.23 卒業式
魔術知識専門校舎に入校して、八年の月日が経った。今日は長い間お世話になった、この校舎の卒業式。
陽はまだ出始めたばかり、寝起きで力の入らない身体を起こし、ぼやけた視界で支度を始める。
父と母はまだ寝息をたてている。そんな二人を起こさないよう、音を立てず慎重に行動し、家を後にする。
少し冷たい風を身体で浴びながら、いつもよりゆっくりと歩く。時に足を止め、ただ景色をぼーっと眺める。そうすると、心がスッと軽くなる、そんな気がした。
ニューエイラに着くと、まだ人だかりが少なく、店の開店準備をしていたり、同じように散歩をしている人がちらほらいるだけで、いつもの明るい雰囲気は、なりを潜めている。
高台にあるベンチに腰をかけ、少しずつ明るさを増していく陽と街を眺めた。目を瞑ると、魔物と戦ったことや楽しかった思い出が鮮明に蘇る。
この街は、とても良い場所だ――
今日は校舎の卒業式。あと少しで離れてしまうこの街を、できる限り目に焼き付けておきたい。
人、建物、自然、それらを目一杯頭に取り込んで、離れたがらない身体を立ち上がらせ、校舎へと向かった。
「皆さん、卒業おめでとうございます」
白を基調とした、淡いブルーのタキシードを身にこなすプリケンプクス先生。初めて会った時よりも渋みが増し、服がサマになっている、と心の中でぼやく。
「長いようで、とても短く感じた八年間でした」
「皆さんはこれから、魔術を行使できる立場になります。ここで学んだことを、人生の中で、役立てられるのを心より願っています」
深々と頭を下げる先生。それに答えるように、教室からは拍手と、感謝の言葉が飛び交った。僕も少しだけ手が痛くなるほど、感謝を送った。
「それでは、卒業証書の授与と、卒業を記念したバッチを送ります。名前を呼ばれた方は前に出てきてください」
一人ずつ名前を呼ばれ、受け取っていく。その一連の流れを見て、卒業という実感がフワリと湧いてくる。
「では、セージ君」
「はい」
強張る身体を立ち上がらせ、先生の前へと歩を進める。
先生と対面して、目線が合うのに気づいた。いつの間にか、先生と並べ立てるほどに大きくなっていたのを、この時実感した。
「おめでとう」
「ありがとうございます」
文言が書かれた紙、丸筒、銀色の葉を模したピンバッチ、これらを受け取る。重量はそこまで無いはずなのに、先生の気持ちが込められてるからか、やけに重い。
再び目を合わせると、少しだけ目元が赤くなっていた。僕は少しだけ口角があがり、一礼して席に着く。
お世話になりました、先生。
心の中で呟き、僕は魔術知識専門校舎を卒業した。
卒業式が終わると、教室内で宴会が行われた。先ほどのしんみりとした空気とは変わって、皆んながワイワイと騒ぎ立てている。
僕も用意された肉料理を食べていると、一人の男子が声をかけてくる。
「よお、セージ」
「ロイゼ」
灰色のタキシードを着たロイゼが、いつものように声をかけてきた。
「お前、この街出ていくんだろ」
「うん、そうだね」
「はっ!ライバルが減って好都合だ!」
実は、この校舎内で一番話した人物はロイゼだったりする。最初こそいちゃもんをつけてきたが、いつの間にか、持ちつ持たれつの関係が構築されていた。
「お前には借りが沢山あるからなぁ、今日でさよならってなら、一つぐらいは返さないとな」
「貸した覚えは無いんだけどね」
「だまらっしゃい!この後、校舎裏の広場に来い!最後の戦いといこうぜ」
なにかと縁のある、あの広場。あそこで始まって、あそこで終わる。そういうのが好きそうなロイゼには、ぴったりの場所だ。
「わかったよ。でもその前に……」
色々と話しておきたい人がいる、そう言うとロイゼは、「俺もいるわ、また後でな」と言い、どこかへ行ってしまった。
僕が向かう先は、先ほどから大泣きしている先生と、それを宥めてるイバラの所だ。
「先生、イバラ」
「セージぐんっ……ほんどにもう、大ぎぐなりまじだねぇ……」
「親じゃないんだからププ先生」
苦笑いをしながらも、涙をこぼす先生に紙を渡すイバラ。右手には、紙の山が散乱している。
「イバラはこれから、何をするんだ?」
「私は……先生っていう仕事に興味が出てね。ププ先生の元で、実習を兼ねてお勉強する感じ」
「イバラさんは、優秀なのでっ……ずぐ、良い先生になれまずよっ!」
「はいはい、涙拭きましょうププ先生」
なんだか、良い師弟になるのではないだろうか。時々、どっちが師か弟子かわからなくなりそうな時はあると思うが……
「そういえば、サルビアは?」
「あれ、さっきまでそこにいたんだけど」
ニューエイラ記念式典以降、あまり会話が出来ていない。避けられている……訳ではないと思うが、今みたいにタイミングが合わないことが多々ある。
伝えたいことがあったんだが、しょうがないか。
先生とイバラに別れを告げて、教室を離れた。ふと窓を見ると、夕焼けが景色を彩り、街を輝かせていた。
この街で見る最後の夕焼け……そう思いながら、校舎裏の広場へと足を運んだ。
ビートル戦以降、すっかりと整備が行われ、いつも通りの姿へと戻っている広場。あの出来事が無かったとさえ思える、それほどまでに整えられていた。
広場に人の姿はなく、ロイゼが来るのを待っていた。土埃に、この場所から少しだけ街の音が聞こえる喧騒、どれもが懐かしく思い、耳を澄まして聞いていると、
「よぉ、嘘つき野郎」
ロイゼが、あの時を真似て声をかけてきた。
「懐かしいな」
「だろ?言っとくが、あの時とは違うぜ。マジで勝ちに行くからな」
「僕も、負けるつもりはないよ」
右手にグローブを装着し、ロイゼに向けて構える。 距離は十五メートル以上あるが、成長した今ならここからでも十分当てられる。
誰かがスタートを切った訳ではない。だか、僕たちの間には今、確かに、勝負のゴングが音を鳴らした。
「『圧縮空気砲』!」
「『魔術・土の甲冑篭手』!」
ドンッと放たれた空気砲は、ロイゼを直撃し、土埃と共に数メートル交代させた。
当たった……だが――
「あの時と威力が違うなあ……けどッ!」
埃がはけると、土でカチカチに固められた腕をクロスさせ、攻撃を防いでいた。
――ビートルの肉塊を傷つけた威力なのに、完全に防ぐか……!
「こっちの魔術も、強くなってんぜ!」
ロイゼはニヤリと笑いながら、こちらに迫ってくる。僕も負けじと足を踏み出す。
陽光が眩しく刺す広場で、僕たちの決闘は幕を上げた。




