.13 魔術道具・圧縮空気砲
『魔術道具・圧縮空気砲』は、空気を圧縮、球状にして放出する魔術道具だ。
ロイゼに使用していた道具は、あくまで空気の発散を少し強化した物。殺傷能力が無いのは今回も同じだが、圧縮した分威力は大幅に上がった。
ドンッ!
骨まで響く振動が、身体全体を揺らす。撃った反動で、肉体がピキピキと脈打ち、構えた状態でその場に留まる事を強制される。
想像以上の反動だ……だが――当たったな!
「あ……アがッ」
撃たれた本人は、後ろから引っ張られたかの如く飛ばされ、命中した腹部を押さえ、悶絶していた。
身体の反動にようやく慣れ始め、軽く動かせる様になったタイミングで、深く呼吸をする。
キーンとした耳と、脈打つ心臓を落ち着かせ、ゆっくりと歩を進める。
「油断しないで下さい……!セージ君!」
僕の背後から、先生の焦燥と不安を含む声色が、背中を後押しする。
わかってます。拘束魔術を素の力だけで壊した人だ。不用意に近づいたりはしない……大体、このくらいか。
大人でも五歩は歩かないと届かないであろう距離、軋む右腕を左手で支えながら再度、武器を構える。
唾液が喉を通り、額に汗がジワリと滲む。
「先生、怪我は大丈夫ですか」
視線は常にヤツを見続け、声だけを後ろに届かせる。不審な動きをしたら即、撃てるように。
「ええ、お陰で治療できました」
「では拘束魔術の準備を」
さっきから、動きはおろか、唸り声すらない。投げ捨てられた人形が横たわっていると思うほど、人の動きを感じられない。
それでも、意識はあるはずだ。
フーと息を吐き出し、構えている右腕をゆっくりと上へ、狙うは――
「!!」
――僕の視界がヤツの顔で埋まった
瞬きの、一瞬視界が暗くなった隙に、ヤツは五歩分の距離を詰め、呼吸すら感じられるほど近くに迫られた。
「――っ!」
構えていた右腕に力を入れ、魔術道具の発動を――
する間を与えず、ヤツの振りかざした右腕が、僕の肋骨、肺へと衝撃を加える。
「がはっ……!」
ズキズキとした痛みと、逆流した血液が口内を暴れ、口から溢れ出た。景色がグラリと揺れ動く。
だが――黒皮を纏う獣ほどじゃない――!!
そのままの状態で、ヤツの右腕を自分の左腕でガシりと掴み、目一杯引っ張る。
これで……逃げられないだろッ!
「あアァァワワタァししぃィ!!!」
奇声を上げながらジタバタするが、ほんの一瞬、この均衡状態を保つ事に成功する。
力比べじゃ子どもの僕は勝てない!
だからここで!
「セ……セージ君!!」
「先"ッ生"!ごうぞぐッ!」
力みと叫びによって、喉元が熱くなり、息苦しさが重なって口から血が漏れ出る。
「……!『魔術・強固な縛り』」
視界がぼやけていたが、確かに、詠唱が聞こえた。
拘束の魔術は、僕の左腕とヤツの右腕をがっしりと繋いだ。
これで……もう掴む必要はない
左腕の力が緩み、体勢が崩れかける。視界の隅がチカチカと弾けるが……まだだ。
足に力を入れ、右腕だけで武器を構える。
残っている神経を右腕に集中させ、力を込める。
ヤツとの距離がほぼゼロ距離で、確実に意識を奪える場所、それは――
「頭ァ!!」
ドンッ!
右肩からポコっという音も鳴り、腕の力が無くなる。カランッと持っていた武器が地面に落ち、鋭い痛みが腕全体を襲う。
だが、脳天に当てることに成功した。
ヤツが後ろ側へ倒れるのを阻止しようとしたが、力も感覚も無くなった今、引っ張られる形で倒れるしかできなかった。
「セー……ジ君……!」
視界に入っているのに、先生の声が遠く聞こえる。瞼が重く、徐々に暗闇が広がっていくが、止められない。
前にも、こんな事があったような……
そんな事を思いながら、僕は意識の濁流へと飲み込まれていった。
目の前は真っ暗で、指先だけが感覚を持っている。身体は動かない、けど不思議と暖かい。何かに包まれているような温もり。
身体の細部まで血の巡りを感じ、次第に力が入っていく。どうやら、目を閉じているようだ。
瞼を開け、広がった視界に見えたものは、知らない天井だった。
「良かったセージ君、起きましたか」
左側から聞き慣れた声が。視線を向けると、先生が座っていた。
先の戦いで出した胃液の影響か、喉に少し違和感を覚えたが、声を出した。
「ここは……?」
「私の自宅です。傷を治す為にここに運びました」
布団から腕を出すと、包帯が軽く巻かれていた。感覚も戻り、痛みも引いていた。
「まずは謝罪を。君を守れず、すみませんでした」
深々とお辞儀をする先生。硬く握られた拳が少し、震えていた。
上半身を起こし、先生へと向き合う。
「気にしないで下さい。元々は、僕が無理矢理着いて行ったようなものですから」
「いや、教員として、大人として、君に傷を負わせた事は私の落ち度です」
先生の声は震えていた。顔は見えないが、声色だけで、後悔しているのがわかった。
「確かに傷は負いましたが、こうして治してくれましたし。それに、先生に助けて貰わなかったらどうなってたか」
慰めというよりは、単なる事実を伝えた。実際、拘束が解けた際助けてもらわなかったら、傷はさらに深くなってたと思う。
「しんみりとした先生より、明るい方が似合ってますよ」
今、僕が出来る精一杯の慰めは、こんなところだろうか。
「……そう言って貰えると、助かります」
顔を上げた先生は、少しだけ明るさが戻っていた。
良し、ではここからが本題だ。
「それで、先生。拘束したヤツは……」
辺りを見回しても、それらしい人物はいなかった。小洒落に並べられた家具、それと大きな本棚しかこの部屋には無かった。
「勿論、連れてきてあります。ただ……」
先生の顔は、先程とはまた違った暗さをおびだした。口元は動いているが、言葉は出そうにない。
少しの沈黙の後、口を開いた。とても、言いづらそうに。
「実は、伝えなければいけない事があります」
「拘束した彼女ですが、実は私、知っていたんです」
「彼女?」
戦っている最中は、暗くて周りはよく見えなかったし、あの異質な目に気を取られて、容姿を気にする暇はなかった。
「ええ……それで、その彼女の正体というのが……」
生唾をゴクリと飲み込む音がした。
「ロイゼ君の、母親なんです」




