.8 少女の涙
魔術知識専門校舎に入校してから、早数日が経った。最初のロイゼの発言以降目立った出来事も無く、周りが徐々に関係を築いていく中、僕は一人授業を受けていた。
元々の噂や先生の発言から、他の子たちとはより距離が出来た気もする。
「……っとこのように、私たちの生活には魔術は必要不可欠なのです」
魔術だけの勉強かと思ったが、意外にもこの世界の歴史や地理、情勢なども授業として行われた。
「さて、ここからは魔術の発動についてです。魔術を発動するには、魔力と魔術式と呼ばれる物が必要になります」
「魔力はエネルギー、魔術式は設計図のようなものでしょうか」
「せっけいず?って何?ププ先生」
一人のクラスメイトが声を上げ聞いた。
「そうですね……道みたいなものです。例えば、皆さん今日もこの校舎に来てくれましたね。その際、ちゃんと人が通れる道があったと思います」
「皆さんが魔力として、この校舎が魔術だとすると、ここに来るまでの道が魔術式になります」
「うーん…なるほど…?」
質問した生徒は、完全に理解している様子では無かった。
分かりやすいような、分かりにくいような…プリケンプクス先生は熱意や真摯さは伝わるが、こと子どもに対しての教える力はそこそこだと思う。
「今は魔術を使うには、魔力と魔術式が必要なんだと覚えてくれれば大丈夫です」
「はーい」
「それでは、実演して見せましょう」
先生は小さな人形を机に出し、人形に魔術式を記し始めた。
「皆さん見ていてください」
『魔術・ちょっとした浮遊』
そう言うと、フワッと人形に風が纏い、少しずつ中に浮いていった。一定の高さまで浮上すると、先生の周りをクルクルと回り出した。
「すげー!俺もやりたい!」
「私も!」
生徒達が一斉にザワつき始め、収集が出来なくなる寸前で、先生は浮かしていた人形を机に置いた。
「皆さん落ち着いてください。本日の授業はここまで。実戦は次回にしましょう」
「「えー!」」
生徒達から不満の声が溢れかえるも、先生は動揺する事無く場を収めた。恐らく、前から同じような経験を繰り返しているのだろう。
「皆さん、今回の授業をしっかりと復習して、次回の実戦に備えてください!」
「「はーい!」」
大きな返事と共に、今日の授業は終了した。
帰り支度をしていると、怒気や嫌悪を含んだ声が僕を呼んだ。
「おい」
「ロイゼ、何?」
最初の出来事以降話しかけられたり、話しかけたりする事は無かったが、今回はロイゼの他に二人の生徒を後ろにつけ、話しかけてきた。
明らかに好意的な態度ではないとわかった。
「お前が魔物を倒したっていうの、ほんとかよ?」
「本当だったら?」
「嘘つくんじゃねーよ」
軽く声が響き、残っていた数人の生徒たちの視線を浴びた。
「魔力もないお前が、どうやって魔物を倒すんだよ」
「それは、」
言いかけて辞めた。言ったところで信じないだろうし、武器は壊れた。あれ以降、分解も上手く出来てないから作れてない。
言い淀んでいると、ロイゼとその取り巻きが笑い声を上げた。
「あはは!やっぱり嘘じゃん!この嘘つき!」
「言えないなら嘘つきだ!」
「みんなー!こいつ嘘ついてるぜ!」
あからさまに他の子を巻き込み、残っている生徒の集団で意識を統一、僕を攻撃しようとしている。
周りの生徒は、最初の頃同様ヒソヒソと話し始めた。そんな中、ロイゼは勝ち誇ったような顔で僕を見つめてきた。
「俺パパから聞いたんだ。お前みたいな嘘つきの事を詐欺師って言うんだぜ」
「ロイゼ君物知り〜!」
それを言うならペテン師だ。ロイゼを囃し立てるかのように、取り巻き二人が煽てている。ロイゼはさらに気分の良さそうな表情を浮かべていた。
室内のガヤガヤが最高潮に達しようとした瞬間――
バンッ!
前の方で座っていた子が机を叩き、立っていた。突拍子のない行動に、僕含めた全員が唖然とし、その子に注目した。
「セージ君は…そんな事、しない」
どこかで聞いた事のある声だった。か細く途切れつつだったが、その声にどことなく力強さを感じた。
「な、なんだよお前!」
「そうだそうだ!」
ロイゼと取り巻き二人が動揺を隠せずにいると、続けてその子が言った。
「ロイゼ君は、セージ君の、何を知っているの…?」
「はぁ!?」
ロイゼはかなり怒り頂点で、矛先が僕からその子へと移っていた。
話していたのは、薄いオレンジ色の髪をした女の子だった。少し、手が震えていた。
「お前、こんな魔石以下の奴かばうのかよ!」
「そうだぞ!」
女の子は、今にも泣きそうな表情をしていた。
子どもとは言え、男の子三人が女の子一人に寄ってたかって口撃するのは良くない。
それに――彼女が傷つくのは見たくない。
「ロイゼ」
「あ?」
「僕が魔物を倒したと証明してやる。ただし明日だ。明日、校舎裏の広場である物を見せてやる」
ロイゼはポカンとしていた。今まで二言、三言しか話してない奴が急にこんなに喋ったんだ。無理もない。
「なんですか?少し騒がしいような気がしましたが…」
プリケンプクス先生が騒音を聞きつけて来た。室内は先程とは打って変わり、静かになっていた。
「なんでもないでーす」
ロイゼが不満そうに先生に伝えると、小声で僕につぶやいてきた。
「嘘だったら許さねぇから」
「ああ」
取り巻き達を連れて、ロイゼは教室を後にした。先生も戻り、残っていた生徒たちもパラパラと帰り始め、残ったのは僕と、庇ってくれた女の子だけになった。
どうしてか彼女も残るだろうと思い、僕も残った。
「あの、さっきはありがとう。庇ってくれて」
僕から声をかけた。女の子一人で立ち向かうのは、勇気のある行動だったと思う。
「えっと……名前は確か――」
思い出そうと彼女を見て、胸が締め付けられた。彼女は――泣いていた。
「ど、どうしたの?」
聞いても返事は返ってこない。ただ、ポロポロと涙を流していた。
「……さい」
「ん?」
彼女が何かを言っていたが聞き取れず、聞き返す。
「ごめんなさい……」
「え」
そう言うと彼女は教室から飛び出して行った。何に対して謝っていたのか分からなかったが、彼女がいなくなった後も、別れ際の言葉は僕の胸に残り続けた。




