.18 意外と気が強い
ビートルと戦闘後、傷が深かった僕は、その場から動けず地面に座り、状況の確認を行っていた。
肉塊はドロドロと溶け落ち、魔術は無事阻止された。だが、この付近にいる人達が無事元気になったのか、それを調べるには体力が残っていなかった。
「ビートル、聞きたい事がある」
未だ、大の字で倒れているビートルに、気になっていた事を、左腕の出血をなるべく抑えながら聞いた。
「お前のあの力、どうやって手に入れた?」
「……」
目は閉じ、寝ているように思えたが、少し眉間に皺と、口元が窄んでいる為、聞こえている上で黙っているようだった。
少しの沈黙の後、ヤケになったように答えた。
「お前に負けた日、声が聞こえてきたんだよ、力が欲しいかって」
「それで、ほしいって言ったら、あの魔術が使えるようになってた」
やはり、魔王の力で間違いない。
他に何かなかったかと聞くと「特に」とだけ返された。
「あ、でも」
「?」
「名もなき魔術師を殺せとか言ってた」
確定だ。魔王は復活してる。それに、僕が転生している事も知っている。
不思議と、先ほどより不安や焦りは無かった。痛みで身体と感覚が麻痺しているのもあるが、覚悟が出来ていたから、と言うのもあるだろう。
「そうか……」
だが、復活しているなら妙だ。魔王はこの世界の住人にはお伽話程の存在。実害が無い事を意味してる。
復活して暴れてないなんて、なにか事情があるな。
「セージ君!ビートル君!」
黙々と思考を巡らせていると、顔色が良くなったプリケンプクス先生が、ぎこちない走りでこちらへ駆け寄った。
「お二人とも無事ですか……って、セージ君傷が!」
「僕はなんとか、ビートルも無事です」
横目で視線を送ると、ビートルはスヤスヤと寝息を立てていた。
「セージ君すみません、君の仕事ではないと言っておきながら、こんな事になってしまって……」
「とりあえずセージ君には治癒の魔術を。ビートル君には、色々聞かなければいけませんね……」
険しい顔でビートルを見つめる先生。子どものいたずらでは済まないレベルなのは、先生も理解していた。
これからビートルがどういう処罰を受けるかわからないが、彼は被害者である、というのを僕は主張しようと思う。
あれから一週間ほどが経ち、生徒や街中の人達は、以前のような活気あふれた元気な姿を取り戻した。
先生の話によると、幸いにも死傷者は出ておらず、ビートルが壊した建物には、誰も住んでいなかったという。
そして、事情を知るもの以外の人達は、今回の件を『集団睡眠事件』として扱い、噂で持ちきりになった。
僕は今、その噂話が絶えない道を歩いている。いつも通りの、賑やかな道を。
そんな中、少し先の方で、薄いオレンジ色の髪の、見慣れた後ろ姿を見つけ、足を早めた。
「サルビア、おはよう」
「セージ君!お、おはよう」
サルビアはつい最近回復して、こうして二人だけで話すのは久しぶりだった。
「身体はもう大丈夫?」
「う、うん!」
頷く彼女には、あの時のようなやつれた表情ではなく、年頃の元気な表情へ戻っていた。
そういえばと、思いつく。
「そうだ、まだあの時のお礼言えてなかった」
「お礼?」
「うん。先生の伝言。あれを教えてくれてなかったら、今頃どうなってか……」
実際、あの時はかなり焦っていた。ポケットから石が落ちた音にすら気づかない程。
彼女が影の立役者なのは間違いない。
「だから、ありがとう」
「そ、そんな!私の方こそ……ありがとう」
彼女もそうだが、今回僕が事件を解決したというのは、殆どの人には知られていない。先生が解決した事になっている。
だが、彼女は薄々気づいているだろう。
「わ、私ね……実は意識を失ってる時、またセージ君に助けられたんだ」
「意識を失ってる時?」
彼女はポケットから、僕が以前渡した空気砲を両手で持ち、見せた。
「実は、セージ君に伝言の事伝えた後、変な声……みたいなのが聞こえてきたの」
「え」
思わず歩いていた足を止める。寒く無いのに、やけに背中に冷たさを感じる。
その声ってまさか。
「な、なんかね、力をあげるとか、なんとかって」
この子にも魔王は接触してたのか……!?
空いた口が閉じず、唖然としていると、彼女も不思議そうにこちらを見つめた。
「で、でもね!私、いらないって言ったの。その、私の力で、返したいからって……」
魔王の誘惑を断った……七歳の女の子が。
サルビア、意外と気が強いんだな。
「それで、なんだか苦しくなって、助けてって思ったら、このお守りがポンって」
持っている物を大事そうに胸に抱える仕草を見て、自分がどれだけ凄い事をしたのか、この子は分かっていないだろうな、と思わせた。
「だからね、ありがとう!」
無邪気に笑う彼女は、今この街にいるどの人よりもキラキラと輝かしい、眩しくて思わず目を逸らしてしまう。
「僕の方こそ、ありがとう」
彼女には、助けられてばかりだ。このままじゃ恩を返せそうに無い。
そう思いながら、僕は歩き始める。
「そういえば、あの石のことはなんで知ってたの?」
「あぁ、それは実践の授業でね――」
校舎に着くにはまだ時間がある。ゆっくりと歩いて行こう。その間に、彼女に何かお返しできる物でもあったら、目星をつけといても良いかもしれない。




