少女に笑顔を咲かせましょ!−Ash bloom lily−
初投稿
花咲かじいさんの読み切り百合
「これこれ、だいじょぶかー?お嬢ちゃん」
転んだ子犬に花咲か嬢さんは微笑んだ。
これは、麗らかな春の日の少し不思議な出会いの話。
――白石咲良はこの春から女子高生になる。
「友達、出来るかな……そもそも、隣の子に話しかけられるかな。昨日も泣いちゃいそうになったし……」
咲良は重い足取りで高校へと向かう。昨日の入学式でもカチコチに固まって、キョロキョロ周りを見渡す余裕すらなかった。しかし、時間は待ってくれない。今日からは本格的に高校生活が始まる。
「とりあえずインスタ交換しよって言えばいいのかな、ラインだとじぇーけーっぽくないかな」
これから通学路になるであろう住宅街の通りには、まだ人が少ない。緊張のあまり、登校目安時刻よりも早めに家を出た少女の上には青い空が広がっている。足取りは重い。爽やかな空気とは裏腹である。
「だっ、だめだめ、弱気になってちゃ。高校生活、明るくしたいもん。頑張れ、わたし」
そう言い聞かせるが、なかなか前を向けない。足元の新品のローファーはまだ固い。中学時代スニーカーで登下校していた咲良にはあまりにも異質に写った。
スクールバッグについているお守りのキーホルダーをそっと撫でながら歩く。ふと見上げてカーブミラーに写った自分の顔を見た。今にも泣き出しそうな顔。茶色いボブヘアに添えられた小さな犬の髪留めの白さが朝日を反射した。咲良はぶんぶんと首を振って、ぎゅっとスクールバックの持ち手を握りしめた。
しばらく歩いて、校門が見えた。その先には真っ白な校舎と、ただっぴろい運動場。門の側には大きな桜の木がそびえ立っている。全ての枝の花弁が満開で、アイボリー色のグラウンドに薄桃色の水玉模様を作っていた。ガードレール越しでも、その美しさははっきりと咲良の目に飛び込んできた。
「綺麗……」
思わず呟いてしまう春の1ページ。ほんのすこし、心が軽くなったような気がした。
学び舎の敷地に入るため、勇気をだしてぐっと足を踏み出す。と。
「!?――ッ!」
ガツッ。咲良は門のレールに躓いた。ローファーと金属のレールがたてる鈍い音を聞き流しながら、くらりと少女の小さな身体は地面へと向かう。その一連の動きの情けなさとなんともいえない喪失感は、臆病な咲良の張り詰めていた糸をぷつんと断ち切るには十分だった。迫る砂と花びらが潤んだ。
(わたしのばか、こんなところで転ぶなんて……っ。)
しかし、膝を擦りむく痛みも、手のひらが砂利とぶつかる鈍い音もやってこなかった。代わりに視界に写ったのは桜色の髪。そして、耳に飛び込んだあたたかい響きの可憐な声。
「これこれ、だいじょぶかー?お嬢ちゃん」
「え……?」
咲良は、少女に抱きとめられていた。転ばなかった安堵と抱きとめられた少しの羞恥、そして更に増した不安のあまり頬を雫が伝う。恐る恐る顔を上げた。
優しい茶色の瞳と、目が合った。
「おっと、失礼。泣きそうな君が見ていられなくて、突然ごめんよ」
咲良の目に写ったのは、4月の公立高校には似つかわしくない、でもどこか春景色に溶け込むような出で立ちの少女。若葉色の着物のような服装で、腰はくすんだ深緑の帯で締められており、スカートの裾には花びらの模様。枝色のベストを羽織り、頭には帯と同色の頭巾。裸足ですっくと立つ姿。2つに結われた桜色の髪が春風で揺れた。
「えっ!?あ、え、あの、こちらこそごめんなさ……!?」
「なに、私は大丈夫だよ。それより、君こそ怪我はない?」
唐突に現れた非現実な雰囲気の少女に、咲良は固まると共に見惚れた。数コンマして、自身の身体が彼女の腕に支えられていることをやっと認識し、わっと離れる。セーラー服越しのあたたかさは人のものなのに、登場といい様子といいどこか春風でかき消されそうな儚さを持っていた。
「あ。久々の人肌が……ってごめんごめん」
少女は少し残念そうな表情をしたが、ストレートに出た自分の言葉にハッとし、申し訳なさそうな顔にはにかむ。が、次の瞬間にはにっこり微笑み直す。そのくるくる変わる表情に咲良は置いていかれそうになるが、思い切って声を出す。まだ少し湿ったままだが。
「えっと、ありがとう、ございます。貴女は、その、だれ……?」
咲良の頬に伝っていた涙の跡を親指の腹で拭う。どこか不慣れなようで、でもあたたかい。
「私はシダレ。名字込みで言うなら、ヨシノシダレっていうんだ。ふふ、お嬢ちゃんとはちょっと異なる存在……この木に宿る桜の霊だよ。」
シダレと名乗る少女は少しだけいたずらっぽく口角を上げた。
「へ……?れい……?おばけっ!?」
中々ファンタジーな名乗りに咲良の顔は困惑と少しの怯えが浮かび、一歩だけ後ずさる。
「あ、いや、おばけじゃないって!いやまぁ確かにこの学校の七不思議で噂はされてるらしいけど…って言ってもだいじょぶほんとに、呪ったりしないよ、ほら笑って!」
咲良の様子を見てシダレは慌てて説明をする。その焦る様子は、まだうら若い少女そのものだ。その親しみやすい仕草に、咲良はちょっとだけ落ちつきを取り戻した。
「七不思議?シダレ……ちゃんは人間じゃないんですか?」
「そう。ここの桜の木にずうっと昔から住んでる。ここでお嬢ちゃんみたいな人間たちを観察してる暇な精霊みたいなもんだよ」
(観察……見守ってくれてる神様みたいなものなのかな)
戸惑いながらもそんな思考をする少女。一歩引いた足はまた踏み直され、揃っていた。
「お嬢ちゃんはなんていう名前?良かったら教えてくれないかな」
シダレは咲良に尋ねた。頭巾の角が少し上下する。瞳はきらきら輝いていた。
「わたしは、咲良。白石咲良です。えっと、今日から高校1年生になるんだ……」
名乗る咲良の顔はまだ少し暗い。口に出したことで認めてしまった現実。ぎゅっとスクールバッグを握り直した。
そんな咲良の表情を見て、シダレは寄り添うように微笑んだ。
「そっか。咲良か。今日から、ここに来るようになるんだ」
淡々と事実だけ反芻する。わんわんではなかろうが、ぽろぽろ鳴きだしかねない少女をそっとみつめた。達観したような落ちついた表情はまさに神様のようで…………
「よしっ。咲良、顔上げて」
感情全開の正直少女はそんな神様ムーブを切り上げた。シダレはにっと先程よりも明るい笑みを見せる。
「え……?」
不安に揺れた瞳で咲良はシダレを見つめた。子犬が飼い主を見上げるように。スクールバックを握る手の力が少しだけ弱まる。
「ほれっ!」
シダレは右手をそっと上げて、何かを掴むフリをした。風が流れた。花吹雪が少し渦を巻いて、さくらの眼の前が淡い春に染まる。そっとそのまま自身の口元あたりに手を下ろした。唇の上には、ほんのりピンクの、桜の花びら。
「じゃじゃん。花びらのひげだ。」
咲良はぽかんとシダレを見つめた。片目を瞑ってどこか得意げなおじいちゃんのようなその姿。16歳ほどに見える少女にはミスマッチなおヒゲ。
「……ふふっ」
くしゃり。まだ幼さの残る顔立ちに、あどけない花が咲いた。白石咲良が今日初めて見せた、純真な笑顔だった。
「可愛い……」
笑わせたはずのシダレは、一瞬咲良に目を奪われてしまう。いや、もしかしたら、目だけではないのかもしれない。まだ舞い続ける花びらだけが二人を見守っている。朝の校庭はまだ静か。遠くの小鳥のさえずりだけがその静寂に紛れ込んでいた。
そんなシダレの呟きには気がつかず、咲良はくすくすと、目を細めて。ツボにハマったというよりは、そのおどけた様子がどこか可笑しくて、愛おしくて。
「おヒゲっ。なにそれ。ふふ、私と同い年くらいのシダレちゃんに違和感しかないです、ふふっ」
「こらこら、違和感しかないとか言うんじゃない!私は大真面目だぞ!いや真面目じゃないけど!」
つられてシダレもツッコミながら笑ってしまう。少女二人の声はどこまでもあたたかな響きを持っていた。
「ふふ、笑顔になってくれてよかった。ねぇ、咲良。あのさ。敬語無しでいいよ。ま、実際は私はお嬢ちゃんの何倍も年上の存在だけどね。」
落ち着いてから、シダレは花びらのひげを触りながらちょっと照れくさそうに言った。そして、花弁を取り払い、また完全なる少女の外見へと戻る。咲良は穏やかな顔でその言葉を聞いていた。
「えへへ。わかった!さっきはありがとう、シダレちゃん!」
咲良もはにかむ。まだ出会って十分も立たないが、咲良の中にはもう高校生活への不安も、この少女へを不思議に思う気持ちもなくなり、ただあたたかい感情で満たされていた。
と。そのとき。
――コツ、コツ。
どこか不安定な足音が聞こえてきた。咲良とシダレが遠目からガードレールの奥に見えたのは、黒髪の長い髪の少女。咲良と同じ水色と白を基調としたセーラー服。不安げにぎゅっとレモン色のスカーフを握りしめながら、咲良たちのいる門の方向へと歩いてくる。二人の様子にはまだ気がついていないようだ。
咲良は衝動的にその門の側の桜の大木の裏へ身を隠す。シダレはその様子に少し驚きつつも、自身もさっと浮かんで、幹の上の枝の方に腰掛けた。おそらく黒髪の少女からも見えないだろう。
桜の霊として、改めて非現実なシダレの振る舞いに咲良は驚きつつも、鼓動の速さの原因はそれではなかった。
(ひ、人っ!?てか、あの子、昨日の入学式でも見た気がする、確か前の席で……。てかわたし、何で隠れちゃったの、たぶんおんなじ新入生なのに……!)
桜の幹に背中を預けながら、自己嫌悪でまたじわりと涙が出てきそうになるのを必死で堪えた。スクールバックを握る手に汗がしみる。そのとき。
目の前で散る桜の花びらが視界に写った。先程と何か変わったわけではない。咲良が今朝ここに来てからずっと変わらない光景だ。春だけにしか見られない、儚くて、優しい色合いの薄紅色。
「あ……」
咲良はふり仰いだ。丈夫そうな枝に腰掛けながら、優しく見守るシダレの茶色い目と視線がそっと交差した。桜色の髪は周囲の本物の桜に埋もれてしまいそうな雰囲気ながら、その表情は確かなもの。
咲良は木陰から飛び出した。
「あ、あのっ。おはよう……!」
門の近くまで歩いてきていた黒髪の少女は、突然現れた少女にびっくりして目を見開いた。
「えっ……!?お、おはよう……!?」
咲良はいきなり見知らぬ女の子に声をかけたことにまだ心臓をバクバクさせていながら、どこか澄み渡るような気持ちだった。頭上には雲ひとつない爽やかな青空が広がっている。やはりまだ始業には早いものの、陽光の位置は高くなっている。
「びっくりさせてごめん。わたし、新入生の白石咲良って言うの。えっと、昨日の入学式でたぶん貴女の後ろに座ってて、それで、私今日緊張してて早く着きすぎちゃって、もしかしたら貴女もかなって……!」
恥ずかしさに頬を染める。拙いながらも話しかけるその瞳には、不安以外の思いも浮かんでいた。自分と同じような様子の少女に声をかける咲良は、もう臆病な少女ではなかった。
そんな一生懸命な咲良を見て、黒髪の少女の顔は少し緊張がほぐれたように、ちょっと硬く、しかし確かに微笑んだ。
「私も。今日から1年生になるの。」
少女の言葉にホッとしたように、そして喜びで、咲良は破顔した。スクールバックを握り直す。白犬のキーホルダーが揺れる。ローファーは一歩前へ。
「やっぱり!ねぇ、よかったら一緒に昇降口までいかない?あと、名前、教えてほしいな……!」
えへへ、とはにかみながら少女の隣へと向かう。少女もスカーフを握りしめていた手をほどいて、歩き出す。緊張でいっぱいの新入生二人の、不器用な歩み。
(あ。シダレちゃん……)
咲良は一度振り返って桜の大木を見上げた。笑顔を分けて、勇気をくれた桜の霊の姿を探すために。
――びゅう。
春のあたたかい風が舞った。何本もの枝に咲いた桜花と、校庭に既に散っていた花びらが生きているかのように踊る。そんな吹雪に包まれて、枝に腰掛けたシダレは優しく微笑んでいた。
「咲良ならもう大丈夫だ、お嬢ちゃん」
茶目っ気たっぷりにウインクを飛ばす。そして、今にも散りそうな笑顔で。まっすぐに。
「また咲く春の日に会おう。だから、私を忘れないで」
その声は不思議と、咲良だけに届いた。抱きとめ支え、初めて声をかけられたときと変わらない、あたたかい響き。どこか更に外見相応の少女のような感情が混じっていたのは気のせいだろうか。
「どうしたの?白石さん」
黒髪の少女に声をかけられて、咲良は慌てて前を向いた。
「あっううん。なんでもない。あと、白石さんじゃなくて、咲良でいいよ。」
咲良は校舎へと歩き出しながら、初めての友達に告げる。校舎へとむかいながら、明るく続けた。
「あのね、この学校、七不思議があるんだって。その1つはね……」
去っていく二人の少女の姿を、桜の霊は見守り続けていた。
透き通る春は、どこまでも青い。
Pixiv様の投稿企画「Spring memories 2026」の参加作品です




