.31 ジャックマンティス
俺達四人は、地上へと出れる場所を目指して歩いていた。グランハムさんが先頭、俺とヒゲの男の人が隣り合わせで二番目、最後尾に女の人という並びだ。
しばらく歩いていると、ヒゲの男の方が、俺にあることを伝えてきた。
「勇者殿は、随分とラヴ様にご執心ですな」
「え」
そんな、会ったばかりの他人から見ても分かるほど、態度に出てました?恥ずかしい。
言葉に言い淀んでいると、「ガハハ」と大きな声で笑い、洞窟内でこだました笑いは、軽いドームレベルでうるさくなった。
「いやいや結構。我々は皆、ラヴ様の事を好いていますから、なぁグランハム」
「ええ」
やっぱりあのレベルまでいくと、どの世界でも美的感覚というか、美しいって感じる認識は同じなんだな。でもそんなに話せてないから、ラヴさんのことあんまりわかってないんだよな。
ここで、見えない電球が頭の上で光った。
そうだ、今この人達に聞けばいいじゃん。そしたら次会った時の会話で、何か好感度上げられるかも。
「そういえば、ラヴさんってどんな人なんですか」
「知りませんなぁ」
「え……グランハムさんは」
「私もよくは知りません」
女の方に視線を移すが反応はなく、ただ俯いていた。
まじかよ、ミステリアスだとは思っていたけど、誰にも素性を知られてないレベルって。神様か何かですか。
そんな雑談を交えていてると、地上へと出れる場所まであっという間についていた。
「ここから地上へ行けます。それでは、行きましょう」
目の前にはドアがあり、開けると長く続く階段が。その先でうっすらと地上の光が差し込み、ゴールが主張を続けている。
「こ、これ上るんですか」
「なにあっという間ですよ。ささ、勇者殿」
引きこもりのニートには、この階段はキツすぎるぜ。でもラヴさんの為だ、俺は出来る子頑張る子。
酷く重い足を階段にかけ、半ば暗示のような形で階段を登り続ける。
「やっど…着いだぁ…」
かれこれ十五分は登り続けた。もう無理、動けない。地面が最上級のベットに感じるほど、この場から離れたくない。ひんやり冷たくて気持ちいい。
「こんなので根を上げるとは、情けないですぞ勇者殿」
うるさい、現代人の運動不足なめるな。なんでそんな元気なんだよ。
「今回討伐する魔物の名前は『切り裂くカマ』。ここから少し歩いた先の平原に生息しています」
俺をお構いなしに説明するグランハムさん。
貴方俺のお世話係なんだよね?もう少し気をつかってくれても良いんじゃない?んでまた歩くんかい。
ヒゲ男に腕を持ち上げられ、半ば強制的に立たされては、子鹿のように足がぷるぷる震える。
「勇者殿、行きますぞ」
「はいはい、」
不意に、自分の口角が上がっていることに気づいた。
でも、少しだけ楽しい。誰かと一緒に何かをするのって、初めてかも。修学旅行に行ってたら、こんな感じだったのかな。
異世界の日差しが身体を焼く。あっちで生活してた時はしばらく浴びなかったこの暑さが、どうも心地良い。額にかいた汗を無造作に拭う。
――俺の新しいスタートラインはここからなんだ。
今の俺なら、この人達と一緒にいられたらきっと。
「見つけました、ジャックマンティスです」
先頭にいたグランハムさんが指を指す。少し急斜面となっている先の平原を見てみると、
「でっかいカマキリだなー」
あれがジャックマンティスとやらか。ここから見ても十分な大きさに迫力、さすが魔物。しかしこの斜面どうするか。
三十度はある下を、恐る恐る除く。高さも二、三メートルはあるかというところ。
まあ、魔術ってのがあるなら、人が飛んだりするのは余裕だろ。頭で会話出来るくらいだし……あれ?
ふと、疑問が頭をよぎる。
――そういえば俺、魔術のこと全くわからなくね。
魔術って存在を聞いたし体験もしたけど、どうやって使うとかは教えられてないよな。武器とかも貰って無いし、どうやって戦えば良いんだ。
「あのー…俺ってどうやってアイツと…」
いつの間にか先頭に立ってる俺。振り返ると、三人が肩を並べて薄らと笑ってる。
「え、何がおかしいんすか」
「いや失礼。ラヴ様も、酷いことをなされると思いましてね」
なに、言ってるんだヒゲ男。
「『魔術・姿隠し』」
「!」
無口な女がようやく口を開いたと思ったら、三人の姿が綺麗さっぱり消えてしまった。
「ちょっと、一体どういう――」
トンッ
「――え?」
あれ、身体が、浮いて……。
見えない何かに押されたような衝撃を受けたと思ったら、下に引っ張られる重力をその身で味わう。気づいた時には、身体が岩のように転がっていた。
「あ゛あぁぁッ!」
世界が三百六十度回る。平坦に思った斜面には小さな石が無数にあり、身体の節々を殴ってくる。三半規管が刺激され、上も下もわからない。
「――っ!」
痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い!!
身体中が張り裂けそうなほど、内側も外側もその全てが痛い。
震えが、動悸が視界を歪ませ、水中にいるかのような鈍い重さが全身を襲う。
「ゔおぇっ!」
ようやく止まった先で、血の混じり合った胃液を吐く。喉に焼けるような痛み、酸味と血の味と不快感が口の中を支配する。頭の中にあったのは“どうして?”ただそれだけだった。
次から次へと痛みの波は押し寄せ落ち着かない。目一杯呼吸をしようとすると、肺が殴られたと思うほど挙動が変わる。
「ハァ…ハァ…あっ」
目の前に、ジャックマンティスが――
遠目ではわからなかった、金属のような物で出来た鎌。それに、人を優に超える巨体、バスケットゴールほどはある。
あんな物で攻撃されたら……。
「嫌だ――誰かッ!だすげてくださいッ!」
死にたくない、死にたくない、死にたくない。
どうして、どうして三人は来てくれないんだ。ラヴさん、ラヴさん助けてください、聞こえてないんですかラヴ――
ザシュ
「え」
ジャックマンティスの鎌の部分が、鮮血に染まってる。振り下ろされた瞬間を、この濁った目は捉えることができなかった。
いつの間にか、血で、
「あ゛あ゛ああァァ!!!!」
腕、腕が――俺の右腕が無い、腕なくなっちゃった。俺の
「はは、アハッ、アッハハハハ!」
なんか、いたみであたまが、わらいとまんないや。
誰もいない平原に、笑い声が響く。それが自分のものなのか、誰かのものなのかは定かでは無い。
どことなく、ラヴさんの声に聞こえたのは気のせいだろうか。
「うぐっ……」
涙で視界はぼやけ、軽くなった右腕と真っ赤に染まった草原がぼんやりと映る。
死ぬのが怖いんじゃない、痛いのが怖い。だから死にたくないそう思ってだけど、今は不思議と痛くない。これなら別に、いいや。
人間は死に直面すると、必死に生きようと、記憶から生きれる可能性のある思い出を視界に映し出すと言われている。いわゆる走馬灯だが、俺は今、こんな状況になっても見れないらしい。
なんか妙に頭が冴えたな。血の気が引くってやつか、文字通り血かなり失ってるし。
時が止まってるのか確認のしようがないが、ジャックマンティスも攻撃をやめている。少しずつ弱くなっていく心音と身体の寒さが、命の終わりを物語っていた。
――どうせ死ぬなら、ラヴさんに好きって伝えとけば良かった。
そんな陳腐なことを思いながら、俺は眠りとは少し違う深い暗闇へと、意識を落としていった。




