.37 虚勢
硝煙の香りが一層と濃くなり、不快感が身体にまとわりつく。
老人の方に視線をやると、微動だにせず倒れている。頭と腹部から出血も見られ恐らくは、もう……。
相変わらずニヤけた顔でこちらの様子を見る教団員達を睨みつけた。
「この爆破、アンタ達が仕組んだのか」
「とんでもない。そこの老人が勝手にやったことで、我々は一切関与していません」
「どうだかな」
嘘くさく笑い続ける男を見ながら、バックから『治療丸』を取り出す。正面の男に気づかれぬよう身体で隠しながら、男爵の口元へと運ぶ。
意識はまだある。背中が焼け爛れ傷は浅くはないが、致命傷ではない。これを飲ませてしばらく時間を稼げれば――
「くっ!」
気がつくと、血が脈拍と同時に流れていた。突き刺す痛みが、治療丸を持っていた手に襲う。細くしなやかな“矢”が手のひらを貫通し、その衝撃で持っていた治療丸を落としてしまう。
矢なんて一体…あそこの教団員か。よくみると、魔力持ちも何人かいる…八方塞がりの状況、どうする。
「こらこら、勝手に攻撃するんじゃありませんよ」
「今、何かを飲ませようとしてました」
「血気盛んですねぇ」
乾いた笑いとため息が男の口から出たが、「まぁ良いでしょう」と呟きこちらへと向き直る。
「セージ様、聖堂へとご案内しましょう」
やはり聖使者教団の根城だったか。
「セージ様とそこの傷を負った方の手当ては勿論、温かい食事をご用意しています」
「行かなかったら、どうなるんだ」
「それは困りますねぇ。多少“無茶”をしてでも、連れて行くしかなくなります」
従わないなら力で、と言うことか。この人数なのも頷ける。一人だったら無理をすればいい話だが……。
男爵の方へと視線を落とす。礼装が焼け痛々しい背中が心を締め付ける。
ここでこの人を見捨てるわけにはいかない、だがアイツの言ってることが本当かなんて確証、
「いやいや、何か勘違いをされていませんか?」
思考を遮る冷徹な声。男はゆっくりと僕達に近づき、腰を落とし目線を合わせた。
「お前に選ぶ権利なんて無いんだよ」
――なんて冷たい目だ、心を感じない。
貼り付けた笑顔が一転し、悪意と憎しみが入り混じった表情へと変わる。その豹変ぶりに背筋がヒヤリとし、男爵を庇う手に力が入った。
「それ以上傷つきたくなかったら大人しく付いてこい。それとも、そこの死に損ないと一緒に死ぬか?」
この反感を買ってまで、今この状況から逃げ出せる方法は思いつくか。
短く、ほんの数秒だけ考え導かれた答えは、
「……分かった、付いていくよ」
教団に従うことだった。
何十人と僕と男爵を囲みギスギスとした警戒が続く中、聖堂と呼ばれる場所へと到着した。
この地下都市の中では群を抜いて大きく、見つけられなかったのが不思議なぐらい、目の前にした時の主張は強い。
「こちらへどうぞ」
男がそう言うと門が開き、さらなる群衆に出迎えられた。
百は軽く超える人数に囲まれ、逃げ場は無いと言わんばかりの圧をその身で受ける。
「怪我をされてるそちらのお方、彼は別室にて治療します」
教団員が二、三人男爵へと近づき、抱えていた力が抜けた。それと同時に――
「もし、その人を治療せず何か別の用途で使うと分かったら、僕はこの場で暴れるからな」
と釘を刺した。
困惑や疑念、信じがたいものを見たような何百人という視線が一気に向くが、真っ直ぐと見つめ返す。
ここにいるほとんどの人間は魔力を持たない。身軽になった今なら、多少傷を負ってても戦える。
「連れて行ってください」
男が命じると、そそくさと男爵を担いでどこかへ行ってしまった。
深いため息を吐き、男はまた、あの冷たい眼差しをこちらに向ける。
「どうやらまだ、勘違いをされてるようですね」
「勘違いでもないし、嘘でもない。本気だよ」
流石にこれだけの人数相手は分が悪い、命の保障だってない。だが、ここで引くのはダメだ。虚勢でもいい、対等であり続けろ。
「人質をとったつもりかもしれないけど、それはこっちも同じことだ」
「何を、」
「いるんだろ、僕をここに呼んだ張本人――ラヴって人が」
「!!」
武器を構えるもの、軽蔑の視線を送るもの、敵意を剥き出しにするもの。ここにいる人間が様々な反応を示したが、依然として僕の心は穏やかだ。
男は、先ほどの冷たい機械のような反応とは変わり、目尻をピクピクとさせ、血管を浮き出していた。
「まさか、ラヴ様を、人質にするとでも……?」
「それはアンタ達の対応次第だ」
どこで僕の情報を知ったのか定かじゃないが、少なからず僕が戦える人間というのは知っているはずだ。“出来るかもしれない”と思わせられたらそれで良い。
「俺は心が広い。一度や二度の不敬なら水に流せる、だが――」
随分と人らしい反応もできるんだな。
目は充血し、歯を剥き出し鼻息を荒げる様は、どこかの魔物を彷彿とさせた。
「ラヴ様を侮辱、傷つける行いは断じて許さないッ!」
――来るか。
「――っ」
……なんだ、動きが止まった。
今にも襲いかかりそうな状況だったのが、突如地面を見つめ、頭を押さえ始めた。
「いや、しかし、」
ぶつぶつと何かを言っているが聞き取れない。
誰かと話しているのか?
「……わかりました」
深呼吸をすると、男はまたあの機械的な冷徹さを取り戻し、会った時同様の貼り付けた笑顔を向ける。
「ラヴ様のところへ案内します。さぁ、こちらへ」
脇目も振らず歩いていく様に、思わず身体が硬直した。周りの教団員を見ても、先ほどの敵意は感じられず、同じように不気味な笑顔だけがそこにはあった。
何かあった、だがそれが何かはわからない。
不気味さとモヤモヤとした嫌悪感が心の隅で現れるが、足音でかき消していく。何も言わず、何もしてこない男の背中を眺めながら、ただついて行った。




