.45 一歩目
僕の差し出した手をしばらく見つめるユウマ。
たった今、“無辜の人間”を傷つけたこの手がどう映っているのかは分からない。
「俺は――まだ、他人を信用できない」
「ユウマ……」
檻の隙間から伸ばしていた手が力をなくし、ゆっくりと下ろされていく。
「けど」
「アンタの言葉は、この世界で聞いた言葉の誰よりも真っ直ぐで、温かかった」
折りたたまれていた足を伸ばし、動き方を忘れていた時計のようにぎこちなく立ち上がる。
出会った時からずっと下にあった目線が、この時初めて上へと向き、ユウマの表情を追いかけようと自然と首が上がった。
「名前は……アンタの」
「え、あぁ。言ってなかった、僕はセージだ」
また、檻の隙間へと手を差し出す。今度は拒否されず、牢の中と外の世界が繋がる。
僕の手よりほんの少し大きいその手は、冷たく力は弱かったが、気持ちに応えてくれたのを嬉しく思い、つい口元が緩んだ。
「とりあえずセージに着いてく。魔王とかそういうのは、ここを出てから考える」
「分かった、それで良い」
何とか一歩前進、だな。
問題はまだ山積みだけど、この場所での役目は果たした。後は――。
「どうやってこの檻を壊すか」
空気砲の攻撃では傷一つ付けられなかった。魔術式が組み込まれているのは確かだが、解析するのには少し時間がかかるだろう。時間が惜しい。
「ユウマ、この檻の鍵はどこにあるか知ってるか?」
「分からない。いつもラヴさんが開けてるから」
ということは、恐らくラヴが鍵を持っているな。彼女から奪う……は得策じゃないか。
「よし、分かった。ユウマはなるべく檻から離れて、牢の端に居てくれ」
「う、うん」
ユウマが端に行ったのを確認し、檻に攻撃出来る間合いへと距離を取り、右足を引く。
指先まで空気を伝わせるよう深く息を吸い、身体を捻って思い切り足を――振り抜く。
「『高速移動靴/蹴』!」
もう一つの攻撃手段、加速によって威力が上がった『ハイキック』が不動の檻へと叩き込まれる。
牢の中が衝撃でミシミシと揺れ、劣化していた壁や天井の欠けらが小雨のように降りそそぐ。
「……くっ」
手応えがまるでない。
振り抜いた右足の痺れだけがゆっくりと感覚を鈍く、一時的な麻痺だけがその場に残った。
今の手持ちではこの檻を壊すことは不可能、やはり魔術式の解析をして壊し方を探すしかない。
「す、凄い。さっきの空気砲と言い、今のも魔術ってやつなのか?」
驚いているユウマを横目に、冷たく頑丈な檻に触れながら答える。
「いや、僕は魔力が無いから魔術は使えない。僕が使ってるのは『魔術道具』だ」
「マジックアイテム?それって、俺にも使えたりするのか」
「勿論使えるよ。でもユウマには魔力があるから、本来魔術が使えるはずなんだけど」
「俺に……魔力が?」
ユウマは両の手を見つめ、何かを考え込む。
この様子だと、自分に魔力があるのを知らなかったらしい。魔術は使えないと見て良いだろう、使えていたら内側から攻撃を――――内側?
改めて、牢屋内を隅々まで観ていく。一見普通の石づくりの牢屋だが、もう何年も整備していないような劣化の箇所が天井、壁、地面の至る所にある。
「この牢屋、ユウマが入った時からこんな感じなの?ボロボロというか、古いというか」
「うん、俺が入った時にはもうこんな感じだった」
抜け出そうと思えば、壁でも何でも掘って抜け出せるようなそんな危うさがあるのに、ラヴはどうして何もしなかったんだ?
後ろを振り返り、真新しく広くなった空間をつぶさに観つつ、ラヴのとった行動を思い出す。
極め付けはあの大規模魔術。アレが出来るなら、もっと分かりにくく牢屋を隠したり、さらに強固にだって出来たはず、なのにそれをしなかった。
「セージ?」
「……試してみるか」
右手のグローブを外し、檻の隙間からユウマへと手渡す。
「これを右手につけてくれ」
「こ、これは」
「さっき使ってた空気砲だよ。甲の部分に取り付けられてるから、照準を檻にあわて」
僕の予想が正しければ多分。だけど、そうだったらこれは檻の機能として“矛盾”していないか?
戸惑いながらもグローブを着けるユウマ、表情が少し強張り指先が震えていた。
威力を知っているから怖くなるのも当然、不安を少しでも取れるよう落ち着いて声をかける。
「大丈夫だ、ユウマ。反動で怪我したりしないから、ゆっくり呼吸を整えて右腕を支えるんだ」
「わ、分かった……」
僕のアドバイスを受け、目を瞑り一回、二回と大きく深呼吸をし、震えが収まったのを見計らって、
「よし――撃て!」
ドンッ!
再び地下牢に大きな轟音が鳴り響いた。
「うわぁっ」
「!」
――なんだ、この威力。
予想していた通り檻は空気砲によって大部分がぽっかりと穴が出来、小さく欠けた檻が床に散らばる。
しかし、檻が壊れた安堵よりも、予想を上回る空気砲の威力に思考が占められていた。
反動で倒れたユウマが起き上がり、自分の開けた穴をまじまじと眺めて呟く。
「これ……俺がやったのか」
「あぁ」
「でも、外側からじゃビクともしなかったのに、どうして?」
「それは、この檻の魔術式に関係している」
穴から手を出し、ユウマをこちら側へと引っ張りながらも説明を続けた。
「この檻は恐らく、“外側”からの攻撃には干渉されない。僕の攻撃やラヴの魔術から観てそう推測した」
「逆に、牢屋の中の劣化具合やユウマの言葉から、“内側”からの攻撃なら弱いのかもと思ったら、その通りだった」
「そう、だったのか」
内からではなく外から守る檻、一度閉じ込めた人間には逃げられない自信でもあったのだろうか。手錠や鎖といった物も見られなかったし。
「……」
「どうだ、自分の足で牢を出た気分は」
広くなった天井をぼーっと見つめ、ゆっくりと歩き出す。長い年月の歩みを取り戻すかのように、一歩、また一歩と踏み出し、しばらくしたところで思い出したかのように止まる。
「久しぶりに、自分の足で歩いた気がする」
今まで彼から聞いた声の中で、一番彼らしい声に聞こえた。強くもなく弱くもない、ただ“ユウマ”としての素直な声。
「やっと…やっとだ…っ!」
背中は震えていた。声もどことなく掠れていた気がするけど、野暮なことを言うのはやめておこう。
僕はユウマに近づき、震えている肩に手を添え、次を伝える。ここが終わりではないことを。
「この場所から出よう、まだ危険が無くなったわけじゃない」
「……ぁあっ!」
二人で階段を登り、上の階へと進む。この地下牢に来た時の陰鬱な空気はもう無い。
***
上の階へと来た僕達は、そのまま出口には向かわず、大勢徘徊している教団員から身を隠しながら、ある人物を捜索していた。
「その、男爵とやらもこの教会にいるのか?」
「そうだ。元々僕は一人でここに来たわけじゃない、負傷しているしまずは彼の救出、それに、探している人物はもう一人いる」
ルインジュディ男爵が探しているという老人、ここなら手がかりがあるはずなんだが。
「――!屈んで」
二人の教団員が、目の前の細い道を必要以上に確認しながら歩いている。ラヴが僕達の情報を教団員に知らせたのか、こういった徘徊者達がそこかしこに現れた。
「セージ、これ」
小声でユウマが渡してきたのは、地下牢から貸していた空気砲だった。
「いや、それはユウマが持っていてくれ。何かあった時はそれを使って逃げるんだ」
戦いながら僕が守れるとは限らない、武器を渡して逃げさせるのが賢明だろう。目の前の二人はもう行ったか?
「おい!見つけたぞ!」
ドックン
後ろ――!
不意の声を聞き、心拍が大きく跳ねあがる。教団員が一人、こちらを指差し大声で叫び、その声に反応した前を歩いていた二人がこちらを視認する。
「ラヴ様が言ってた奴だ、捕まえろ!」
「くっ」
前の二人は距離がある、先に後ろの奴だ。
まだ三人にしか気づかれてない、さらに仲間を呼ばれる前にここで倒す!




