自分の死体を放置するのが気まずかったのでポルターガイストでどうにかしたい
二十歳になった日、わたしはすでに就職していて、ある中小企業で働いていた。ちょうど金曜日だったから、直属の上司と社長とがわたしを居酒屋まで引っ張っていった。なんならこの二人の大人たちのほうが、酒を浴びる絶好の機会を得て嬉しそうにすら見えた。
嬉しさと、楽しさと、緊張のしすぎて、勧められるままにワインをぱかぱかと空けてしまって、トイレに座ったところで記憶が途絶えた。気づけばトイレの便器にぐったりともたれかかっていて、数人がかりで引きずり出された。
吐いてしまったのだ、と気づいたが、意識はまた暗転してしまった。そのときの意識が鮮明であったなら、わたしは店員さんが自分の嘔吐物を片付けるのを棒立ちでジッと見つめる無様を晒したのだろうか?
死んだ瞬間の感覚が、その日の酩酊したときとそっくりで、わたしは笑っていた。わたしの足元には臓腑を曝け出している死体があって、それはわたし自身だった。岬からの飛び降りであった。
あの後――つまり、居酒屋で吐いてしまった後、粗品を持って謝りに行った。しかし、できることならその場で、他でもない自分の臓腑から吐き出したものをきれいさっぱり掃除してしまいたかった。誠実さは過去にも未来にも存在しえないのだから、その場でどうにかするべきだったのだ。
時間が巻き戻せるなら、そうしたのに。
わたしは自分の死体の、岩と岩の間に落ち込んで、打ち寄せる海水でばしゃばしゃと洗われているのを眺めた。高所から落下した人体は、衝撃でこのように破裂することがある。水風船を落としたら弾けるように、人間という気密性の高い肉の袋もまた弾けるのである。
こうなってしまうと、肉の破片を集めるのがけっこう大変だ。海水に漬かっているのも最悪で、今にひどい悪臭を放つようになる。
そうすると時間はスパイラル状に巻き戻ったのだ、という見方もできるだろうか。つまり、身をもって味わった教訓を生かすときが今まさに来たのだ。わたしがあの日に感じた羞恥心を濯ぐ機会が与えられたのだと思って、わたしは嬉しくなった。
しかし、いったいどうしたら肉片を片付けてしまえるだろうか。死んだ人間はポルターガイストを起こせると聞いていたので、わたしは両手を突き出して、念を込めてみた。
当然ながら、何も起きない。ただ海の磯のむっとする臭いが鼻をつくだけだ。
磯の臭いは死臭にも似ているが、本物の死臭と比べると似ても似つかない。卵の腐ったものが硫黄にそこまで似ていないようなものだ。わずか数%しか含まれていない分子が匂いの印象を決定づけることさえあるというのだから、死臭にもそういう決定的な成分があるのかもしれない。
生きているときは気にもならなかったのに、今はこの悪臭を味わうように嗅ぎまわっているのは、死者の食べ物が香りだからだろうか。匂いを捉えるだけで、胃のあたりがずっしりと重くなって、ほのかな満足感がある。
どうやら、死者の食べるものは、悪臭でも構わないらしい。
だとすれば、匂いをいっぱい食べたら、ポルターガイストを習得できるのだろうか?
わたしは自分の死体に顔(と認識しているエリア)を近づけてみた。まだ肉は新鮮なので、磯の臭いにかき消されていた。しかし磯の強い臭いはわたしを奮起した。なるほど水辺に死霊の多いのは、この匂いの重さゆえかもしれない、とわたしは死んでから合点した。
まあいいや。片付けないと。
試しに肉片の一部(白子みたいだが、脳漿かなんかだろう)、それを持ち上げようとしてみた。手をかざしてみても駄目だったので、手を伸ばして、ここが指かなと認識している感覚を動かし、それを摘まんでみる。
むちゅ、と指先に感覚が返ってきた。
おお!
おそるおそる持ち上げると、そのむちゅむちゅの断片も浮かびあがった。腕を振りかぶってぶん投げると、断片は沖のほうに飛んでいき、小さな水しぶきを上げて着水した。
これは希望が見えてきた。わたしは肉片を摘まんでは沖に放るのを繰り返した。
しかし、これがなかなか終わらなかった。
まず、一度につまめる量が少ない。わたしの手はわたしが手だと思っている範囲にしかなく、両手で抱えようとしても、腕の途中からするりと肉が抜け落ちてしまう。死んだからといっていきなり便利になるわけではないらしい。
日が暮れるころになっても、わたしの死体はまだ十分の一も減っていなかった。仕方がないので、その日は諦めた。太陽が昇り始めたので、わたしは岩陰に潜んでやり過ごした。
夜になるころには、わたしの死体は少し腐敗が進んで、臭いが出始めていた
おお。
昨日より、明らかに腹(?)に溜まる臭いだった。肉から立ちのぼる匂いを取り込むたび、腹いっぱい食べたあとのような、身体の内側に重しを一つずつ吊るしていくような、そういう不思議な心地がした。
試しに、昨日なら持ち上げられなかった大きめの肉塊へ手を伸ばしてみた。
難なく持ち上がった。
これは都合がいい。そう思って作業を再開したのだが、しばらくすると手を止めてしまった。
肉を海へ投げるたびに、臭いが薄れてしまうのだ。
わたしは手を止め、しばらく考えてみた。
どうせなら、十分に力をつけてから片付けたほうが効率がいいだろう。今日すべて片付けてしまえば、明日には食べるものがなくなる。それで幽霊の身が死ぬとは思われないが、まあ一日くらい待ったって影響はないだろう。それで、もう少しだけ腐らせることにした。
翌日、死体はもっと臭くなっていて、たいへんよかった。
さらに翌日には、岩場へ降りてきた人間が鼻を押さえていた。遠くから何か話していたが、波の音でよく聞こえなかった。
申し訳ない。そう思いながら、腐臭をたっぷり吸い込んだ。もう少し。もう少し力がつけば、一度に全部運べる。
そのころには、わたしは人間の頭くらいの肉塊なら軽々と持ち上げられるようになっていた。岩も動かせた。漂着した木切れも持ち上げられた。試しに空き缶を投げたら、思ったより遠くまで飛んでいった。
ポルターガイストは、存外簡単に習得できた。問題は、簡単になりすぎたことで、わたしの死体はすでにかなりいい匂いがしていた。
片付けようと思えば、まあ、いつでも片付けられるのだが。
惜しい。
わたしは岩場に散らばった肉を見下ろして、それから、しゃがみ込んだ。生きていたころ、わたしはよく片付けを先延ばしにしたものだったな、と懐かしく思い出す。
明日にしよう、と思った。




