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第四話 崩れる型

霧は、一定の高さで留まっていた。

腰から上だけが白い。

足元が見えない。

距離を測る基準が、消える。

隊は自然に近づく。

近づかないと、互いが見えない。

それが、最初の誤りだった。

音がする。

右か、左か、わからない。

「来る」

誰かが言う。

根拠はない。

斧が飛ぶ。

音が、霧に吸われる。

当たったのか、外れたのか、判断できない。

敵は止まらない。

短槍が前に出る。

だが、距離が半拍ズレる。

空を突く。

霧の中から、影が現れる。

近い。

「近い」

声が重なる。

下がろうとして、足を取られる。

ぬかるみ。

踏んだ瞬間、わかる。

一人が体勢を崩す。

それだけで、配置が壊れる。

斧を投げた者が、思わず前に出る。

回収ではない。

庇いだ。

「違う」

声が出るが、届かない。

影が、さらに増える。

数が、わからない。

短槍が折れる。

乾いた音。

そこで初めて、剣が抜かれる。

遅いが、仕方がない。

斬る。

深くない。

だが、距離が近すぎる。

風走り隊は、近接戦を前提にしていない。

勝てないわけじゃない。

ただ、得意じゃない。

霧の中、誰がどこにいるかわからない。

声も、方向を失う。

「散れ!」

はっきりした命令。

この隊では、珍しい。

隊は崩れる。

だが、逃げない。

それぞれが、

それぞれの距離を探す。

斧はもう投げない。

短槍も頼れない。

剣で、押し返すだけ。

長くは続かない。

続ければ、死ぬ。

霧が薄れ始めた頃、

敵は引いた。

理由はわからない。

ただ、去った。

その場に残ったのは、

崩れた配置と、

折れた武器と、

沈黙だけだった。

しばらくして、誰かが言う。

「距離を、信じすぎた」

否定は出ない。

「霧の中でも、距離はある」

「でも、見えなかった」

その言葉が、残る。

風走り隊は、

正しい型を持っている。

だが、正しい型は、

いつも使えるわけじゃない。

それを、全員が知った。


霧が完全に晴れたあと、

隊は一度だけ、円を作った。

円と言っても、間は空いている。

密集しないのは癖だ。

折れた短槍が地面に置かれる。

斧は揃っていない。

「今日は、教本どおりじゃなかった」

誰かが言う。

「教本は、霧を想定してない」

「想定してない状況で、どう動くかは?」

しばらく、答えは出ない。

遠くで、風が音を立てる。

平地の風とは違う。

重い。

「判断は、残った」

その言葉に、何人かが頷く。

「でも、隊としての判断は、遅れた」

否定はない。

「次は、もっと広い戦場になる」

根拠のない言葉だ。

だが、誰も笑わない。

「数も、地形も、今日とは違う」

「それでも、同じ型で行くか?」

答えは出ない。

ただ、一つだけ決まる。

「次は、分かれるかもしれない」

隊列を、ではない。

考え方を、だ。

誰も反論しない。

風走り隊は、

同じ思想を持つ。

だが、

同じ戦い方であり続ける義務はない。

そのことを、

全員が初めて意識した。

そして隊は、

何も決めないまま、歩き出す。

次の戦場へ。

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