序章 -3.花よりだんご-
名前の順の通り、私たちは一列になって廊下を歩く。私は小牧千夏だから結構前のほうだ。この高校は男女別に列を組むことはなく、本当に氏名順で並んでいる。男子、女子、男子、女子、女子、男子、男子……。
当の私は、10番目くらいだ。目の前は私よりも少し身長が低い楠木悠が歩き、私の後ろには相当身長が低い斎藤亜紀が歩いていた。つまり、女子、女子、女子が続いている形だ。
この斎藤亜紀という少女も眠たげだがそこがかわいい。一応私も彼女に体育館への移動前にそれとなく話しかけてみた。
「えっと、斎藤さんだっけ?休み時間、ずっと突っ伏してたけど体調悪い?」
「いや、えーっと……小牧さんかな?大丈夫だよ、ありがとう。ただの寝不足だよ」
斎藤亜紀は少しこめかみをもみながら笑う。
「そう。もし調子悪かったら言ってね」
「ええ、ありがとう」
悪くない感触ではなかろうか。初対面の会話にしては決してつかみは悪くないはずだ。話してみると普通の女子だし、こちらの名前もきちんと憶えている。しかし、うーん。楠木悠ほどの強引さは不可能だった。
体育館は県内有数の広さで……っていや、広すぎじゃない?バスケコート4面あるわ。
バレー部が男女ともに相当な強豪らしく、元バスケ部のベンチウォーマーである私も……いわゆる補欠であるが、ここまで広いと久しぶりに動きたくなってくる。公立のくせに金がかかってるなあ。
「わぁ!さっきも入学式でいたけど、すごい広いねえ~」
悠は驚嘆しつつ、教師の言葉に耳を傾けていた。普通はそんなに食いつかないけどこの子はなかなかに素直というか幼いというか。
「あたし運動からきしダメだから、こんな広い体育館はあっても使い道ないよ~」
「ハル、一人で使う訳じゃないんだからいいんじゃない?」
「それもそっか!あははは!」
本当におかしなことを言うなあ。でも、今までの感じだと悪い子じゃないんだよなあ。憎めない子である。
渡り廊下を軍隊のように40人で押し黙って歩いている最中、悠が一瞬だけ私の方を向いた。振り向いたとき、ふんわりと髪が揺れて小さなヘアピンが輝く。
「なっちゃん、次は食堂だよ、食堂。中学校はお弁当だったから食堂でご飯食べてみたかったんだ~」
「そんなに食堂愉しみ?」
「もちろん!」
テンション高めに悠は頷き、再び前を向いて歩く。徐々に食堂へと近づくにつれいい香りがしてきた。この何とも言えない匂いは午前中の空腹にとっては危険な魅惑そのものだ。
いかんいかん。まだバイトもしていないし、小遣いも雀の涙ほどしかない私にとっては母の手作り弁当が生命線だ。母もパートがある中で弁当を作ってくれているのだから、それに感謝して弁当を食べよう。まあ、でも、うん。月に一回や二回くらいならいいかな。バイトも探さなくてはならないし。
食堂は既に職員さんたちが忙しそうにテーブルを拭いたり、やかんに水を準備したりと所狭しに働きまわっていた。仕事の邪魔になるので中に入っての説明はなく、窓の外から眺めるだけであったが、匂いと見た感じだけでも胃袋を刺激された。
うん。そこまで興味はなかったけど、やっぱり月に一回くらいはこういった食堂のカレーとか食べたいよね。お値段は……うーん、メニューが遠くてちょっと見えない。ふと視線を手前に戻すと食券販売機のボタンのランプがすべて光っていた。お札は釣札が使えないタイプのやつだ。でも、最近の販売機は面白い光りかたをするんだな、あんなふうにぴかぴか勢いよく光るなんて。まるで楠木悠のテンションが移ったみたいである。
「カレー……いいなあ」
悠はボソッとつぶやいた。そんなに空腹なのか。その気持ちはとてもわかる。私も今、非常にカレーが食べたい。
「ハル、カレー好きなの?奇遇だね、私も今ちょうど食べたくなったよ」
「え、あ、うん!カレー大好きだよ、おいしいよね!」
「じゃあ、今日帰りにこの辺りで私のおススメのカレー屋、案内するよ」
「ありがとう!でも今日はあんまりお金ないから食べに行くのはまた今度でもいい?」
「もちろん。私も金欠だから、今度にしよう。それに月曜日はその店、定休日なんだ」
「なっちゃん、ありがとう~。お金持ってくるから明日行こうよ!」
「って明日?早くない?明日から授業始まるから夕方になっちゃうよ?」
「あ、たしかにホントだね。明日から授業かあ、大変だなあ」
大変だなあ。と言いつつも悠は笑っていた。この分から考えると決して学力も低いわけではないのだろう。




