籠の鳥の転生者
ハッピーエンドでは無いです。
俺は転生者だ。
前世の記憶と知識を全部持ったまま、この世界のどこにでもいるような田舎の平民の家に生まれた。
五歳くらいから、少しずつ知識を出してみた。簡単な消毒の仕方、堆肥の作り方の工夫、種まきのタイミング、簡単な水路の掘り方…… 全部、家族や村人との為になるという善意から始めたのだ。
でも結果はすごかった。村の子供たちの熱がすぐに下がり、おばあちゃんの咳が止まり、畑の作物が今まで見たこともないくらいに実った。
村人たちは最初驚いて、疑って、それから本当に嬉しそうに笑ってくれた。「ありがとう」「お前のおかげだ」「神様が遣わしてくれた子だ」って、何度も何度も言ってくれる。
その笑顔を見るたびに、胸の奥が温かくなった。俺がここにいる意味って、こういうことなのかもしれない——そう思えた。
知識を出すのは苦じゃなかった。むしろ楽しかった。転生者として、1番輝ける事だからね。村の鍛冶屋のおじさんと一緒に新しい鍬の形を考えたり、薬草に詳しいおばさんと新しい煎じ薬を試したり、みんなが目を輝かせて「すげぇ!」って言ってくれる瞬間が、たまらなく気持ちよかった。
九歳の秋、領主の使いが来た。「領地のために力を貸してくれ」と言われて、城に連れて行かれた。両親は喜んでくれた。俺はどこか誇らしかった。もっとたくさんの人を幸せにできるかもしれないって、期待していた。
城でも同じだった。毎日いろんな人が来て、俺の話を真剣に聞いて、メモを取って、すぐに形にしてくれる。領地はみるみる豊かになっていった。道がきれいになり、病気が減り、子供たちの頰がふっくらしてきた。
十歳を過ぎた頃、この領地は「奇跡の領地」と呼ばれるようになった。俺はただ、嬉しかった。自分がここにいることで、誰かの人生が少しでも良くなっている。それだけで十分だった。
……でも、その噂は王都まで届いてしまった。
十二歳の冬。王からの召喚状が来た。丁寧だけど、拒否を許さない文面だった。歯車が狂い始める予兆だった。
育ての両親は泣いた。
俺は荷物をまとめた。
今度は少しだけ、胸がざわついたけど、まだ希望はあった。国全体を幸せにできるかもしれない——そう思っていた。
王城に着いてからの五年。
最初のうちは、まだ楽しかった。王都の学者たちは村の連中より遥かに知識欲が強くて、話が早かった。新しいアイディアをぶつけると、目を血走らせて食いついてくる。俺が教えた魔法通信網が実用化された日、宮廷の広間で拍手が起きた。その瞬間、ちょっとだけ誇らしかった。
でも、だんだん空気が変わっていった。
部屋は豪華になった。食事は最高級、服は絹、風呂はいつでも熱い。だけど、自由がなかった。
右手には、位置探知の指輪。
左手には、重力制御の腕輪。
寝るときも、食事のときも、排泄のときでさえ、必ず二人の人間が視界の中にいる。
一度だけ、本気で「もう教えたくない」と言った。二日間、黙り続けた。
三日目の朝、王が呼び出した。人払いをした謁見の間で、静かに言った。
「お前の育ての親は、今は王都の立派な貴族だ。いい屋敷に住み、いい暮らしをしている。……このままでは、その暮らしがどうなるか、分かるな?」
その瞬間、俺の中で何かが音を立てて折れた。
次の日から、酒が自由になり、女も付けられた。ご褒美という名の、太い鎖だった。
十五歳の誕生日が近づいた。この世界では、十五歳になると教会で祝福を受け、唯一の固有スキルが与えられる。もし転移や隠密、瞬間移動……そんなものが手に入ったら、もしかして——
その一週間前、王が俺の部屋にやってきた。
扉を閉め、感情のない声で告げた。
「祝福は受けさせない。お前が逃げられる可能性は、どんなに小さくても許されない」
「……そうですか」
それだけ答えた。もう、驚きも、怒りも、ほとんど湧いてこなかった。
窓の外では、人々が歩いている。笑い、泣き、喧嘩し、抱き合い、ただ生きている。俺はここから、一生出られない。
最初はただ、村の人たちの笑顔が見たかった。両親に楽をさせてあげたかった。
それだけだったのに。
今、俺の手の中には核爆弾のアイディアノートがある。あと少しで完成する。王はそれを、どこかの国に落とすつもりだろう。そしてこの国は、世界を支配するだろう。
俺が最初に感じたあの温かさは、もうどこにもない。残っているのは、巨大な殺戮装置の部品として使われている感覚だけ。
善意は、使い方次第で最悪の毒になる。それを、今の俺が一番よく知っている。
良く、転生者モノのストーリーでは、知識を隠すパターンが良くある。なるほどな、大切な人を守る手段がないのに、知識を披露するとこうなるのか。
バガだな俺は。家族を守るだけに徹していれば良かったのだ。貧しくても幸せに暮らせたのではないだろうか?
俺はもう、籠の鳥だ。
永遠に、逃げられない。




