.7 魔術知識専門校舎
僕が黒皮を纏う獣を倒したという噂が、瞬く間に広がった。
すれ違う人や周りの人達から尊敬や敬愛、疑念や畏怖といった視線を向けられるようになって、数日が経った頃、家に一人の男性がやってきた。
「初めまして。君がセージ君だね。噂は聞いているよ」
「こんにちは」
身なりが整えられており、ピシッとした服装が、この空間の異様さを引き出していた。
歳は父と同じくらいだろうか。若そうだが、苦労が滲み出ている人相をしていた。
「いやな、なんでもセージと話したいって言って聞かなくてな…父さんが折れる形になっちまった」
「そうなの…」
母が少し驚いていた。父は物腰が柔らかだが、自分の意志が弱い訳ではないので、その父が折れたというのが意外だったのだろう。
男性を部屋に招き入れ、家族三人と客人一人が一つの机を囲んでいた。
「そうしたら、改めて自己紹介を。私《魔術知識専門校舎》で教員をやっております、プリケンプクスと申します」
魔術、と聞いてやはりと感じた。僕に会いにきたという時点で察しはしていたがこの男、魔力を持っていた。
「単刀直入に言いますね、セージ君!」
身を乗り出して顔を近づけてきた。
「君が黒皮を纏う獣を倒したと言うのは…ほ、本当なのかい?」
明らかに動揺を隠しきれていない様子だった。最初にこの空間にあった異様さは、既に無くなっていた。
「本当です」
「いや、でも、その…君、魔力が…」
そうなると思う。この人には魔力の有無が分かっている。魔力を持っていた子どもがたまたま魔物を倒した、というならまだ現実味があるが、そうではなかったのだ。
僕は席を立ち、自分の部屋へと向かった。アレを渡せば納得してくれるだろうか。
「私も、席を外しますね…」
母はそういうと、外に出て行ってしまった。僕の気持ちや想いを理解してくれたが、納得出来ない部分もあると思う。
父もそれを分かっていたのか、止める事はなかった。
「これです。壊れてしまいましたが…」
「これは…持ち手?」
一振りの斧の残骸、持ち手部分だけとなってしまった物を渡した。
「私が木を切る際に使っている魔術道具があるんですが、もう使わなくなった物を改造していたようで」
「か、改造ですか…!?」
「威力が低かったので、魔術式を書き換えました」
「魔術式を書き換えたぁ!?」
男の声が、家全体を響き渡らせた。表情豊かで、陽気な人だなとこの時感じた。
「ちょ、ちょっと見ても…?」
「どうぞ」
男は魔術式が書かれている部分を見て、さらに驚いていた。魔術式を見る目が変わったのを見て、この人は魔術師なんだと思わせた。
「信じられない…本当に変わってます」
壊れた持ち手を机に置き、続ける。
「しかも、かなり古い魔術式です。私の祖父が使っていたような、そんなものです」
「セージ君、一体どこで魔術の勉強を?」
当然の疑問だ。そこまで古い魔術だとは思わなかったが、昔の魔術知識をどこで手に入れたのか。あいにく、この家にはそう言った書物も文献も無い。
しかし、本当の事は言えない。言ったとしても信じてもらえないだろう。なら――
「ゆ、夢を見たんです」
「夢?」
「その夢では、魔術の事が沢山知れて、本当なのかなーって興味本意でそれで…」
「…」
男は驚愕のあまり固まってしまった。しかし、しばらくすると考え込むような動作をする。しばらくすると口を開いた。
「なるほど…実際、見てみるまでは分からなかったのですが、今確信に変わりました」
「セージ君が黒皮を纏う獣を倒したというのは、どうやら本当のようですね」
あの話を聞いて、信じてくれるとは思わなかった。明らかに子どもの作り話と捉えられてもおかしくないだろうに。
「では、ここからが本題なんですが…セージくん。魔術を勉強してみる気はないかい?」
「え?」
どこかでこの世界の魔術の知識を得なければと思っていたが、まさかこんなタイミングで来るとは思わなかった。
「先程も言いましたが、私は教員でね。魔力を持った子ども達に魔術に関する知識を教えているんです」
魔力を持った子ども…僕には本来参加資格は無いが、このチャンスは是非とも活用したい。
「お父さん」
父を見ると、少し微笑んだ後、僕が望んだ解答をくれた。
「うん、父さんは良いと思う」
「ありがとう」
また席を立ち、母のところへ向かう。外で洗濯物を干していた母に声をかける。
「お母さん」
「聞いていたわ」
手を止めず、動きは機敏だ。
「無茶だけは…しないでね」
顔は見えなかったけど、この前のような空気ではなかった。
「うん、ありがとう」
母の背中に声をかけ、男…いや、プリケンプクス先生の元へと向かう。
足取りは軽く、これからの事に心が躍る。
「よろしくお願いします」
この世界の魔術を知れば、新しい事や出来る事が増える。そうすれば、魔王討伐の目標にまた近づける。目標に一歩ずつ、着実に近づくその足を、僕は止める事はない。
魔術知識専門校舎に入校が決まり、手続きや準備に追われていると、あっという間に入校当日となった。
原則、制服などは必要無いとの事で、僕はいつも通りの格好で校舎に向かっていた。
場所は、僕が住んでる村から森を抜けた先の都心――【ニューイエラ】に構えている。父や母も仕事でよく来ていて、僕も何度か来た事がある。賑わいがあり、活気付いているのが印象的だ。
聞くところによると、毎年二十人程入校しているのだが、今年は人数が集まらず大変だったとプリケンプクス先生が言っていた。
「おーい、ボウズ」
聞きなれない声が僕を呼び止め、思わず足が止まる。
「はい?」
「ここら辺じゃ見ない顔だなー、どこから来た?」
露天商をしている男が声をかけてきた。
「森を抜けた先の村からです」
「へぇわざわざ?何しにきたんだい?」
「今から魔術知識専門校舎に行くんです。今日から入校なので」
「そうかい!そらめでたいな!そうだ、入校祝いにこれやるよ」
渡してきたのは、片手で持てるサイズの長方型の箱だった。見慣れない物だったので観察していると、男が言った。
「横のヘコみを押してみな」
言われた通りに押すと、ボフッとカラフルな煙が出てきた。見たところ、子どものおもちゃだった。
「それ使って、友達いっぱい作りな!」
「ど、どうも…」
そんなこんながありながら無事、魔術知識専門校舎に辿り着く事ができた。
ちなみに、空気が出るおもちゃはポケット閉まっておいた。
扉を開け部屋に入ると、既に何人かの子どもが部屋にいて話をしていた。僕が入ると話をやめ、こちらを観察するかのような視線を向けた。
視線に刺されながらも、部屋を見渡し、視線が集まらないであろう隅の席へと着いた。
「あの子、魔力ないね…」
「じゃあ噂の子なのかな」
ヒソヒソとした話し声が聞こえる。大人達が知っていて、子どもが知らないわけは無い。むしろ無邪気な分、様々な感情を持つだろう。
好奇の目に晒されながらも話しかけてくるような子はおらず、次々と入ってくる子ども達が部屋を埋め、二十人近くの子ども達が来た所で、見知った大人が一人入ってきた。
「えー、全員揃ってますかね」
指で生徒一人一人を指して確認する。慣れた感じで動作を行う。数え終えると、手を叩いた。
「それでは皆さん。改めて、魔術知識専門校舎の入校おめでとうございます」
「皆さんとは一度会っているので自己紹介は軽目に…」
オホンとわかりやすく咳払いをする。
「プリケンプクスと言います。前の子たちからはププ先生と呼ばれていました。今日から皆さんの教員となります。よろしくお願いします」
九十度に綺麗に折り畳まれたその体勢は、真面目さと誠実さが伝わってきた。
「皆さんはここで、魔術について勉強してもらいます。皆さんが持っている魔力というのは特別な力ではありますが、同時に怖い力でもあります」
「人を簡単に傷つける事が出来てしまう…そうならない為にもここで学び知識を付け、共に励んでいきましょう」
「「はーい」」
「皆さん良い返事です!それでは早速自己紹介を…」
「待ってよせんせー」
一人の男子生徒が手を挙げていた。進行を遮られた先生もどこか困惑している。
「えっと…君は確か…ロイゼ君」
ロイゼと呼ばれた男子生徒は立ち上がり、皆の注目を浴びた。
「この中に、魔力を持ってないヤツがいる」
部屋中の視線が一瞬で僕に移る。
「せんせーの言う特別な力を持って無いヤツが、ここに居ていいの?」
ヒソヒソと部屋中が騒ぎ出す。男子生徒は僕の事を見つめ、嘲笑するかのような表情を向ける。
先生は少し沈黙した後、また手を叩き子ども達の視線を集めた。
「確かに、今回は特例として、魔力を持たない子が入校しています」
「しかし、入校を判断したのは私です。皆さんと会った時同様、私が提案をし、彼に入ってもらいました」
「それに、彼は魔力は持たずとも、特別な力を持っていると私は判断しました」
先生と目が合った。とても優しい目をしていた。
「彼と学ぶ事は、きっと皆さんの良い刺激になると思います。なので皆さん、私の判断を信じてください」
返事は無かった。だが、皆が先生の言葉に耳を傾け聞いているという光景に、少し驚いた。
先程から立っていた男子生徒に、また視線が集まる。
「チッ」
舌打ちをした後、不服そうな顔で席についた。
「それでは、自己紹介をしていきましょう!まずは――」
こうして、少しの禍根を残しつつも、僕の新しい生活は始まった




