.36 赤いリボンと指輪
『導く小石』の後を追うこと二十分。コロコロと転がり続け、止まることの無かった挙動がようやく止まる。
石の壁を何度も打ちつけ、視線を目の前にやると、壁の先にはかなりの歳を感じさせる老人が座っていた。
「探してる人じゃないですね、やっぱり」
「どれ、そうしたらもう一度声をかけてみよう」
「気をつけてください、さっきの男の人のように済むとは限らないので」
『リードストーン』を拾い、老人へと近づく。一瞬目が合うが、何事もなかったようにそのまま座り続ける。
「そこのお方、少しお尋ねしたいことがあるのだが」
「……上の人間かい。珍しいな」
渋く、しゃがれた声が老人から発せられた。
敵意は感じられないな。やつれて疲れきっているような弱々しさが目に留まる印象だ。
「あまり驚かれないのですね」
「まぁな。この歳まで生きてたら、大抵のことは驚かなくなる」
そう言うと老人は力なく立ち上がり、自宅と思われる石小屋へと入っていく。
「わしの家だ、茶ぐらい出すぞ」
「お気遣いなく」
さっきの人とは打って変わりだ。全員が全員、上にいる人に対して何かを思っているわけじゃないのか?まだ怪しさは残っているが……。
男爵も同じことを思っているのか目が合う。警戒は続けるという意味を込め、その老人の家へと足を運んだ。
足を踏み入れると、七畳ほどの小さなドーム型で中は意外と暖かい。一人で暮らすには支障はないが、誰かがいると少し手狭に感じる部屋だ。
丸い机を挟んで、男爵と老人が向かい合って座り、僕は傍で立っていた。
「この男性を探しています。どこかで見かけたりしていたら、教えていただきたいのだが」
老人は人物画を見つめながら、自身の伸びた顎髭を触っている。
「勿論、タダでとは言わない。それ相応の対価をお支払いしましょう」
男爵はすかさず胸ポケットから通貨を一枚取り出し、机に置く。キラキラと輝く通貨が机に合わず、妙に不恰好だ。
少し考えた後、老人は答えた。
「……悪いが見たことはないな。少なくとも、この辺にはいないだろう」
嘘を言う可能性、は少ないか。お金を見せられた上で、わざわざ嘘をつくメリットはないよな。
「そうですか。ちなみに、どこか見つけやすい場所などあったら教えていただきたい」
また黙り込む老人。その際、タンスの上に置かれた物に目がいく。やけに小綺麗に保たれており、そこだけ別の世界にあるとさえ感じさせた。
――赤い小さなリボンに、指輪?
老人の手を見てみるが、指輪らしき物はしていない、となると別の人のか。
別の考えに思考を馳せていると、
「聖堂に行ったら、何かわかるかもしれん」
「!」
“聖堂”という単語で、一気にこちらに引き戻される。
多分だが、聖使者教団の根城だろう。あるかもしれないと思っていたが、ここで繋がってくるのか。
心拍が上昇し、体温が一瞬熱くなったが、呼吸を整え落ち着かせた。
「聖堂というのは、どこにあるんですか」
動揺を悟られぬよう、平静を保ち聞く。
「なあに、道なりに進めばわかるさ」
やっぱり嘘は言ってそうにない。どうしてここまで素直に答えてくれるんだ、この人は。
「あなたは、上から来た僕達に、なんとも思わないんですか」
「なんだい、急に」
男爵が驚くのも無理はない、僕自身も驚いている。聞くつもりなんて無かったのに、喉が意思に反して動いてしまった。
水の落ちる音さえ聞こえるほどの沈黙が流れ、その後ポロポロと語り出す。
「そりゃあ、わしが若かったら、こんな親切にしてなかっただろうなぁ」
「四十年前だ。娘と女房を“上の人間”に連れて行かれた。それ以来、わしは死んだように生きてる」
「何かをするには、わしは歳をとりすぎだ」
「もう、疲れたよ」
先ほどよりも、より力なく立ち上がり、タンスの前へと歩き出す。リボンと指輪を大事そうに両手で持つ。
カチ…カチ…
なんの音だ?
さっきまで聞こえなかった、何か秒針を刻むような機械的な音が――
「お前ら上の人間を恨み続けるのも、いなくなった家族を想い続けるのも」
「――!セージ君ッ!」
「え」
ドンッ!!
爆音と、身体を焼き尽くすような熱が、身体を蝕む。だが、それはほんの一瞬だった。何かが僕の間に入り、熱と衝撃を防いだ。
「痛っ――ルインジュディ男爵!」
そうか、僕を庇って……!
背中で守るように、僕に覆い被さった男爵がそこにはいた。
「やあ…無事かい…」
「どうして僕を」
「ここに来てから、良いところが無かったからね。せめて君の盾になれたらと思ってたんだ」
掠れた声で見栄を張る男爵に、心が痛くなる。
「待っててください、今『治療丸』を――」
――囲まれてる。
爆発の煙と熱で、意識が外に向けられなかったが、確実に人がいる。しかも何十人も。
灰が空気と共に空中を伝い、思わず咳き込む。煙で染みる視界を必死に凝らす。
「お待ちしておりました、セージ様」
「聖使者教団……!」
その声は、さも待ち望んでいたとは考えられぬほど、冷徹で機械的な声だった。
老人はこいつらの仲間だったのか。なぜ、僕達の居場所を突き止められた。早く男爵の傷を手当てしないと――
「随分と焦っているようですね」
教団員の男と思われる人物が、僕に問いかける。哀れなものを見捨てるような、侮蔑の視線。
煙が晴れ、周りには同じ黒服、同じ表情で薄ら笑う人間がこの惨状を見ていた。




