.34 魔物の習性
どれくらい、この暗闇の中を降り続けたのだろうか。足が一歩ずつ下るにつれ、妙な温かさと硫黄のような匂い、肌をピリピリと突き刺す感覚が身体を襲った。
長い降下の末、ようやく安定した地面へと足をつける。後から降りてきた男爵も足をつけ、「ふぅ」と息を吐く。
「地下都市についたのかい」
「いえ、まだ道はあるそうです」
黄土色の灯りに、一定の間隔で照らされているトンネルが目の前にある。灯りがある分、少しは見やすくなったが、それでも視界は暗い。
いつ重さで潰れてしまうか分からないトンネルを歩く。靴の音が寂しく反響し、空気を揺らす。
「止まってください」
十分ほど歩いたところで異変に気づく。男爵を止め、耳を澄ます。
――なんだ、この音。
遠くの方で、何かを打ちつけるような音が。
音は徐々に大きくなり、近づいてくる。すると、赤い球体が二つ、四つ、六つと闇の中ふわふわと浮くように、姿を現した。
「おやおや、随分な歓迎だね」
男爵がそう言う頃には、赤い球体の正体が分かっていた。予想していなかった存在に、冷や汗が身体に流れる。
「魔物がいるのか」
この地下都市に。
人間を大きく超える緑色の巨体、昆虫特有の細長い身体、極め付けは鋭利な鎌。
この地域に生息して、この特徴をもつ魔物は……。
「『切り裂くカマ』――か」
それが三体。
横に並ばれると、もうデカい壁にしか思えないな。
「どうやら、私は力になれそうにない。陰で見物させてもらうよ」
「わかってます」
さて、どうするか。大股二十歩ほどの距離、あの鎌には注意するとして、他の攻撃も考えるならあまり近づきたくはないな。
どちらにせよ――
「先手必勝」
右手をジャックマンティスに向け「ドンッ!」と空気砲を放つ。いつもより大きな音がトンネル内を反響し、耳鳴りがしばらく続く。
ブブブ
「!」
跳躍して距離を詰めてくるか。
羽音が鳴り響いた同時に、鋭い鎌が僕へと向かって振り下ろされる。が、後ろへ飛ぶことによって回避――
「なっ」
後ろへ飛ぶことがわかっていたと言わんばかりに、側面からもう一体のジャックマンティスが着地を狙って鎌を振り下ろす。
「『高速移動靴/跳』」
サマーソルトキックの要領で、身体を空中で後転させ攻撃をかわした。
背中に違和感を感じ触れてみると、指先がぬるりと血で染まる。
「おお〜、今の連携よく避けれたね」
どこからか男爵の声が聞こえるが、それどころではない。連携をとった、あの魔物が。
一角光虫の時のように、習性によって動いたのではない。明らかに人為的に仕込まれた動きが、あの魔物達にはある。
三体のうち一体が天井へと跳躍し、逆さまになり張り付いた。羽音が反響して、妙に不快感を煽る。
上のヤツは襲わずに様子を見ているのか。理性があるみたいだ、戦いづらい。
残りの二体がこちらを向き、戦闘体勢へと入る。
再び羽音と共に接近されるが、その前に空気砲で一体を撃ち落とす。
意外と飛ばされたな、力はそんなに無いのか。
残る一体のカマをかわしつつ、上に張り付いているジャックマンティスへと視線を移す。
動きはない、何を見ている?
「後ろ!」
「――っ」
男爵の声に反応し振り返ると、いつの間にか背後に回り込んでいたもう一体が、カマを首元まで近づけていた。
『ハイスピード』、いや、間に合わない。だったら……。
首元に刃先が触れる一歩手前に――その場でしゃがんだ。すかさず『ハイスピード』を使い、空いている僅かな側面から脱出する。
一歩間違えれば首を落とされてたな、二体一でも相当不利。それに、魔物相手じゃ空気砲は致命傷にはならない、一瞬動きを止められる程度か。
状況が少しずつ整理され、倒せるピースが整っていく。
ジャックマンティスに傷をつけるにはどうするべきか……アレなら出来るか?だとしたら、問題はどうやって入手するかだが、
ブブッ
今まで動きを見せなかった上に張り付いている個体が、羽音を音楽を奏でるように高音低音と響かせる。
「全く、酷い演奏会だな」
トンネル内に響く騒音を避けるように、男爵の愚痴が耳に入った。同感、と思いながら次の攻撃へと構えるが、
「くっ!」
――速いッ!
演奏が終わりまた二体は跳躍する。だが、先よりも数段速く、隙が無い連携で攻撃を仕掛けられ、息つく暇も忘れる。
あの上の個体、僕の動きを観察して伝えたのか?二体の動きが明らかに変わった。
カマによる猛攻を紙一重で避け続ける。
常に全力で走ってるみたいだ、肺が苦しくなってきた。どこかで隙を作らないと――クソっ、また挟まみこまれた。
数歩先と後ろにジャックマンティス、一振りで射程圏内、避けるのは不可。
「いや、ここだな―― 『一人でに動く紐』」
左腕に巻かれた紐が、正面のジャックマンティスの腕へと絡みついた。背後から振りかざしているカマの方へと、力のかぎり思いっきり引っ張る。
――ビンゴだ。
背後のカマ攻撃は、紐で引っ張られたジャックマンティスの腕へと炸裂し、切り落とされた。
コイツらのカマはコイツら自身にも通用する、そして意外と力が弱い。
刹那、連携が乱れた隙に『オートロープ』で繋がれているカマを拾い、首目掛けて――
ザシュ
振り抜いた。
ポトリ、と首が落ち腕の無い個体が動きを止めた。倒れた振動が足先に伝わりきる前に、もう一体に空気砲を当てる。
『ハイスピード』による跳躍で首元へ飛び、さらに振り抜く。この間わずか二秒。
ブブブッ!
上の個体が、まるで焦り出したかのようにこちらに向かって飛んでくる。
「戦術を与えられたのが、お前らの敗因だよ」
立つ鳥を落とす勢いで、空気砲があたる。無抵抗に落下していく様を眺めながら、ゆっくりと近づく。
ジャックマンティスは体を震わせ、キシキシと奇妙な音を出していた。
「魔物らしく三体一で来られた方が、こっちとしては厄介だった」
脳天へとカマを振り下ろし、やがて動きが止まる。 深く呼吸をすると共に「パチパチ」と手を叩く音がどこからともなく聞こえた。
「いや〜凄いね、想像以上だ」
どこかに隠れていた男爵が横から現れた。
全く気配が無かったけど、どこに隠れていたんだ。
「君の道具は言わずもがな、それよりも目を引いたのは君の身体能力だ」
「予測というか、攻撃を見切ると言うのかな。それが段違いに強い。その歳で一体どれほどの戦闘経験を積んだのかな?」
よく観察しているな、でも
「……行きましょう」
あえて答えずに、トンネル内部へと足を進める。男爵がどういう表情をしていたかは、暗くてよく見えなかった。




