヤは倒れていく自分の体を立て直す事が出来ず、来るだろう衝撃に備えて身体に力を入れた。だが、地面に衝突することなく、倒れそうになった彼女をディーが支えた。
「俺達が守るから、安心して解いて来い」
優しく言われたその言葉に、サヤは笑みを浮かべた後意識を手放した。