.39 勝ち筋
空気砲はゴルトに命中し、腹部を抑えうずくまっている。無防備な状態で受けたな。
「痛い…これはかなり痛い…」
よろめきながら立ち上がり、汗を大量にかいた苦悶の表情をこちらへと向けた。目にはうっすらと涙が浮かぶ。
五メートル付近で当てたのに気絶しないか……少しみくびってた。
「『切り裂くカマ』を倒しただけはある」
「やっぱり、あんた達が仕込んでたのか」
あの連携はどう考えても人為的だった。教団が手を引いていたというのは納得がいく。
だが魔物はどうやって操った?アレは意思疎通ができる生物じゃない。
「俺をあんな虫と一緒にするなよ。この痛みにも慣れてきた」
もう一撃空気砲を当てようと構えた瞬間、ゴルトは瞬きも許さない速さで距離を詰め、弧を描くように拳を振るった。
「くっ――『高速移動靴/跳』」
右拳の大振りは鼻先を少しかすめ、地面を抉るように振り下ろされた結果、風だけを虚しく切る。
「よく避けたな」
危ない……後ろに飛んでなかったら、顔面ごと地面に叩きつけられてた。僕の二倍くらい脂肪をつけてる割には、体型に似合わず素早い。
後手に回るのは相当不利、だがダメージは通ってる。さっきよりも近い距離で空気砲を当てられれば。
足先の神経に力を込め地面を思い切り蹴り出す。『ハイスピード』による超加速は、内臓がふわりと浮く感覚と同時に、十メートル近くあったゴルトとの距離を瞬く間に詰めた。
「今度はこっちの番」
加速された左脚は勢いを失うことなくそのままゴルトの脛に直撃し、足の甲に軽く痺れる程度の鈍い痛みが走る。
「ぐぅっ!」
情けない声を出しながら崩れるゴルトの眉間と空気砲の距離が握りこぶし一個分まで近くなり、
「『圧縮空気砲』」
躊躇うことなく発砲した。
ゴルトは受けた反動で首を後ろ側に大きくそらし、その状態で固まる。
一発目よりさらに近い距離でしかも眉間、さっきよりも無防備な状態で入った。確実に意識は持っていったはず。
「……魔力を持たないのによく動く」
「な――痛ッ」
しまった、諸に……!
岩のようにゴツゴツとした拳が、隙だらけの脇腹を砕かんと力強くめり込んでいた。口内に広がる血の味を噛みしめながら、二、三歩よろめく。
どうしてだ、さっきよりも近い分空気砲の威力は大きいはずなのに、
「フンッ!」
下から掬い上げられた二撃目をかわそうとするも反応が遅れ、肋とみぞおちが熱くなる。
「ゔっ」
数秒身体が人形のように宙を舞い、胃液と血液が逆流し景色が歪みながらも、頭の中は疑問で占められていた。
打撃の威力が上がっている。それにゴルトの拳、あんなに大きかったか?
やがて身体がざらざらとした地面と衝突し、引きずるような痛みと血の匂いが鼻腔を突き思考が止まる。
「がはっ」
「おやおや、死んでいないなんて」
ゆっくりと歩き、距離を詰めるゴルトを霞む視界で捉え、あることに気づいた。全神経に力を込め、震えながら立ち上がる。
――拳だけじゃない、体格が一回り大きくなっている。
「驚いた、その傷を受けて立ち上がりますか」
やっぱり目線が合わない程度には大きくなってる。魔術だよな多分、いつ発動した。
「降参するか?今ならラヴ様にかけ合えば、命だけは助けてくれるかも」
「……」
「ぶっはは!冗談だ、冗談。本当にしてくれるなよ、まだまだ鬱憤は溜まってるからな」
優越感に浸っているのか、気まで大きくなったと見える。勝ち筋はここにあるかもな、鎌をかけてみるか。
「あんた魔術使ってるだろ、魔力あるもんな」
「!」
――当たりだ。
先ほどまでの威勢は無くなり、目と口を開き、分かりやすい驚嘆の表情を見せた。
そこでそんなに驚いたら“使ってます”と言ってるようなものだ。
「魔力の無い僕が、どうして魔力があるか判別できるかって?教えないよ」
「それに、あんたの使ってる魔術はもう分かった。さっきみたいにはいかない」
少し煽り過ぎただろうか。この手の者は、自尊心を傷つけられればのってくると判断したが、どうなるか。
少しの静寂の後、ゴルト笑いだした。
「くっふふ、それは気になるねぇ、俺がどんな魔術を使ってるのか――」
目は笑っていない。
「教えてみろォ!」
血相を変え飛びかかってくるゴルト。
さて、解析開始だ。
一呼吸する度に肋が悲鳴をあげ、今にも力が抜けてしまいそうなところを堪え、なんとか攻撃をかわす。あれから攻撃をせず五分近く経ったが、体感時間はそれを優に超えている。
「ハハッ、どうした!?さっきからかわしてばかりだぞガキ!」
「ちっ」
身体が思うように動かなくなってきた。あと数分も受け続ければ、この猛攻を捌ききれなくなる。
地面や壁にボコボコと穴が空き、クレーターが無数に出来ていた。やがてゴルトの一撃が壁にめり込み、攻撃が止まる。その隙に距離をとり呼吸を整える。
「はぁ…はぁ…」
「おいおい、かわすだけでそんなに息切れしてるじゃないか」
めり込んだ壁から手を抜くと、壁はボロボロと菓子のように崩れた。
「嘘はよくないなぁ。本当は俺が使ってる魔術分かってないんだろ?」
「肉体の強化だろ、さっきよりもまた少し大きくなってる」
「そんなのは誰が見ても分かるだろ?」
そう、問題は条件だ。魔術を発動した瞬間、時間経過で大きくなるのか?いや、それにしてはムラがある。かと言って、何もしなくても勝手に大きくなっていく。際限なく強くなるなら僕に勝ち目はない。
「もう茶番は終わりにしよう……今楽にしてやる!」
大岩となった体躯の突進を、間一髪のところで避ける。その際、いつの間にか握られていた小石を、遠く離れていくゴルトに向かって空中で投げた。
「ぐおぅ」
「――!」
なんだ、今の反応。
投石はゴルトの後頭部に命中し、思いがけない声を聞く。すかさずもう一度小石を拾い投げつけるが、
「小賢しいッ!」
大木のような腕によって振り払われた。
正面をみると――頭からうっすらと血を流していた。
「クソガキがぁ」
後頭部が弱点?眉間に空気砲を撃った時はビクともしなかったのに。いや、短絡的に囚われるな、もっと解釈を広げろ。
一連の流れを頭の中で何度も反復し時間にして刹那、ようやく一つの仮説に辿り着く。
「分かったぞお前の魔術、そして弱点が」
「あ゛ぁ?」
明確な勝ち筋が見えたからか、さっきよりも身体が軽い。痛みはあるが、まだなんとか動ける――よし、いくぞ。




