山田わたるの憂鬱
「学校に行きたくない」
ようやく言えた言葉に涙が溢れる。
この言葉を口にするまでの間、どれほどの葛藤があっただろう。
山田わたる十七歳。今高校二年。
僕は中学の頃いじめられていた。その理由はよくわからない。
友達だと思っていた奴らに、弄られキャラだと言われ笑って許していたことが、
いつの間にか馬鹿にされ、無視され、キモいと言われるようになった。
いじめられるようになったきっかけはわからない。
出来るだけノリに合わせやってきた。
だけど結果いじめられ、それ以来人との距離感が掴めなくなった。
中学の頃虐められていると親に言えなくて、
地獄のような毎日を我慢し、
なんとか卒業した。
高校は奴らが入れなさそうな進学校を選び、
あいつらとは会うこともなくなった。
生まれ変わりたい。
そう思っていたけれど、虐められたトラウマで人と話せなくなり、
人と関わることができなくなった。
それでも必死に工夫し過ごしてきた高校生活。
でも、今日、僕の心は折れてしまった。
*
友達と楽しそうに登校するクラスメートを横目にヘッドフォンのボリュームを上げ好きな曲を聴く。
ヘッドフォンで音楽を聴く高校生はいない。皆ワイヤレスイヤフォンを選ぶ。
イヤフォンはかさばらないし目立たない。
だから僕はあえてヘッドフォンを選んだ。
『山田は音楽を聴いている』
『話しかけない方がいい』
僕は他人からそう思われたい。
だからどこからみてもわかるヘッドフォンが一番最適だ。
クラスメートと目が合った。
あまり話したことがないもの同士、挨拶しても気まずいだろうと、すぐに目を逸らし足早に通り過ぎる。
音楽が雑音を遮り見えない防御壁を作ってくれる。
自分だけの空間を作れば一人でも大丈夫だ。
これで心を守れる。
教室に入ってもずっと音楽を聴き続け、カバンからスマホを出しマンガを読む。
この時間が過ぎれば、授業が始まれば一人を感じることはない。
お昼も一人で食べる。その時も音楽を聴き、スマホを片手に弁当を食べる。
放課後も同じ、好きな音楽を聴きながら家に帰る。
僕はこうして毎日をこなす。
このループである限り、傷つくことはない。
けれど、学校は残酷だ。
時々生徒を四、五人のグループに分け、何かをさせたがる。
その度に体温が上がり、吐き気がするほど圧迫されるこの体。
指先が震えるのを必死に堪える。
その場から逃げ出したい、できるならば休みたい。
生徒を追い詰めることに気が付かない教育者。
友達がいないこの気持ちは一生理解できないだろう。
それでも、出来るだけ周りに合わせようと努力する。
だけどその努力がどれほど辛く苦しいか、他人にはわからない。
面白くないことを笑う瞬間、笑顔を浮かべる瞬間、ぎこちなさを隠すため目をそらす。
何か意見ある?と言われてもあるはずがない。
既に決まっていることならそれで良いよと言ったほうが楽だ。
自分の意見など言っても今更仕方ないしきっと迷惑だ。
そう言いながら、一生懸命やっても認めてもらえない気持ちを吐き出すようにため息が出る。
フゥーと息を吐けば気分を整えられる。これも自分を守る儀式の一つ。
放課後、友達と楽しそうに話しているクラスメート達。
一人カバンに荷物を入れる。明日の時間割を見てまたため息。
体育でバスケがある。
なかなか回ってこないボールと、楽しくないチームプレイ。
拷問のような時間。会話もままならない。
誰かが点を入れても共に喜ぶふりをしてもハイタッチは避けられる。
その代わり笑顔はあるがぎこちない。それが余計孤独を感じさせる。
みんなと同じになれない自分に価値が見出せない。
こんな気持ちを持って生きる僕は死んだほうがマシだ。
朝と同じように音楽を聴き家に帰る。この繰り返しを何度すれば解放されるだろう?
空気を吸うごとに心が重くなり、吐くごとに空っぽな自分を突きつけられる。
こんな自分が嫌になる。だけどどうすれば良いのかわからない。
*
ある朝道端で財布を拾った。
中身を見るとクレジットカードにマイナンバーカード、数枚の一万円札。
落とした人はきっと困っているだろうと交番に届ける。
今時の若者はちゃんとしていると褒められる。
名前と連絡先を教え帰ろうとした時、財布を落としたとヨボヨボのおじいさんが現れた。
マイナンバーカードの写真と同一人物。
警察が状況を説明するとおじいさんは喜んでくれた。
これはお礼と言って財布からお金を取り出した。
断ると警察がもらって良いんだと笑顔を浮かべる。
当たり前の事をしただけだと遠慮したが結局受け取った。
今時珍しい優しい子だと褒められた。
でも、優しいはずの自分には友達がいない。
優しい子、それは聴きなれた言葉。両親にも祖母にも言われるこの言葉。
何かをしてあげることは苦痛じゃない。
この話も両親にすると偉いと言って、優しい子になったと言って褒めてくれる。
でも、知っている? 優しいと言われるたびに苦痛を感じてるって。
じわじわと追い詰められてゆく心。一見不満のないように見える生活。
優しいと言われる自分。そんな自分を心配そうに見ている優しい両親。
悲しませたくない。
両親はこんな僕を理解し、話を聞こうとしてくれる。色んな提案もしてくれる。
放っておいて欲しいと思うけれど、突き放せない。
独立するまでは好きな事をさせてあげると言ってくれるが、その言葉も、少し重い。
それでも親の言うことも試してみようと塾に行ったり、イベントに参加したり、学校で禁止されていない程度のバイトもした。
けれど心の隙間を埋めるものは何一つ見つからない。
大人のアドバイス通りやっても見つからないのならどうすれば良いのだろう?
いつもの放課後、いつも通り帰ろうとヘッドフォンをし、電源を入れた時、充電が切れていた。
まあ、しかたない。そのまま帰ろうと鞄を持った時、クラスメートの声が聞こえた。
「山田、存在感、やばくない? 」
その瞬間息ができなかった。頭の中が真っ白になる。
それでも平気なふり、聞こえないふりをして教室を出た。
ドクドクと心臓が波打ち、吐きそうなほどの衝撃に耐える。
胃がキリリと痛む。だが、痛むのは胃だけではない。
バラバラと崩れる心の均衡。防御壁の充電が切れ、守ってくれる空間がなくなった。
帰り道、心の破片が道に落ちてゆく。家にたどり着く頃にはこの心に何も残らないだろう。
空洞、闇、涙、悔しさ、何もない自分、優しいと言ってくれる大人、心配そうな両親の顔。
全部消えてしまえばいいのに。
悔しくて悲しくて、こんなことに傷つく自分が許せなくて、でも可哀想で、こんなに沢山人間がいるのに、どうして誰も僕を認めてくれないのだろう?
何の価値のない自分、わかってもらえない自分、努力しても通じないこの世界で生きる価値も見つけられない。
学校は何のために行っているのだろう?
親に言われたから行っているのか、世間に言われたから行っているのか、行きたくないと言えないから行っているのかわからない。
誰も傷つけたくないのに、自分のわがままを言うわけにはいかないと思い続け踏ん張ったけれど、もう無理だと初めて気がついた僕の本心。
誰かにわかって欲しいじゃない、気がついてほしいじゃない。
ただ普通に生きたいだけ。
情けない自分、動けない心、追い詰められた動物のように震えて泣く自分。
いつか見返したいと思いながらも今は立ち上がれないところまで落ちてしまった。
「何か、あった? 」
食事の時間になって現れない僕を心配した母親が部屋に来た。
べつに、と言いたい。なんでもないと、お菓子を食べてお腹がいっぱいだと言いたい。
だけど壊れた心をコントロールすることができない。
勇気なのか不満なのかわからないけれど、それを振り絞り言った言葉。
「学校に、行きたくない」
初めまして。
【山田、存在感、やばくない?】の作者、ねここと申します。
この作品は現代社会を舞台にした男性主人公のお話です。
書こうとしたきっかけは、書籍化決定している【この結婚が終わる時】の担当してくださっている
GAノベル担当者様から、全く無知だったライトノベルの歴史を伺い、
このラノベは男性読者様から始まったと知ったことがきっかけでした。
女性の私から異性である男性を見ていると、男性は本当に不器用で、とても純粋で、
いつまでも少年のような心を持ち、夢を見続けることができる存在だとリスペクトしております。
そんな不器用な男性の皆さんを心からリスペクトし、抱える苦難や葛藤を文字にすることができればと
書き始めました。
十代から大人になり、学業、夢、仕事、恋愛、多くの理不尽や困難、そして喜びを書けたらと思っています。
この作品は途中から取材が必要な内容となりますので、執筆スピードはゆっくりかと思います。
気長にお付き合いいただければ嬉しく思います。
山田わたるの一人称から始まる物語、どうぞよろしくお願いいたします。
沢山の愛を込めて。
ねここ




