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最強魔術師の魔力ゼロ転生  作者: アベ
第二章 異邦の勇者

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.32 嘘から出た実

 身体が、一枚の羽になったと思えるほど軽い。今ならどこへでも行けるし、何にでもなれそうだ。

 でも、ここから離れたくない。何かあるわけでもないのに、暖かくて居心地がいい。


 ――誰かが手を、握っている。


 温かく慈愛に満ちた手。不思議とその手に触れていると、心が満たされていく。一体、誰だろうか。


 ……いや、多分知っている。


 この手の正体を、僕は知っている。()()()()にいた時も、今と同じ気持ちで満たされていた。ずっと、そばにいてくれている。


 ――夢か、これ。


 身体が徐々に重さを取り戻していく。どうやら、夢から覚めるようだ。

 握られていた手は、いつの間にか消えていた。それでも、あの温かさは僕の手に残っている。大丈夫だ。


 自身の手を強く握りしめ、眩い光が身体全体を包み込んでいく。改めて覚悟と、少しの寂しさを自覚すると共に、僕は目を覚ました。



 今まで見たことのないほど豪華な天井。よくわからない模様と大きいシャンデリア、それに雲の上にいるかのようなフカフカのベット。


 どこだ、ここ。教団の三人を倒した後、どうなったっけ。記憶が曖昧だ。


「痛っ」


 身体を起こそうとして、激痛が走る。

 駄目だ、全く力が入らない。首から下が別人のように言うことを聞かない。


 ガチャ


 扉が……開く音?

 コッ…コッ…とした足音が、少しずつ大きくなっていく。足音が近付くにつれ、果物の甘い香りが鼻を通り抜ける。


「おや、目を覚ましていたのかい」


 心臓が、大きく跳ねたのを感じた。同時に油汗のようなものも全身にまとわりつく。


「ルインジュディ、男爵」


 どうしてここに男爵が。あの時別れたはず……。

 朧げだった記憶が次第に晴れていき、忘れていた記憶を取り戻す。


 そうだ、男爵が都合よく僕の前に現れた。その後、急に意識を失って……と言うことは、ここは男爵の宿舎?運び込まれたのか。

 頭の中では活発に行動出来ているのに、実際の肉体は指一本動かない状態で、思考にノイズが走る。

 捉えた教団三人の行方、僕の装備、体の手当て、聞きたいことが山ほどある。


「果物を切って持ってきた。食べると良い、美味しいよ」


「……」


 何を考えているんだ、この人は。

 顔の横に置いてこられた果物より、男爵の表情を見ていた。そんな視線を察したのか、「やれやれ」とでも言いたげな顔で、椅子に腰をかけ話しだす。


「随分と、疑われてしまっているね。とても悲しいよ」


「本当にあの時は、ただ散歩をしていただけなんだ。君に何かしようとしてたら、倒れた時点で見捨ててる筈だろ?」


 いや、それは無い。この人は僕を見捨てない。見捨てたら、地下都市モルに潜入出来る人間がいなくなる――話を逸らしたな。


「あのタイミングで、あの場所に来られたのは何故ですか」


「それは運命というやつだろう、神様のお導き?私は無神論者だから、よくはわからないがね」


 話を戻しても、要領の得ない回答ばかり。

 今ここで疑って敵対するようなことがあれば、僕は無抵抗に殺されてしまうかもしれない。それだけは避けないと。

 心の中で深呼吸をする。


「そうですね、運というのもあるのかもしれないです。二度にわたり助けてくれて、ありがとうございます」


「……」


 男爵は世辞に対して何も言わない。

 僕は彼の表情を見ることができなかった。表情を見て、目を見て話したら、見透かされるような気がしたから。


「分かってもらえて嬉しいよ」


 少しだけ沈黙が続いた。場が凍りついたような冷たい沈黙。寝心地の良さと居心地の悪さが共存した、不可解な空間に変わる。

 口火を切ったのは僕でも男爵でもなく、この宿舎の使用人である男性が、扉の前から声をかけた。


「ルインジュディ男爵、お手紙が届いております」


「手紙?誰からだろう」


 思い当たる節が無い面持ちで、使用人から手紙を受け取る男爵。その場で便箋を読み、しばらくすると「フフッ」という笑い声が聞こえた。

 この空気を変えるほどの、何か面白いことが書かれているらしい。


「気にしないでくれ、私の妻からだった」


 奥さんがいたのか。貴族だからいてもおかしくはないと思っていたが、実際にそうだったとは。どうあれ、あの空気感を変えてくれたのはありがたい。


「ところでルインジュディ男爵、僕が捕まえてた三人の男女についてですが」


「あぁ、それなら隣の部屋でまだ寝ているよ」


 ホッと胸を撫で下ろす。

 逃げられたり、逃したりしている訳じゃなくて良かった。とりあえずこれで情報は聞ける。


「それとすいません、僕が持ってたバックの中から、銀色の小さなケースとってもらっても良いですか」


「銀色のケース……ちょっと待っててくれ」


 バックの中身を確認し、「これかい?」と提示された物が望みの物だったので軽く頷いた。


「その中の物を僕の口に」


「中の物、なんだいコレ?」


治療丸(ちりょうがん)です」


 指先で摘める程の小さな黒い玉。魔術の治癒より効果は薄いが、飲めば今よりは動けるはずだ。

 男爵は不思議そうに治療丸を見つめ、そのまま僕の口に運んだ。噛んだ瞬間、口の中で広がる刺激的な苦味に顔を歪める。

 分泌される唾液すら苦くなりながらも、なんとか飲み込み、思わずため息が溢れた。


「それで治ったのかい?」


「いえ、流石に。ただ――」


 さっきまで動かなかった首より下に力が入ることに気づき、ベットから身体を起こす。


「これで、少しは動けるようになると思います」


「おぉ〜凄い即効性。魔力のいらない治癒魔術みたいだ」


 驚愕している男爵を横目に、手や足を軽く動かす。

 痺れや痛みはあるが、尋問くらいならできるだろう。問題はこの人をどうするか。

 しばらく考えたのち、結論を出した。


「ルインジュディ男爵、今からあの三人を尋問します。ついてきてください」


「え、私もかい?」


「はい。彼らは聖使者教団の者達で、魔力を持たない人もいました。この街で魔力が無いのに住めるところと言えば」


「……地下都市モル。そうか、モルについて何か聞き出せるかもしれないね」


 軽く頷く。彼が聖使者教団と繋がっているかどうかも、ここで見極めときたい。

 歩くたびに筋肉が裂けそうになる痛みを表には出さず、三人のいる部屋へと向かった。



「おやおや、気品溢れる貴族殿に我々を負かした子どもではありませんか」


 隣の部屋は僕が眠っていた場所とは大分変わり、物置のような少し埃を被った部屋だった。

 三人は纏めて『オートロープ』で拘束されたまま座り、そのうちのヒゲが特徴的なお喋りな男が目を覚ましていた。


「しかしビックリしましたよ、まさかここまで強いとは……彼女までやられてしまうなんて」


 まだ気を失っている女の方へと視線を移す。


「どうして、僕を襲った」


「それは言ったでしょう。ラヴ様のご命令だったからです」


 どうして僕を引き入れたいのか、そのラヴって人に直接聞くしかないようだ。この人が嘘をついていなければ、だが。


「そのラヴ様とやらは、君たちの教祖様のような人かい?」


「いえいえ、彼女は使者なのです。神のお導きを我々に伝え、広めてくださるお方」


 澄んだ目、訴えかけるような声、心酔しているトロンとした顔。ただの教徒とは立場が違うのが目に見えてわかる。

 それでも別に教祖がいる、か。


「随分と素直に答えてくれるんですね」


「勿論です!我々は敵対しているわけではない、分かり合いたいのです!グランハムも何か言ってやりなさい」


 いつの間にか起きていたもう一人の男に相槌を求めたが、表情は暗く落ち込み、聞いている様子は無かった。

 そろそろ本題に入ろう。


「あんた達は地下で暮らしているな。地下都市モルへの入り口を教えろ」


「至る所にありますよ、探してみてはいかがかな?」


「冗談に付き合うつもりはない。もう一度気絶させても良いんだぞ」


「まあ一旦落ち着こう」


 殺伐とした空気に、男爵が割って入る。

 何をこんなにイラついているんだ僕は。どうしてかこの人達を見ていると、吐き気を催すほどの気持ち悪さが胸を占める。

 どことなく、魔王に心酔していた人を思い出す。


「ちょっと良いかな」


「どうしました」


 男爵が部屋の隅へと向かい、ヒソヒソと僕に小声で話し始めた。


「彼らの尋問、私に任せてくれないか?」


「え?」


 思わず喉が緩み小声ではなくなってしまった。

 何を言ってるんだこの人。僕にとってはあなたも十分怪しいんだ。まだ教団との繋がりだって払拭しきれたわけじゃない。


「こう見えて、聞き上手と言われているんだ」


 親指を立て白い歯をキラつかせる。

 なんだか、考え過ぎな気がしてきた。


「それに君、まだ無理してるだろ。立ってるのだって辛いはずだよ」


 ――どうしてこうも見透かせるんだ。バレないよう確実に隠しているはずなのに。もしかして、こういう気づきで話題を引き出せるのかも。

 悩んだ挙句、


「わかりました……」


「よろしい、少しあっちの部屋で待っててくれ」


 僕はフカフカのベットに腰掛け、男爵が尋問を終わらせるのを待った。



 十数分が経った頃、男爵が部屋から出てきた。軽快な足取りで、指で丸を作った。


「モルへの入り口、ちゃんと聞き出せたよ」


「ほんとですか」


「本当に入り口は何個かあるらしい。その内の一つは、この宿舎近くの配管下にあって、直通で地下都市へと行けると聞いたよ」


 たった十分ちょっとでそこまで聞き出せたのか。


「他に何か聞けましたか」


「残念ながら、それ以外は駄目だった。神様だの使徒だのの一点張りだよ」


 大きなため息をつき、やれやれと首を振った。

 入り口の場所が分かっただけでも良しとしよう。


「ところで、彼らはどうする?もう聞き出せるような情報は無いと思うけど」


「そうですね……」


 ここで放置しておくのも良くない、それに『オートロープ』も地下都市に行く前には回収したい。

 どうするか考えていると、男爵が一つの提案をあげた。


「そうしたら、然るべき機関に引き渡そうか」


「機関って、兵隊ってことですか」


「そう。不法滞在、傷害、拉致未遂、色々と問題を起こしている人達だからね」


 野放しや放置に比べたら遥かにマシか。


「わかりました、じゃあ早速――痛っ」


 今までの無茶がたたったのか、身体に軽度の痙攣と感覚の麻痺が襲った。

 力が入らない、意識もぼんやりとしてきた。

 ベットが音を立て、身体が沈み込む。


「ゆっくりしていたまえ、彼らは私が引き渡しておこう」


 男爵がベットを整え、毛布の暖かさが身体をジワリと包む。ゆっくりと瞼が下がっていき、抗えない眠気が意識を支配した。



***



「どういうことですかな、貴族殿」


 夜風が心地よく肌をなぞり、月明かりが私たち四人を照らしている。周りに人はいない。

 目の前にいるのは、先ほどまで汚い部屋で縛られていた三人の教団員。


「何がだい?」


 本当は分かっているけど、あえて聞いてみる。


「どうして()()()()()()()()()()()()()、と聞いています」


 怒っているというよりは、困惑の方が強いかな。いや、ちょっとした恐怖も感じているね。


「なんとなく――かな」


 別に君たちに言う必要も無いし、理由なんてどうでも良かったりする。


「とぼけないでいただきたい。先ほど部屋に一人で残られた際も、()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 おや、少し恐怖が勝ってきたな。良い兆候だ。


「意味なんて無いよ、演出みたいなものさ」


 演出、キャスティング、ロケーション。たまたま揃っていたから、そうしただけ。


「君たちには頑張ってほしいんだよね、色々と」


 私と()の為にもね。


「……」


 男は黙り、何か考え込んでいる様子。


「行きますよグランハム」


 未だ気を失い続けている女の子を抱え、夜のパミストラへと消えていった。なんだか虫みたいだ。


「それにしても、今夜は月明かりが綺麗だね」


 どれ、嘘から出た実。本当に散歩でもしてみるかな。

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