楠なずな
今日の喜びは親の一言で消し飛んだ。
やっと見つけた夢中になれそうなこと。
だけど大人は僕の夢や、やりたいことよりも、目の前にある学校を優先する。
僕の心を何一つ理解していない、理解しようとしない両親に心底がっかりした。
優しい両親だけど、その優しさは僕に寄り添っていない。
最悪だ。
その言葉を聞き僕は家を飛び出した。
子供じみた行動だと思うけれど、大人が僕を子供と言うならば、こんな行動も許されるだろう。
大人の都合で子供になったり、
子供じゃないと言われたり、
じゃあ僕は一体なんなんだ? と聞きたい。
親は忘れているんじゃないか?
僕が一人の人間だということを。
家を飛び出したのは良かったが、居場所がないことに気がつく。
スマホは持っているからファーストフードに行ってもいいけれど、四時過ぎ、学生が多い。
『親と喧嘩しちゃって』と、言える友達がいたなら……
一緒にポテトを食べながら愚痴って、共感して、慰められる。そんな友達がいるならば。
誰もが普通にしている日常は、僕にとって叶わない夢。
そんな、なんでもない日常に憧れているだなんて親も知らないだろう。
だから今、そんな場所に行ったら、学生同士の何気ない日常の姿に打ちのめされる。
僕に友達がいない現実。
誰にも相談できないこの気持ち。
僕はファーストフード店を通り過ぎ、近くの公園に向かった。
四時過ぎだったこともあり、人もまばら。
夏が近いからか、空がまだ高く、日差しが眩しい。その日差しの眩しさに一層気持ちが沈む。
誰もいないベンチに腰をかけポケットからスマホを取り出した。
ロボコスのナベさんのSNSを開く。
「山田くん、何してんの?」
「!?」
不意に声をかけられ顔を上げると、そこに立っていたのは学級委員長の楠なずな。
美人というよりは可愛らしい顔立ち女の子。
性格も良く、笑顔がトレードマークで万人に好かれる自分とは正反対な人種だ。
制服姿の楠に戸惑う。
彼女は学校に通っている人で、僕は通っていない人。
同じ十七歳だけど、見えない差があるように感じすぐに目線を逸らす。
「……特に」
クラスの人気者に声を掛けられた現実に戸惑う。声が震えそうになった。
(楠は僕の苗字を知っていたんだ)
「特に? その割には暗い顔してるよ?」
そう言って楠は僕の右側に座った。
(近い!!)
ふわっと漂う甘い香りに一気に緊張が増す。
鼓動が波打ち楠に聞こえてしまう、ほんの少し体を左にずらす。
(まずい、顔が赤いことがバレる!)
楠は体を僕の方に傾け笑いかけてきた。
ますます顔が赤くなる。
あまりの緊張と恥ずかしさに耐えられなくなり、僕は手に持ったスマホをポケットにしまい、立ちあがろうとした。
「山田くん、待って、ちょっと話しようよ、元気だった?」
楠は立ちあがろうとした僕の腕を掴み、行かせないようにする。
(キモイから触りたくんないって思わないの!? それに話をしよう??)
僕は意外な楠の触れ合いに目を見開きながらも、楠に気にかけてもらえた喜びに負け、素直にその場にとどまることにした。
クラスの人気者の楠。
肩までの髪を耳にかけながら制服のポケットから飴を取り出し一つくれる。
僕は今声を出したら緊張で震えてしまうと思い、黙って受け取り口に入れる。
でも、本当はその指先が震えるほど緊張している。
楠にバレないように飴を包んでいた袋を汗ばんだ手に握りしめた。
口に広がる爽やかなミントの甘さが緊張感を緩和する。
「私、山田くんってすごいなって思っていたんだ」
楠は徐にそんなことを言った。驚きすぎて声も出ない。
(楠がすごいって言った? 聞き間違え? あ、ネタにしようとしている?)
僕は黙っていた。
下手に口を開かない方がいい。
きっと明日クラスは僕のネタで盛り上がるはずだから。
「クスクス、ずっと黙っているって、やっぱ山田くんって強いよね。私、山田くんになりたいんだ」
楠はそう言って大きなため息を吐いた。
(僕になりたい!?)
僕は頭の中がパニックになった。
あの楠が?と、無意識に視線を向ける。
楠はエヘヘと笑い、立ち上がった。
(あ、行っちゃうのかな……)
不意に寂しさが込み上げる。
クラスの人気者に声をかけられただけでも一生の思い出になるのに、腕に触ってもらって、隣に座ってもらった。
さっきの山田になりたいは聞き違い、でもこんな奇跡はもう起きないだろう。
僕は立ち上がった楠を見上げ、勇気を出し、つぶやくように言った。
「飴。ありがと」
「明日、明日山田くんが飴持ってきて? 明日のこの時間、集合だよ!」
「ぐ、ゴホッ!!」
驚きすぎで飴を飲み込みそうになる。
楠は驚く僕をチラリと見てふふと笑い、自転車に乗って去っていった。
柔らかい風が楠の髪を揺らし、その風が僕の頬を撫でる。
僕はその後ろ姿から目が離せなかった。
夢のような出来事。
「明日……う、嘘だろ?」
僕は声を出し再びベンチに座る。
『で、学校いつ行くの?』
先ほどまでこだましていた親の声が吹き飛び、頭の中は楠でいっぱいになった。
楠はなんで僕と会おうとするのだろう?
友達も多くて人気があって、僕のような苦労なんて想像もつかなさそうな楠が?
どうして僕に絡んんでくる?
何か意図がある?
学級委員長だから?
先生に言われた?
――それ以外ない。
楠が僕を気にするなんてあるわけがない。
明日来たら他の生徒もいて、僕を笑うかもしれない。
冷静に考えるとこの考えが現実的だ。
……はぁ。
明日はここに来ない。
それが自分を守る方法。
それが賢明だと僕は判断した。




