.14 違和感の正体
ロイゼの母と呼ばれる人物は、僕が寝ていた寝室の隣の部屋で、僕と同様寝かされていた。
拘束の魔術は使われているが、スヤスヤと寝息をたて眠っている。そして何より――
「目……元に戻ってますね」
異様ともとれたあの目。昆虫のような、別の生物を想起させる目は見られず、凛々しい女性の顔がそこにはあった。
「先生が治したんですか?」
一緒に様子を見にきていた先生に聞く。先生は首を横に振り、経緯を話し始めた。
「いえ、私ではありません。セージ君が彼女を気絶させた後、お二人を運ぼうとした時には、既に顔が戻っていました」
「そこで、何処かで見た顔だと思い出してみたら、ロイゼ君の母親だった、というわけです」
その後先生は、軽く一息つき、グラスに入っている飲み物をゴクリと飲んだ。
その話を聞き、この女性が呟いていた言葉を思い出す。
――ロ、イ――ゼ――
母親だったら、ロイゼの事を知っているのは当然か……
ロイゼ失踪の手がかりを持つかもしれない唯一の人。できれば話を聞きたいところだが……
「セージ君。今日はもう遅いので、自宅まで送ります」
「え」
意識に反して、声が出てしまった。
先生の方を見ると、既に外出する準備が完了していた。
「でも、この人が起きたらロイゼの情報を聞かないと」
「それは私の仕事です」
コツコツと靴の音を響かせ、先生がこちらに歩いてくる。やがて、僕に目線を合わせ、先生の手が肩に触れる。
「これ以上、君を危険に巻き込むわけにはいかない」
「でも、先生を助けられました。僕がいた方が戦えると思います」
肩に触れていた手に、力が入った。
「……確かに、君に助けられたのは事実です。ですが、君が傷ついたのも事実です」
「それは……」
言葉が出てこなかった。言いたい事はあるのに、喉がつっかえて、言葉を出させないようにしていた。
「これ以上は、君を守れないかもしれない。もし君が死んだら、私は親御さんに合わせる顔がありません」
気がつくと、先生の手は震えていた。
子どもの姿になって初めて、"生きづらい"、と思った。大人が誰でも、父や母のように僕の意志を尊重してくれるわけではない、とこの時分かったから。
「だから、お願いします」
先生の琥珀色の目にも、僕と同じように強い意志が宿っている、そう見えた。
「わかりました……」
そう、言うしかなかった。
襲撃を受けた日、先生の言いつけ通り僕は自宅へ戻り、夜を明かした。
帰宅後、母が叱りつけてきたが、先生が上手く言い訳をしたおかげで、お咎めは特になかった。
その翌日、僕は校舎へと向かい歩いていた。
最近、毎日通るこの道。サルビアとも一緒に来た事があるこの道は、食べ物や道具、どれも見たことのない物で溢れ、自然と足取りが軽やかになる。
「?」
だが、今日はその活気が少なく感じる。心なしか一通りも少なく、僕の足音が鮮明に聞こえるくらいには、周りは静かだった。
「こんな日もあるか」
昨日の今日で、疑心暗鬼になっているな。
深く考える事はせず、僕の足は校舎へと歩き続けた。
「おはよう……セージ君」
教室に向かう途中、後ろからサルビアの声が聞こえてきた。
「おはよう……サルビア?」
歩いていた足を止め、振り返り挨拶をしようとしたところ、サルビアの様子が、どこかおかしかった。
頬は少しコケ、目にはうっすらと隈ができている。明らかに、いつものサルビアじゃない。
「元気がなさそうだけど、大丈夫?」
ぼーっと空中を見つめたまま、反応が無い。
肩をポンっと軽く叩き、意識をこちらに向けさせる。
「あ……!ごめん、ぼーっとしてた……」
そう言いつつも、未だに意識はこちらに向いていないように感じた。
「とりあえず、教室に行こう」
サルビアを教室まで導きつつ、違和感を覚える。
教室に着き扉を開けると、いつもよりどんよりと、ジメジメとした空気が蔓延していた。
他の子達に視線をやると、サルビアと同様の症状で溢れている。
なんだよこれ、皆んなどうしたんだ――?
普段と様子の違う道、サルビアや他の子達のこの症状。なにか関係があるのか……?
サルビアを席に座らせ、僕も自席へと着く。
続々と来る子達も、皆同じようにうわの空のような形で教室に入ってきた。
――うわの空?
そう言えば、昨日戦ったロイゼの母親も、戦いながらうわ言を言っていた。
疑念や違和感が、少しずつ確信へと変わっていく。
ロイゼ以外の全ての生徒が揃ったのに、誰一人として会話せず、シーンっと静まりかえった教室は、居心地の悪い異様な空間へと変容を遂げていた。
ガチャリ、とドアが開き先生が入ってくるが――
昨日とは比べ物にならないほどやつれ、目の隈にくっきりと黒い影を落としていた。
「先生!?一体何が――」
バタンッ
大きな音を立て、目の前で倒れた。
人が倒れたと言うのに、教室の子どもは誰一人騒がず、依然静まり返っていた。
駆け足で先生の元へ近づき、肌に触れる。ヒンヤリと冷たく、とても人の体温とは思えなかった。
顔色も白く、唇は青紫色に変色している……
なんなんだ……これじゃまるで魂が抜けたような――
「あ」
嫌な予感が身体を支配し、硬直させた。
昔、魔術師時代に同じような人達を見た事があった。
その魔術は、人の生命力を吸い取り衰弱させ、何も身動きが出来なかった状態で、ジワジワと殺されていた。
人類が、およそ一割、この魔術によって殺された。
アイツが使っていた――
――魔王の魔術ッ!
それしか考えられない。けど、なんで僕には魔術が効かないんだ?いや、それよりも、もしかして……
まさか、もう、魔王は復活しているのか……?
額から流れる汗が、地面へぽたりと流れ落ちる。
今、この現状をどうにかしなければいけない。分かってはいても、萎縮した僕の小さな身体は、その場に立ち尽くす事しか出来なかった。




