.16 他人の命は俺の物《ライフ・イズ・ビューティフル》
「お前はロイゼじゃない」
僕が人影に言い放つと、上半身をクネクネとさせ、こちらにゆっくりと歩いてきた。
「ロイゼの取り巻き……名前は、ビートル」
「正ッ解!ピンポンピンポン!いつから気づいた?」
ロイゼが行動する際、いつも三人で行動を共にしていた。
その内の一人、ビートル。目立った発言こそ少ないものの、ロイゼが勝負を仕掛けてきた時にもいたし、印象には残ってる。
しかし、やけに陽気だ。
「気づいたのは、ほんのさっき。先生が残してくれたメッセージでね」
先生のメッセージが入った石を、カチャカチャとビートルにアピールする。
時は、先生のメッセージを聞いていた十数分前に遡る。
「ロイゼ君の母親が話してくれた情報を伝えます。時間があまり無いので簡潔に」
「実はロイゼ君、自宅にいるそうです。ただ、意識はないようで、ずっと眠ってると言っていました」
「え?」
耳を疑う情報が入り、思わず口が開いた。
失踪とこの魔術、てっきりロイゼが何かしていると思っていたが、違ったのか。
しかし、ロイゼも今のこの生徒達と同じ状況という事か。しかも、何日も前から。
「それから、母親の暴走について」
「これは、ロイゼ君が意識を失ったのとほぼ同時だと、私は思っています」
不可解な先生の物言いに、首を傾げた。
思っている?確証がない情報なのか。
「母親本人はほとんどうろ覚えだそうですが、一つだけ分かっている事があると」
石を持つ手が、微かに震えた。
「ロイゼ君のお友達、ビートル君が家に来てから記憶がなくなったと、言っています」
ビートル……ロイゼを取り巻いてた一人か。
意外な人選に、眉間に皺がよる。
「教員の立場としては、生徒はあまり疑いたくないのですが……もし私に何かあれば、ビートル君をあたってみてください」
皆と同じように意識を失っているビートルに視線を向ける。
じゃああそこにいるのは……そうか、分身の魔術。
近づき、軽く肩に触れると、煙を掴んだような感覚と共に、ビートルの分身は姿を消した。
そういう事か。
それじゃあ、この魔術を発動しているのは――
そして、校舎裏の広場に時は進む。
「先生のメッセージに足元を掬われたな」
妙だとは思っていた。先生がロイゼ探索に連日魔術を使っていたとはいえ、流石に疲れすぎていた。
近くにこの魔術を発動している者がいたとしたら、先生をターゲットにして生命力を吸っていた、と考えられる。
「はぁ〜」
真相を知ったビートルは、怒るでも、泣くでもなく、肩を落とし落胆した。
「ロイゼ君のお母さんねぇ、いやーミスったなぁ」
頭をポリポリとかき、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「力を貰ってから初の実戦だったから、加減がわかんなくてさぁ」
落胆していたと思ったら、ケタケタと乾いた笑いで天を仰ぎ見る。
「力……やっぱり、それは自分の力じゃないんだな」
という事は、やはり魔王は既に復活して――
「はぁ??」
片眉を上げ、目元はピクピクと、明らかにストレスを感じている表情をこちらに向けた。
「これはぁ……俺の力だ!俺が!神に!選ばれた結果だ!」
自身の胸をバンバンと叩きながら、激しく主張を続ける。
「この魔術はぁ、神が俺を認めた証なんだぁ」
恍惚と手を広げ、まるで神からの加護を一身に受けている、と大袈裟に表現しているように思えた。
この歳で、ここまで自分を特別視するか……
「残念だけど、それは神の力じゃない。魔王がお前に与えた力だよ」
「は?」
ようやく人間らしい、年相応の反応をしたな。
ビートルは目を見開き、口をポカンと開けたまま硬直した。
「魔王のやる手だよ。人の心につけ込んで翻弄し、多くの人間を巻き込み、最後はそいつもろとも死だ」
大勢の者が、魔王の手によって殺された。だが同時に、人間の手によっても数多くの犠牲を出した。
「……」
ビートルは黙っていた。直立したまま固まり、プルプルと震え出した。
「ぷっ!アッハハははは!!」
お腹を抱えながら、大袈裟すぎる程の大きな笑い声を上げ、周りに響き渡らせた。
一通り笑い終えると、ため息を吐き、また動きを止めた。
「俺こんな奴に負けたのかよ。マジ、人生の汚点だわ」
ドクンッと、地面が胎動したかのように、大きく揺れ動く。それと同時に、ビートルの身体が徐々に、歪な形へと変貌していく。
身体の指先から、毛が逆立っていくような感覚を覚え、空気が肌に触れピクリと動く。
「ま、いいや。お前を殺セバ、全部チャラだ――」
『魔術・他人の命は俺の物』
みるみる変容を遂げたビートルの身体は、肉の塊が口以外を覆い、元の大きさの五倍程デカい巨体へと変貌した。
「ハハッ、すげぇ……これが俺?」
自身の身体を舐め回すように見つめる。
指を動かし、足を動かし、まるで動作確認をするかの如く、身体を動かす。
「随分と、魔物らしくなったな、ビートル」
ポケットに入っている空気砲を取り――
「――っ!」
ドゴォというデカい音と、右耳に響き続けるキーンという耳鳴りが、僕がギリギリ攻撃をかわせたという事実を、後から知らせてくれた。
眼前には、数秒前まで立っていた、ほんの数センチ先が、ビートルの長く大人一人を容易く掴み込めるほど大きく、歪な左手によって、地面に亀裂を作っていた。
「あー、勝手に左手が動いたわ。悪い悪い」
わざとではない、と言わんばかりのニヤけた口元をこちらに向けた。
ポケットに入っていた、武器を右手で構え、左手で支える。
「まだ、そんなおもちゃ持ってんのかよ」
「前とは違うよ――『魔術道具・圧縮空気砲』!」
ドンッ!
ビリビリと骨まで届く振動に奥歯を噛み締めつつ、ビートルの命中箇所を確認した。
「――痛ってぇぇ!!」
当たったのは――右肩、頭から少しずれたか。
ビートルの右肩は、ボコっと大きくへこみ、それを和らげるかのように左手でさすっていた。
「てっめぇ……!コロスッ!」
そういうと、両腕を天にかがけ、ボコボコと形を大きくしていった。
身体の三倍ほど膨れ上がった腕は、ここら一体の家よりも大きく、陽の光を遮った。
この大きさ――ダメだ、無傷では避けきれない!
「ぺちゃんこに潰れろォォォ」
ゆっくりと、視界が大きな手で覆われていく。
このデカさじゃ空気砲を撃っても止まらない、走っても間に合わない……
「それなら――!!」
身体の力を目一杯抜き、絹のように軽く飛んだ。
視界がぐるっと動き、身体は真横を向けて、両手で構える――
「『圧縮空気砲』!」
ドンッ!と、撃った反動をあえて殺さず、後ろに思いきり引かれたかのように、ゴロゴロと転がった。
「っ!」
視界が三百六十度回転し、全身を地面にうち続け、気持ち悪さとズキズキとした痛みが身体を襲った。
なんとか、腕から逃れられた……頭痛っ
痛む頭を抑えつつ、状況がどうなったかを確認する。
ビートルの腕は、建物を半壊させつつ、地面へと振り下ろされていた。
「ハァ……ハァ……これで、あの石ころも」
腕の形がぐにゃぐにゃと、別の生き物のように変形し、徐々に小さくなっていく。
「当たってないよ、少し掠っただけ」
「!」
息を切らしているビートルが、横から出てきた僕に視線を合わせた。
口が開いていたが、ガチンと歯を食いしばった。
「なんで当たってネェんだよ!確実ニ潰シタ!」
身体をボコボコと変形をさせようとするも、上手く出来ずに、手をもて合わせていた。
残念だが、ビートル……
「ビートル、お前、その魔術を知ってるのか」
「あぁ!?」
自分の問いが返ってこなかった事により、歯軋りが更に増し、ギリギリと音を立てた。
僕はこの魔術がいかに残忍であるか、それをビートルに話さなければいけない。
軽く深呼吸をし、再度ビートルに向き合った。




