.10 少女の告白
少し前に、私はかいぶつに襲われた。それまでのことはよく覚えてないけど、それからのことはよく覚えてる。
ただひたすら、怖かった。大きな声を出して、でも怖くて、何も出来なくて。気づいたら――男の子がそばにいた。
あの時の、あの男の子の顔を、忘れたことはない。
怖くて動けなかった私を引っ張ってくれたこと、涙を拭いてくれたこと、私は忘れない。
足が痛くなるほど走った。男の子との約束だったから、大人の人を探した。
走って、走って、走って、息をするのが辛くなって、でも走った。
けど――大人の人は見つからなかった。
その後は、ママとパパにいっぱい怒られた。怒ってたけど、二人とも泣いてた。私もいっぱい泣いた。
そんなことがあってから、私は森に近づくことができなくなった。
そのあとすぐ、森で男の子がボロボロになって見つかったというのを聞いた。
胸が痛くなって、苦しくなった。助けてくれた男の子との約束を、守れなかった。
男の子に謝りたかった、約束守れなくてごめんって。伝えたかった、助けてくれてありがとうって。
でも、会ったらきっと嫌われる。
いつの間にか、魔力というのが私に出てきた。髪の色も、気づかないうちに薄いオレンジ色へと変わってた。
これなら、あの男の子にもバレないかな。
ママとパパが知らない人と話してて、私もその人の話を聞いてた。魔術?とか専門?とかよく分からなかったけど、ママとパパが喜んでたから、私も嬉しかった。
パパが森に行っても良いと言ってきた。なんで?と聞いたら、かいぶつが倒されたからと言っていた。
倒したのは、私と同い年の子と聞いた。私を助けてくれた男の子だと思った。
男の子が校舎に入ってくることは知ってた。だって、私が住んでる【ニューエイラ】では、男の子の噂を聞かないことはないから。
会って話がしたかった。けど、会いたいと思うと胸が痛くなって、涙が出てきた。
校舎に入ると、男の子がいた。助けてくれた時と変わらない顔をしていた。
私は少し、変わってた。髪の毛とか…でも、もしかしたら、男の子が気づいて話しかけてくるかも。その時あやまろう。その時ありがとうって伝えよう。
「これ、落としたよ」
男の子から話しかけてきた。いや、名前はもう知ってるんだ。セージ君。
セージ君は私って気づいてるのかな?怒ってないかな?嫌ってないかな。
あれからセージ君は、何も言ってこない。セージ君は多分、私って気づいてない。
それなら、もう何も言わなくて良いんじゃないかな。このまま気づかれず、何もしなければ、良いんじゃないかな……
「嘘つくんじゃねーよ」
ロイゼ君達が、セージ君に何かいっぱい言ってる。
きっと、噂のことを言われてるんだ。
セージ君は、嘘をついてない。だって…だってセージ君は、私を助けてくれた――
バンッ!
気づいたら、机を叩いて立っていた。手が少しだけ痛い。けど、言わないと。
「セージ君は…そんなこと、しない」
心臓がバクバクする。上手く、声が出せない。いっぱい、見られてる。
「な、なんだよお前!」
「そうだそうだ!」
言いたいことがまとまらない。だけど、セージ君は嘘をつくような子じゃない。
「ロイゼ君は、セージ君の、何を知ってるの…?」
「はぁ!?」
私は知ってる。セージ君の優しさを。助けてくれた、強さを。
でも、ダメだ。涙で前が見えない。ありがとうも、ごめんねも伝えられてないのに、私は――
「ロイゼ、僕が魔物を倒した証明をしてやる。明日、校舎裏の広場である物を見せてやる」
セージ君を庇ったつもりなのに、私が庇われた。また、セージ君に守ってもらった。何をやってるの、私は。
今日、ちゃんと言おう。ここに残って、セージ君にちゃんと伝えよう。
「あの、さっきはありがとう。庇ってくれて」
違うよ。庇ってくれたのは、セージ君だよ。今も、あの時も――
涙がいっぱい出てくる。辛くて苦しくて、言いたいこといっぱいあるのに、声が出ない。
「ど、どうしたの?」
もう、セージ君を困らせたくないのに。
「……さい」
「ん?」
「ごめんなさい……」
「え」
また、私は逃げ出した。
次の日になって、いつも通り校舎に行った。セージ君に、どんな顔をして良いか分からなかったから、なるべく見ないようにした。
魔術の実戦があったけど、セージ君とは離れられたから、気持ちが少し落ち着いた。
これじゃ駄目だって、わかってる。
「ロイゼ君すげー!もう魔術覚えたんだ!」
「へへ!これで今日、アイツ泣かしてやろーぜ!」
ロイゼ君達が、またセージ君に何かするつもりだ。止めないと、でもどうやって……
そう言えば昨日、校舎裏がとうとかって言ってた。そこに行けば、セージ君はいるかな…言わないと。
校舎裏の広場に着いて、凄いものを見た。ロイゼ君達が、何か風?のようなもので転ばされてる。
「くっ!」
「うわっ!」
やっぱり、セージ君は凄い。私が言わなくても、大丈夫だった。
「う……お、覚えてろよ!インチキヤロー!!」
私も、もう帰ろう。私はセージ君のこと、助けることも出来ないんだ。
「君も来てたんだ」
セージ君の声が、私の胸を締め付けた。あの痛みが、また心をいっぱいにした。
「あ、あの、その…」
昔のこと、言わないと。いや、その前に昨日こと、泣いちゃったこと、あやまらないと。
「そう言えばさ、聞きたい事があったんだ」
「え?」
「昨日、どうして泣いてたの?」
それは、私が弱くて、言いたいことが言えなくて、それで……
「あれから色々考えてさ、もし僕が何か悪い事をしたなら謝りたいと思って…」
「ち、違うよ!セージ君のせいじゃない!その、私が…」
胸が、痛い。心が痛い。セージ君に、嫌われたくない……
「ごめんなさい……」
また逃げ――
「待って!サルビア!」
「!……私の、名前…」
セージ君、覚えてて、くれたんだ。
「同じ先生の授業を受けてるんだ、知ってて当然だよ」
「無理に聞くつもりは無かったんだ、ごめん。嫌だったら言わなくて良い」
どうして、そんなに優しくしてくれるの?私のこと知ったら、きっとそんな優しくできないよ。
「それじゃあ、また明日」
それでも、セージ君が名前を呼んでくれて、嬉しかったんだ。また、呼んでほしい。だから――
「待って!セージ君」
今なら、伝えられると思う。
「セージ君に、伝えたいことがあるの」
私は全部、セージ君に話した。あの時かいぶつから助けてもらったこと、大人の人を呼べなかったこと。
涙が溢れて上手く話せない。けど、ようやく、伝えられる――
「セージ君っ……約束、守れなくてごめんっ……あの時助けてくれて…ありがとう……」
やっと、言えた。ずっと苦しかった。ずっと胸が痛かった。泣いても泣いても、涙が止まらない。
「うん。サルビアが無事で良かったよ」
セージ君はまた、あの時のように涙を拭いてくれた。あの時と変わらない顔で、優しく。
「嫌いに…ならないの…?」
「ならないよ」
「むしろ…仲良くなりたい」
胸の痛みが、スッと無くなっていく。心が、軽くなる。私も、もっとセージ君と仲良くなりたい。
「そろそろ時間だ」
話が終わった時、ようやく、セージ君を真っ直ぐ見つめることができた。
「サルビア」
「また明日」
「うん…!また明日!」
これから色んなお話をしよう。色んなところに一緒に出かけよう。そしたら、また、私の名前を呼んでほしいな。




