.27 聖使者教団
男爵と食事を終え、僕達は店を後にした。お金を出そうとしたが、「私が誘ったから」と頑なに拒否され、渋々ご馳走される形になった。
街を歩いていると、奇妙な視線を感じる。お店にいる時から薄々気付いてはいたが、通り過ぎる人にも好奇や懐疑といった、含みのある目をされる。
貴族のそばにいるからか、観光客が珍しいのか。
考え事をして歩いていると、座れる場所を発見し、僕と男爵は肩を並べて座った。
人々が流体のように行き交う景色をぼんやりと眺め、記憶から消していく。
「えーと、どこまで話したっけ」
「地下都市モルにいるかもしれない、てところまでです」
男爵はポンッと手を叩き、話を続ける。
「モルについては?」
「いえ、聞いたことはないです」
でも、確か兵隊がそんなことを言っていたような。あれは地下都市のことを指していたのか。
「まぁ率先して公表するようなものでもないからね、あの場所は」
何かワケのある場所、という感じだ。
男爵の言葉を聞き逃さないよう、耳に神経を集中させる。
「私も詳しくはわからないんだが、モルでは“魔力の無い人間”が住んでいるらしい」
「人数や規模は不明、ただ相当な人数がいるらしいよ」
魔力の無い人間……確か、現代では三人中二人が魔力を持たないとされる。過半数以上いる人間を住まわせられるほど、地下都市は大きいのか。
「ところでセージ君。君は気付いているかな、魔術都市パミストラに住んでいる人の特徴」
男爵は指で、移りゆく人々を差した。歩いている者、浮遊している者、男女問わず色々な人がこの道を通っている。
気づくも何も、ただ人が通って……
――!
ガタっと椅子が音を鳴らす。思わず立ち上がり、視界を広げ、目に見える人全てを確認する。
横で妖しい笑みを溢す男爵を、今は気にしていられない。
「全員、魔力を持っている」
大人から赤子までの全ての人間が魔力を持ち、なんの疑問も持たずに生活している。
「やっぱり、君は魔力を持たないのに、魔力を持っているか判別できるんだね」
男爵の方を見ると、僕のことを見つめていた。だが飄々とした態度ではなく、どこか品定めでもするかのような、そんな視線だった。
「さて、ここで問題。ここにいたはずの“魔力を持たない人間”。今はどこにいるでしょうか」
先生の気分になっているかのように、楽しそうに問題を出す。
話しの流れ的に地下都市だが、じゃあ男爵がこの街を探しに来たというのは……。
一呼吸置いて、身体の力を抜く。
「地下都市モルにいる。そして、地下都市は」
男爵のブーツがコンコンと二回、地面を蹴る。
「この街の下にある」
魔術都市パミストラは比較的新しくできた街だ。歴史も浅く、人の移り変わりも激しい。
発展の裏には、隠しておきたい部分や知られたくない情報が沢山ある、ということか。
再度椅子に座り、男爵に視線を合わせ、質問する。
「探してる人、どうしてモルにいると思うんですか」
今更ながら、男とモルの繋がりを確認して、情報を整理したい。
男爵は顎に手を当て、つらつらと語りだす。
「彼ね、慈善団体に所属しているんだ。困ってる人を助ける仕事をしているんだけど」
「この魔術都市で連絡が途絶え、行方不明になった」
「地下都市の噂と彼の性分、消息を絶った場所から推測した、と言ったところだ」
なるほど。地下都市には魔力を持たない人が大勢いるかもしれない。人助けと思いモルに行ったが、そこで何かの事件に巻き込まれた、という感じだろうか。
「わかりました。じゃあ早速、地下都市モルに行きましょう」
もしかしたら、取り返しのつかないことになっているかもしれない。
僕が立ちあがろうとすると、男爵は唸り声を上げ、力強く腕組みをした。目を瞑り、深く考え込んでいる様子。
「……どうしました?」
「そこが問題なんだよ」
男爵は僕を指差し、動きを静止させる。
「地下都市への入り口がわからないんだ」
「え?」
思わず口が開いた。
場所も予測もできていて、入り口がわからない、なんてあるのか。
「パミストラには三回は来ているんだけど、来る度に探しては失敗を繰り返してる」
手を広げ、首を横に振る。お手上げ、とでも言いたそうなジェスチャーだ。
まずは入り口を探すところからか。
――?
まただ。どこかから視線を感じる。今度はさっき感じた視線とは違う。誰かが僕達を見ている、いや監視してる?
辺りを見回しても、それらしい人物はいない。
「どうかしたのかい?」
「いえ、なんでもないです」
不思議そうに聞いてくる男爵を誤魔化しつつ、僕達はその場を離れた。
話し込んでいたからか時間をすっかりと忘れ、気がつくと陽は傾いている。男爵が宿舎を紹介すると言っていたが、これ以上恩を受けたくないので断った。
翌日の朝に、またあのお店の前で集合という形で男爵とは別れ、久しぶりの一人行動に身体が軽くなる。
一時間ほどパミストラを探索し、足に少しの疲労感を覚え始めた頃、人気の少ない路地裏へと足を進める。
明かりもどんどん少なくなっていき、暗くなりつつも、埃と塗装の劣化が目立つ道へと歩く。
しばらくすると目の前は壁で行き止まり、横に広い空間で足を止め、
「僕をつけてる奴、出てこいよ」
声を上げた。壁に声が反響し、耳を揺らす。
来た道を振り返っても誰もいない。ただ、視線だけはずっとある。
しばらく静寂が続き、痺れを切らして歩き出そうとした瞬間――黒い服を来た三人組が、角から現れた。
「街に入った時からずっと監視してたのは、あんた達か」
男が二人、女が一人か。男の方は二人とも魔力が無いな。
男二人が肩を並べて立ち、その後ろを女が身を隠しているかのように、ひっそりと立っている。
「何か誤解されているかもしれないので、一応言っておきますが、私たちはあなたの敵ではありません」
男のうち一人が、貼り付けたような笑顔で答え、隣の男も頷く。
「私たちは、『聖使者教団』で活動している者です」
「……なんだと」
背筋がひんやりとし、肌が逆立つ。一歩、足が引く。
「僕になんの用だ」
「率直に言うと、勧誘ですね」
随分と殺気だった勧誘があるんだな。後ろの女がいつでも魔術を発動出来るように構えているのを、見逃している訳じゃないぞ。
「あなたも魔力を持たないと見受けられます。さぞ、大変だったでしょう、辛かったでしょう」
「そんな世の中を、私たちは変えたいのですッ!新しい社会の形、人の形を教団は目指しています」
男は僕の方へと手を伸ばす。
「あなたも、そんな素晴らしい教団の一員になりませんか?」
「断る」
空気がピリつく。貼り付けた男の笑顔が、少し痙攣していた。
「……何故」
「表面上の目的はそうかもしれないが、裏ではどうなんだ」
聖使者教団は、危険思想を根底に持つカルト的宗教。魔力を持つ者を“絶対の善”として崇め、神の使いとして崇拝している。
「何を……私たちに裏などありません」
「『魔力を持つ者の体液や皮膚を取り込み、次の人類へと進化を促す』だっけ」
「……」
伊達に本や文献を読み漁ってないんでね。一通りの危険団体や罰則行為は知識として身についてる。食人なんてもっての他だ。
男の顔は既に、笑顔ではなくなっていた。
「生憎、そんな野蛮な趣味はない」
「野蛮などではありませんッ!神聖な行為なのですッ!」
男の叫び声が暗い路地に響き渡る。鼻息を荒くし、目が血走っているのが、暗くなっていてもよくわかる。
男は「フゥー」と大きく息を吐く。
「どちらにせよ、ラヴ様の命令なので、あなたを連れて行かなくてはなりません」
ラヴ……?言い方的に、教団のトップか。
「魔術はいつでも発動できるわ」
小声で女が喋ったのを聞き逃さなかった。
空気砲はいつでも撃てる。それに、左腕のコレもある。
「最後の忠告です。私達に着いてくる気はありませんか」
「ないよ。どちらにしろ、あんた達はここで倒す」
聞きたいことが沢山あるからな。
「残念です……」
「『魔術・身体変形/獣』」
女が唱えた魔術によって、男二人の身体はみるみる形を変えていき、二メートル以上ある狼男へと姿を変えた。
体毛、爪、牙、どれも人間の大きさを越え、凶器となっている。
「どうですか。コレが、神の力です」
「違う、ただの魔術だ」
「んふふ。ただの魔術かどうか、お見せしましょうッ!」
ダンッと強く地面を蹴る音と、少しの風圧が身体を襲い、一瞬にして距離を詰められる。
大きく振りかぶった左腕が、僕目掛けて迫ってくる。だが、身体を右横に逸らし、後ろへと後退。
「よく、避けれましたね」
後ろにあった壁に大きな爪痕が刻まれ、狼男の鼻息と獲物を捉えようとする視線が、避けた先へと向けられる。
避けずに攻撃を受けたら、あの壁みたいにズタズタになるな。
「では次は……」
指でもう一人の男へと合図を送った。
「二人ならどうですかぁッ!」
再び、跳躍と共に距離を詰められるが、今度は二人目の男によって逃げ道を塞がれる。
視界にはデカい影が二つ。距離は二メートル未満。狙うなら――脇腹だな
『魔術道具・圧縮空気砲』
「ゔっ!」
ズドンッ……と重く大きな衝撃が、二人の男の脇腹へと命中する。呻き声を吐きながら、男達は二歩、三歩と後ずさる。
この距離なら、厚そうな外皮の上からでもダメージが通る、さらに追撃の――
『魔術道具・高速移動靴/蹴』
「ヘ――?ブッ!!」
渾身の右ハイキックが男の顔面に決まり、壁に大きくめり込んだ。すかさず、まだ動けないでいるもう一人の男の腕を、左手で掴む。
『魔術道具一人でに動く紐』
「くっ!」
左腕に巻きついていた紐がウネウネと動き、男の腕と足を後ろでまとめ、固く縛り上げた。
拘束用として僕が新たに改造した道具、硬さも形も自由自在。
念の為、紐で縛った方の男を空気砲で気絶させ、女の方へと視線を移す。眉間に皺がより、歯を剥き出しにして、こちらの見ていた。
「全くッ!役にッ!立たない奴らッ!」
さっきまでの、後ろでコソコソとしている時とは打って変わり、憎たらしく地面を何度も蹴り、ぶつぶつと文句を言っている。
その様子を見て、額に汗がジワリと滲む。
この豹変ぶりと不気味さ、魔王に操られてたビートルに近しいものを感じる。
男二人とは比べられないほど――異質だ。
「手を引く気は無いですか」
「クソッ!クソッ!」
僕の言葉なんか聞こえてないかのように、ずっと地面を蹴り続けている。
しばらくすると動きは止まり、ゆっくりと顔を上げ、こちらに向けた。
「――っ!」
再び、空気砲の音が路地裏に響き渡る。先ほどよりも長く、寂しくこだまする。
あの女の顔を見た瞬間、反射的に身体が動いた。
煙が女の周りを囲い、様子が見えない。
カチ…カチ…
――なんの音だ
煙の中から、何かを当てる音が。硬いものがぶつかり合うような、何か……。
「バカな!」
晴れた煙の中から、無傷の女が立っていた。
瞳孔は開き、歯をガチガチと鳴らし、唾液を絶え間なく流し続けている。
距離はあったとはいえ、確実に当たったはず。無傷だなんて、なんらかの魔術か……いや、発動した素振りは見えなかった。
唾液が喉を通り、ゴクリと音を鳴らす。深呼吸をし、脈打つ心臓を落ち着かせる。
恐怖、動揺、疑問。それら全てをまとめて、僕は改めて、人間とは言い難い魔術師の女と向き合った。




