.29 自己紹介
どうやったら、画面の向こうにいる“君”に会えるのかな。いっそのこと飛び降りとか……いや、そんな勇気があったら、こんなことになってないか。
カタカタと、タイピングの音が暗い寝室にこだまする。
「あ、萌林檎さんログインしてる」
この時間にインしてるの珍しいな。社会人じゃなかったっけ?時間は……っと午前二時、まだそんな時間か。
そろそろ腹の虫が鳴り出してくる頃。周りに食べ物が無いか、ガサゴソと探していると、
「あ」
高校の、パンフレット。
表紙には、「明るい高校生活」と大きく書かれ、四人の在校生が俺を見て、嘲笑うかのような笑顔で写っている。
「……ハァ」
「…ハァ…ハァ」
――苦しい。
誰かに首を絞められてるみたいだ。
ただのパンフレットに、何こんな息荒げてんだ。
――バサッ
汚い物を投げ捨てるように、紙の束は壁へとぶつかる。震えはまだ、止まらない。
「飯、買いに行こ」
寝ている両親を起こさず、音を殺し家を出る。夏前だからか夜風は妙に冷たい。パーカーだけじゃ、少し物足りない。
牛丼は昨日食ったから、コンビニでいっか。
毎日変わらない道、似たり寄ったりな時間、多くない目的地。なのに不思議と、飽きは来ない。
いつも通りの――
「何あれ?」
目線の先に、小さなヒビがある。誰かが黒板を傷つけたような、そんなヒビが宙に浮いている。
目の錯覚?光が反射してどうのこうの〜的な。てか他の人、こんな時間にいるわけ無いか。
無意識のうちに、ヒビは目と鼻の先、手を伸ばせば触れられる距離まで近づいてしまった。
「マジで浮いてる……」
ヒビの中、近くでよく見てみるとキラキラと輝いて、まるで小さな宇宙みたいだ。
そうだ、スマホ。写真撮ってみれば何か分かるかも。
「あれ?写らない」
そこにあるのに、レンズ越しに見えるのは、いつもの見慣れた道だけ。
ついでに軽く調べてみたが、それらしい情報は見つからなかった。
――少しだけ、触ってみるか?
脳裏によぎる好奇心。
「いやいや」
危ないだろ、どう考えても。人間に害のある物だったらどうするんだ。
触れないように横を通り、コンビニへと歩みを進める。
今日萌林檎さんいるなら、新しいランク帯目指せるな。新武器練習してるって言ってたし、昼までコース確定だ。そしたら、
……なんで、こんなに足が重いんだ。
後ろ髪を引っ張られているみたいに、歩きづらい。振り返ると、ヒビはまだ、そこにあった。
危ないとか、常識的に考えてとかじゃない。そんなの、ただの言い訳だ。
ヒビは依然、寂しそうに宙に浮く。
「変わりたいんだ、俺は」
これを見た時、なんでかわからないけど、駄目な自分を変えられるんじゃないかって思えた。
その気持ちからは、逃げたくない。だから――
指先がヒビに触れる。ひんやりと冷たい。
「――っ」
眩っ…しい、光が…。
優しくも棘のある光が、身体を包み込んだ。
なんだかカビ臭い、というか埃っぽいな。さっきまでとは明らかに空気が違う。もう目、開けて大丈夫そうか?
ゆっくりと瞼を開け、光を取り込むと、
「ちょ、な、にこれ」
ボロ布?――いや、人だ。拝んでる人が沢山いる。百とか二百、それ以上いるかも。というか視点が高い、どこに立ってるんだ俺。
下を見ると、祭壇のような石の上にいることがわかった。
「な、何すか、これ。ドッキリ?」
妙に声が響く。洞窟っぽいが、明かりが少なくてよくわからない。それに、所々人が暮らしてある形跡が見える。
「あ、あのー」
「……!」
やっと気づいてくれる人がいた。みんな下向いてるからこっちに気づいてくれな――
「勇者さまだ」
「はい?」
何言ってるんだこの人。
その言葉を皮切りに、下を向いていた人達が続々と顔を上げ、皆の視線を一身に浴びる。
「勇者さまが復活したぞォォ!!」
誰かが叫んだ。悲鳴にも似た、歓喜を含んだ声。
「上にいる奴らに鉄槌を!」
「勇者さまっ…私の娘が上の人間にっ…」
「我々に安寧をもたらしください」
――何なんだよこの人達ッ!
あっという間に取り囲まれた。
登っては来れないようだけど、さっきから足が掴まれて身動きが取れない。
「ちょっと、ズボン引っ張るな!俺は勇者じゃないって!」
クッソ……この人数と声で全く耳に入ってない。ゾンビみたいに次から次へと、
(皆さん、落ち着きなさい)
「え?」
頭の中に、直接声が響く。女の人の声だ、何で。
聞き間違いかと思ったが、声が聞こえた瞬間、群がってた人の動きが嘘みたいに止まった。
(彼を聖堂へ案内します。順路を作りなさい)
「嘘、だろ」
さっきまでの、砂糖に群がる蟻のような乱雑さは無くなり、統率の取れた一つの生物みたいに、道を開け作りやがった。夢でも見てるのか。
(勇者様、どうぞお進み下さい)
進めって言われても、大丈夫なのか。ナチュラルにこの声の人も勇者呼びだし。
(聖堂に来られたら、置かれている状況を全て、お話ししましょう)
「マジか」
石の下を覗くと、地面との距離が想像以上にあり、足がもたつく。二メートル近くある高さの祭壇からゆっくりと慎重に降りる。
道を開けている人達は、じっと見つめてくるだけで、襲ってはこなかった。
視線が痛いし、居心地も悪い。自ずと足は早く回る。
聖堂へと向かう頃には、この変な状況にも少し、慣れ始めてた。
「でっかいな〜」
十分ほど歩き、聖堂を最初に見た時の感想は、「丸くて大きい」これにつきた。
こういう、丸い聖堂のことなんて言うんだっけ。ピザなんちゃら建築とかって授業で習った気が、
「お待ちしておりました、勇者様」
大きな扉が開き、出迎えてくれたのは、黒い服を着た男性だった。
頭で聞こえていた声は女性だったから、てっきり女の人が来ると期待してたのに、残念。
「どうぞ中へ、お食事をご用意してあります」
言われてみれば、微かに香ばしい匂いが。そういえばご飯、食べそびれてたな。
匂いに釣られるように、男性の背中についていった。
映画とかで見るお城みたいに、もっと豪勢な内装を想像してたけど、案外庶民的。
家具や寝具と見られる道具に、体育館みたいな大きな運動場?もある。だが、豊かに感じないないのは何故だろうか。
よく見るとこの聖堂、少しボロいというか、整備が行き届いてない感じだ。所々老朽化の跡が見える。
それと……。
「こんにちは、勇者様」
「こ、こんにちは〜」
なんでここにいる人、全く同じ黒色の服着てるんだ、普通に怖い。
引き攣った笑顔で、本日五回目の挨拶を交わす。
「着きました勇者様。どうぞお座りください」
「おぉ〜」
長いテーブルに少ない椅子。アニメとかでよく見るヤツだ。
一番端の席へ誘導され、従うまま座る。目の前には白いスープとサラダ、パンと少しの肉が並べられ、当然のようにお腹が鳴る。
もう食べて良いのか。でも、向かい側にも料理並べられてるし、待った方が良いのだろうか。
「勇者様」
頭に流れてきた、女の人の声だ。声の主は、向かいの席奥からゆっくりとその姿を現す。
黒いレースベールで目元は隠されているが、真っ白い肌、吸い込まれるような黒い口紅が、妖艶さを出している。
「綺麗だ……」
心臓が、ドクドクと身体に血液を巡らせる。
思わず溢れた言葉が聞こえていたのか彼女は、「ふふっ」とお淑やかに口元を隠し、笑ってみせた。
「そう言って頂けて、嬉しいです」
もっと、声が聞きたい。笑顔を、ベール越しの素顔を見たい。
「まずは、自己紹介でも致しましょう、勇者様」
座って向かい合い、彼女は言った。
椅子に座る所作ですら、無駄が無く美しい。
「あ、あの!俺、斉藤優馬って言います。その、こんな綺麗な人初めて見たっていうか、なんていうか」
「ユウマ様、とても素敵なお名前ですね」
テンパって自分で何言ってるかわからないけど、名前呼び、ありがとございます。
「えっと、貴方は……」
ハーブのような、安らかな声色で、彼女は言った。
「わたくし、ラヴと申します」




