.26 とある噂
僕のことを“従者”と言ってきた謎の男は、毅然とした面持ちで細い兵隊と相対する。自信と確信を前面に出したその立ち姿は、気品が身体から滲み出ているようだ。
「ル、ルインジュディ男爵ッ……!」
目を泳がせた兵隊は、謎の男の名を言った。
男爵……貴族様か、初めて見た。どうりで立ち姿や振る舞いに品があったわけだ。
「私と、それから彼。この街に入るための手続き、お願いしても良いかな?」
隣に立ち、皮手袋で覆われた手が、僕の肩にポンっと置かれる。反射的に身体がグローブに触れ、いつでも空気砲を撃てる体勢へと移す。
「大丈夫、君と敵対するつもりはない。ここは私に任せてくれ」
警戒心が悟られたのか、男は兵隊に聞こえないよう、僕の耳元で囁く。吐息があたり、耳がムズムズと不快感が襲う。
チラリ、と男の方を見ると、白い歯が見える爽やかな笑顔で、また微笑む。
嘘は言ってなさそうだが警戒は続けさせてもらう。
グローブには手をかけつつ、身体を一歩後ろへと後退させる。
男の後ろに立ち、着飾れた背中を眺める。何故だかわからないが、男の背中がやけに大きく見えた。
男は慣れた手つきで、あっという間に入場の手続きを済ませた。兵隊も早く終わらせたいという思いが顔に出ており、子供のように機敏に動く。
僕一人では堅く閉ざされていた入り口は、魔術の起動音と共にその姿を見せる。
トンネルの形状。その少し先の景色が、街の様子を部分的に映し出し、自然と身体に熱を帯びていく。
動き出しそうな足を必死に抑え、その場凌ぎの“従者”として行動する。
「ようこそパミストラへ、ルインジュディ男爵、並びに従者様」
さっきとは別人じゃないか。
「それでは、行こうか」
「はい」
“従者”の立ち振る舞いがよくわからないから、とりあえず男の二歩後ろを、目線を落として歩く。
兵隊が頭を下げているその横を通る際、「チッ」と何か擦るような音が聞こえた。
短いトンネルに、男のブーツと僕の靴の音がコツ…コツ…と反響し、小さかった景色がゆっくりと大きくなる。一瞬光が視界を遮り、思わず手で隠す――
「凄い……こんなに魔術が発展してるとは」
開けた視界で見る景色に、僕は感嘆の声を漏らした。
地上と空中を繋ぐ無数のパイプ、アレはなんだろう。あの建物、空中を飛んでいる。人が、逆さまの道を歩いてるのか。揚げ物のような香ばしいこの匂いは一体……。
こんな景色ニューエイラはおろか、前世の記憶ですら見たことがない。
「私も、初めてこの街に来た時は、君のように目を輝かせたものだ」
その声で我に返り、いつの間にか歩いていた足を止めた。声の主人は、黄金色の瞳で真っ直ぐと僕を見つめる。
「あなたの目的は、なんなんですか」
「急だね。まだお互い自己紹介すらしてないじゃないか」
探り合うのはあまり得意じゃない。男爵という地位を持ちながら、僕に声をかけてきた理由は何か。
男は顎に手を当て、「うーん」と考える。
「まだ言えないな」
「どうして、僕に声を?」
「そうだなぁ、人助け四割、興味三割、打算三割ってところかな」
返答が全て的を得ない。信用していた訳ではないが、何かしら話してくれると、勝手に想像してしまった。この男の行動や言葉がそうさせたのか。
「立ち話も何だし、良かったら食事でもどうかな?大丈夫、とって食べたりはしないよ」
手をパンと叩き、髪の毛を揺らす。その後、近くのパイプを指差した。
これ以上無闇に借りは作りたくない。だが助けられた手前、行かざるを得ない。
考えに考え抜いた結果――
「わかりました」
僕は男の提案に了承した。
男が指を差したパイプ、あれは高速で移動出来る装置だった。入った瞬間、吸い込まれる感覚と浮遊感、この街を縦横無尽に駆け巡り、ものの数分で料理屋へと到着した。
「ここの卵料理、絶品だよ〜!」
目を輝かせながら男は言う。卵と果物の芳醇な香りと香辛料のスパイスが鼻をつく。空腹のお腹には刺激が強い。
それから僕達は、コテージでテーブルを挟んで腰を落ち着かせた。外の景色を眺めてみたが、建物が空中に浮いてるからか、人の顔までは見えない。
「さて、そしたら自己紹介でもしようか」
男がグラスを置き、喋り出す。
「私はルインジュディ。ここの地主ではないけど、男爵だ。ここには……まぁ色々用があってね」
一瞬言い淀んだのを、僕は聞き逃さなかった。
「僕はセージって言います。実は旅をしていて、この街に寄ったと言う感じです」
「へぇ、まだ若そうなのに旅なんて凄いね。じゃあ、他の街に行ったりしたの?」
「いえ、実はこの街が初めてで――」
嘘はついていない。ただ、全部話してもいない。僕がこの街に来た目的、それは魔王を倒す仲間を見つけること。
半年前、とある噂がニューエイラで流れた。魔術都市パミストラにて、
――異邦の勇者が召喚された、と。
眉唾で殆ど誰も信じていなかった。僕も正直、本当か怪しいと思っていたが、これだけ魔術が発展しているなら、あり得るかもしれない。
ただで食事の提案を了承したわけではない。男爵がこの街に来慣れているなら、色々と情報を持っているはずだ。
二十分ほど雑談していると、頼んでいた卵料理が届いた。お肉をふわふわの卵で閉じ、特製の甘い果汁ソースをかけた逸品。
とりあえず、今はこの料理を食べて腹ごしらえだ。お腹の虫も鳴っていることだし、情報を聞き出すのは、食べ終わってからでも良いだろう。
料理を食べ終え、コップの水が喉を通り潤す。
さて、どう聞けば良いか。
僕が質問を考えていると、男爵は「ふふっ」と何故か笑う。
「いや、よほどここの料理が気に入ってくれたのかな」
「え……そう、ですね。とても美味しかったです」
連れてきて良かったと言いたげな、安堵の表情に変わる。グラスの果実酒を手で転がしながら、口に運ぶ。
「私の目的が気になっている様子だね」
全てを見透かすような金色の眼光に、指がピクりと動く。
お見通し、というわけか。
「良いよ。ご飯も食べて、落ち着いたからね」
持っているグラスを嗜みつつ、「どこから話そうか」と呟き、男爵は語る。
「実はね、君と兵隊のやり取りを、一部始終見させてもらってた」
「驚いたよ。魔力の無い君が、あんな強そうな兵隊を一瞬で倒しちゃうなんて」
そう言う割には、表情に一切の変化はない。グラスに入っている果実酒を、遠い目で見つめている。
「君の強さを見て思った。この子に私の人探しを協力してほしいなって」
「人探し?」
僕を助けた理由の、打算三割。そう言うことか。
「勿論手伝ってくれたら報酬は出すよ。それに、君を助けたのは私の勝手だ。断ってくれても構わない」
断っても良い……か。この人は、どこまで僕の性根を理解しているのか。会って間もないと言うのに、“断るような人間ではない”と見透かされている物言いだ。
「探してる人はどういう人ですか」
「おや、協力してくれるのかい?」
分かりきったような笑顔をしながらも、一枚の小さな人物画を取り出す。描かれていた人物は、男爵とは歳の離れた年配の男性だった。
「この人は?」
「私の友人でね。もう長い間連絡が取れずに、消息がわからなくなっている」
男爵が三十代近いとすると、この人物画の男性は六十歳くらいの年齢に見える。貴族と言えばそう見えるが、どちらかと言うと着飾った一般人のような印象だ。
「どこにいるか、検討はついてるんですか」
「一応ね。そこは、君のように強い者がいた方が、私としては心強い」
遠回しに言っているが、危険な場所にいると言うことだろう。場所は分かってるのに探さないとは、つまりそういうこと。
コップの水を飲もうとするが、無いことに気づく。表面に水滴が付いており、氷がコロンッと音を奏でた。
「わかりました。その人探し協力します」
「ありがとう、そう言ってもらえて助かるよ」
仲間探しは少し遅れが出てしまうが、貴族との人脈は持っていて損はないはず。それに、勇者とは言わなくとも、強い者を見つけられる可能性もある。
「では、アテをつけている場所なんだが……」
男爵は指でテーブルをコンコンと二回叩く。
「【地下都市・モル】だ」




