.19 魂だけの社交場
サルビアと共に校舎に着くと、懐かしい顔がそこにあった。
「ロイゼ、体調はどうだ」
あれからロイゼも体調が回復し、前みたく校舎に来られるようになっていた。
お母さんの方も、どうやら無事らしい。
「元気だよ!話しかけてくんな!」
そう言うと、そっぽを向き教室へと歩いて行った。 嫌々答えてくれたが、前のように突っかかってくる様子は無かった。
「ロイゼ君、元気になって良かったね……!」
「そうだね」
「後は、ビートル君だけだね……」
ビートルはまだ、校舎に来ていなかった。体調が回復していない、というわけでは無いと思うが。
教室に着くと、ビートル以外の全員が、元気に着席していた。僕とサルビアもお互いの自席に着き、先生の到着を待った。
「はい、皆さん席に着いて……ますね」
扉を開けた先生が入ってくる。以前のようなヤツれた表情ではなく、僕と初めて会った時と同じフレッシュさを身に纏って。
「えー、今回は皆さんに、お知らせがあります」
神妙な面持ちで話す先生に、胸がモヤモヤとざわつく。
「ビートル君なんですが、諸事情により、校舎を辞めることになりました」
ザワザワとする教室内。
あれから先生に色々と事情を話し、僕はビートルをなるべく擁護したが、お咎めな無しとはいかなかったようだった。
「本当は、皆んなに最後にお別れをと思っていましたが、彼が拒否したので……」
皆んなと、どういう顔で会えば良いのかわからなかった、と言いたげな表情をしている先生だっだが、誤魔化すかのように、明るい表情へと変えた。
「ビートル君と過ごした時間は短かったけれど、私たちと共に過ごした時間は、とても大切な思い出です」
「皆さんもそれを忘れずに、今日も頑張って魔術の勉強をしていきましょう!」
「「はーい!」」
また、いつもの日常が戻ってくる。アイツのいないこの教室で。
授業も終わり家に帰ろうと思ったが、ふと、あの場所へ行きたくなった。
もしアイツが居たら伝えたい事もある、そう思い足早にその場所へと向かった。
校舎裏の広場へと到着して、辺りを見回す。相変わらず殺風景な場所だが、地面の亀裂や立て直し中の建物を見て、先の戦いを思い出す。
そして、やはり彼はそこに居た。
「一週間ぶりだな、ビートル」
あの時と同じ後ろ姿をしていたが、こちらに気づくと、「なんでいるんだ」と言いたそうに嫌々顔を向けた。
返事は無かったが、何か考えている様子だった。
「知ってんだろ、俺が校舎辞めること」
「今日、聞いたよ」
これからどうするんだ、と言いかけて言い淀む。まだ七歳の子どもに、そんな事分かるわけがない。
「ま、お前みたいな奴と授業受けなくて清々するわ」
ビートルの声は、少し震えていた。強がっているのは、目に見えて分かった。
しばらくの間、沈黙が続く。
「……」
「……じゃあな」
口火を切ったのはビートルだった。
そう言うとビートルは、僕の横を通り抜け、歩いていく。近くで見ても、あまりにも小さなその背中に、僕は伝える。
「ビートル、僕の目標は魔王を倒す事だ」
ビートルは足を止め、立ち止まる。聞き返すでも、反応するでもなく、ただ立ち尽くしていた。
後ろ姿だから表情はわからない。どう思っているか、それでも僕は続けて話す。
「お前の言う通り、僕は魔力が無い。僕だけの力じゃ、魔王には到底勝てない」
「だからもし、魔王が復活したら、その時力を貸してほしい」
見られないと分かっていても、その後ろ姿に頭を下げた。
遠くの街の騒音が、この広場まで聞こえてくる。その音だけが、静寂とした広場に少しだけ音を残していた。
「なに言ってんだ」
ビートルはそう言い、歩いて行った。彼の背中が見えなくなるまで、見る事をやめなかった。
あの時と同じように、馬鹿げた話と捉えられたか、あるいは……。
伝えたい事は伝えられた。
僕も、もっと力を身につける、だからお前も自分の力を身につけろ。そう願いを込め、僕は広場を後にした。
***
(あーあ、やっぱり身体無いから無理なんだよー)
(黙れ。お前の声は耳障りだ)
暗く、深い地の底で、魂達は会話する。誰も気づかず、誰にも気づかれず。
(耳なんて無いのにねー)
身体があったら、きっと大袈裟に笑っている。声は弾み、ケタケタと鳴らす笑い声は、誰にも聞かれない。
(うちら二人だけなの?)
(……見れば分かるだろ)
片方の声は、高音で明るく、バイオリンのような優雅さを持つ、心地よい声。
もう片方の声は、低音で冷徹、言葉の一音が心に深くのしかかる、そんな重さを持つ声。
(他の三人、どこいったんだろうねー)
(……)
(というか、本当にうちらを殺した魔術師、いると思ってるの?)
(……いる)
たった一言、しかしその一言は強く、鋭い棘を纏っているかのように聞こえる。
(ま、それなら復活した時殺せばいいやー)
軽く流される言葉に、覇気はない。明日の予定を決めるように、ただ必然と発せられる言葉。
(早く復活して暴れたいなー)
(……)
そこで会話は終了する。
身体の無い、魂だけの社交場は、しばらく続く――




