.33 不安の芽
聖使者教団を尋問してから、およそ二日の時間が過ぎていた。僕はその間死んだように眠り続け、再び目を覚ました時には、治療丸の効果もあり、身体はほとんど回復し動けるようになっていた。
「……と、大体こんな感じかな。君が眠っている間は、特に教団の怪しい動きは見られなかったよ」
「そうですか」
男爵が言うには、僕が気を失った後、捉えていた三人を兵隊に渡し、ついでに地下都市への入り口を頻繁に見に行っていたそうだ。
出入り口が複数ある以上、教団員がパミストラからいなくなるということはないだろう。またいつ、ラヴが攻撃を仕掛けてくるかわからない。
ベットから出て、身体を大きく伸ばす。全身の神経が隅々まで伝わるのを感じる。
「そしたら、準備を整えて今日中にでも地下都市へ行きましょう」
「大丈夫かい?治っているとはいえ病み上がりだろう。もう何日か休んでも」
「僕なら大丈夫です。教団に変に動かれるより、動ける内にこちらから動いた方が良い」
窓に視線を移すと、日差しが窓枠の影を作り出していた。
今から準備すれば、今日の夜までには地下都市へ突入できるはず。必要な物を調達しないと。
男爵の方へと視線を戻すと、まだ考え込んでいる様子だった。だが、
「……わかったよ。ただし、英気を養う為にも、まずはご飯を食べないとね」
根負けしたと言いたげな諦めと、次への新しい一歩を後押しするような声色で言った。
食事も終え、二回目の明るいパミストラを探索する。滞在期間は何日も過ぎているが、圧巻の景色には未だに慣れない。
まずは魔石の補充、それからいくつか魔術道具も欲しいな。店は……あの浮いてる建物か?
「君はこれからどうするんだい?」
建物を物色していると、背後から男爵の声が聞こえ振り返ると、細長く甘い香りの食べ物らしき物を持って登場した。
「一応道具屋に行こうかと……何持ってるんですか」
「これ?いやー、美味しそうな匂い釣られてつい買ってしまったよ。食べるかい?」
さっきご飯食べたばかりだよな。
「いえ、遠慮しときます」
少しだけ面を食らったが、気を取り直して建物への行き方を探す。
「あ、それと、このまま君の準備とやらに着いて行っても良いかな」
上品に食べる横で、意外な質問に僕は目を丸めた。
「構わないですけど、そちらの準備は良いんですか」
「大丈夫、私はこの身一つで行くからね」
胸を張り、会った時と変わらず汚れ一つない礼装を見せるのはいいが、
「それなら、どうやって探してる人を見つけるんですか」
「そこは色々考えてあるから気にしないで良い」
……本当に大丈夫だろうか。本人がそう言うのなら止めはしないが、一応目ぼしい魔術道具は探しておくか。
少しだけ訝しみつつも、道具店へと――
――ゾワッ
「!」
全身に大きな鳥肌を感じ、身体中の筋肉が強張る。何か大きなものに包まれるような、見えない手に掴まれたような、そんな感覚が。
これ、この感じ――
「魔力だ」
「ん?」
――なんて魔力量だ。
とてつもなく大きな魔力がどこかから流れている――いや、溢れている。常人の何倍、何十倍もの魔力がこの街を覆っている。
どこだ、この魔力の発生源は。
首と身体を使い、全方位を確認する。だか、垂れ流していそうな怪しい人物はいない。それどころか、何食わぬ顔でいつも通りの日常を過ごしている。
「どうしたんだい、急に辺りを見回して……あっ」
そう言うと、男爵の持っていた食べかけの料理がポロッと地面に落ちた。その落ちた食べ物を何気なく見つめ、流れで視線は地面へと移る。
――そうか、地下都市!この魔力は地下都市から流れてきているんだ。
思いつくと同時に、悪寒が全身を襲う。
もしこの魔力を持つ者が、ラヴないしは教団関係者だったら。
考えたくもない悪い予想が頭の大半占める。自然と、生唾が喉を通り過ぎた。
「何か気づいたことがあったのかい」
思考を止めたのは、少し元気の無い男爵の声だった。食べかけの料理を落とし、気分が落ちている様子。
「もしかしたら、大変なことになりそうです」
「大変なこと?」
時間が惜しい。魔術道具の改造の時間を含めたら、かなりギリギリになりそうだ。とにかく、今は戦力を少しでも揃えないと。
「歩きながら説明します。それで、あの浮いてる店に行きたいんですが」
「ん、あぁ、あそこに行くにはそこの装置を――」
魔術道具の購入に改造、新たに出た不安の芽。あっという間に時間は過ぎていき、地下都市へと突入する時間はやってきた。
「ここから地下都市へ行けるんですか」
「間違いないよ、開けて確認してみると良い」
目の前には、大人の男性一人が通れる大きさの配管が、暗闇に紛れてひっそりと姿を現していた。
蓋のような物を開けると、目を凝らしても何も見えない闇と、下へと降りれる取っ手がつけられている。
深く息を吸い、ゆっくりと吐いた。
「ルインジュディ男爵、一応確認を」
「なんだい?」
今更だが、聞いておかないとな。
「地下には恐らく、聖使者教団が大勢います。それに、さっきも話した得体の知れない魔力。住んでいる人が金目の物を狙って襲ってくるかも」
「要は危険ということです。それでも、本当に着いて来ますか」
正直なことを言うなら、ここで待っていた方が安全だし、僕としてもありがたい。
だが男爵は考える素振りすら見せず、
「当たり前だろう。手伝ってくれてる君を危険な目に合わせるんだ、私も危険を被るのは承知のうえさ」
と答えた。
まだこの人に背中を預けたり、全面的に信用することは出来ないが、そう言うのなら……。
「わかりました、では行きましょう」
深い闇が広がる穴へと、一歩ずつ足をかけ降りていく。逃がしはしないとそう思えるほど、黒い景色は僕達二人を包み込んだ。




