第二話 役割に入る
谷は狭く、音が溜まる。
足音が重なれば、それだけで位置が割れる。
前には出ない。
斧を投げる者は、半歩後ろにいる。
敵が現れる前から、配置は決まっていた。
誰が前を塞ぎ、誰が横を見るか。
誰が投げ、誰が拾うか。
合図はない。
視線も交わさない。
一人が踏み込むと、別の一人が下がる。
距離は、常に一定に保たれている。
敵が突っ込んでくる。
数が多い。
最初の斧が飛ぶ。
当たらない。
だが、それでいい。
敵の足が止まった瞬間、短槍が前に出る。
盾はない。
代わりに、横からの圧がある。
斧を投げた者は、その間、何もしない。
剣も抜かない。
「今、前出るな」
声は低い。
命令ではない。
確認に近い。
「わかってる」
答えは短い。
一人が倒れる。
すぐ次が来る。
斧が返ってくる。
今度は投げない。
間合いが詰まりすぎている。
短槍が支え、別の者が横を取る。
斧を持つ者は、半歩だけ前に出る。
切らない。
叩く。
敵が崩れた瞬間、全体が動く。
一気にではない。
ずれるように、流れる。
戦いは長くならない。
長引かせないように組まれている。
谷を抜けたあと、誰かが言う。
「前に出たら、回収できなかったな」
「出なかったから、生きてる」
それ以上、話は続かない。
風走り隊では、
役割は誇りじゃない。
配置だ。
配置を守れる者だけが、
次の距離を測れる。
谷を抜け切る前、風が止んだ。
音が、消える。
それが合図だった。
上から来る。
誰かが気づくのが、半拍遅れた。
斧が飛ぶ。
当たらない。
敵は落ちない。
岩にしがみついたまま、距離を詰めてくる。
短槍が前に出るが、角度が悪い。
突けない。
「回収、まだか」
斧を投げた者は、動けない。
前に出れば、配置が崩れる。
その一瞬の躊躇を、敵は見逃さない。
石が飛ぶ。
肩をかすめる。
一人がよろける。
足場が崩れる。
誰かが、無意識に前へ出た。
「違う」
声が出る。
だが、もう遅い。
斧が拾えない。
距離が詰まりすぎている。
短槍が折れる。
完全ではないが、使えない。
そこで初めて、剣が抜かれた。
一閃。
強引な突破。
敵は下がる。
谷に音が戻る。
しばらく、誰も動かなかった。
「斧、回収できなかったな」
「距離を信じすぎた」
言い訳は出ない。
ただ、配置が一つ崩れただけだ。
その後、隊は進む。
一人、武器を失ったまま。
風走りは、失敗を隠さない。
次の距離を測るために、
失ったまま、進む。




