第1話 棄てられた赤子
――冷たい音がする。
目を開けると、そこは真っ白な部屋だった。
鉄と魔力が混ざったような匂い。光の紋章が床一面に描かれている。
そして、見下ろす何人もの影。白衣の者たちが、無表情にこちらを見つめていた。
(……ここ、どこだ?)
思考が混乱していた。
いや――そもそも、身体の感覚がない。声も出ない。
代わりに、小さな手が宙を掴もうとして震えた。
その瞬間、理解した。
(俺……赤ん坊になってる?)
直前の記憶が、脳裏をよぎる。
信号機、雨、ブレーキ音――そして、トラックのライト。
確かに、俺は轢かれた。
死んだはずの俺が今、生まれ変わっている。
(転生……本当に、あるんだな)
「対象個体7、生命反応安定。儀式工程、続行します」
機械的な声が響く。
天井には魔法陣のような紋様が浮かび、七つの水晶が淡く光っていた。
周囲には、俺以外にも赤子が六人――すべて同じような台座の上に寝かされている。
そして中央に立つ、金髪の神官が宣言した。
「神の加護なき時代に、人の手で勇者を創る――。
今宵、“光の胎”がその幕を開ける」
その声を聞いた瞬間、背筋に冷たいものが走った。
勇者を“創る”? 人工的に?
やがて、赤子一人ひとりの額に魔法陣が刻まれ、光が注がれていく。
苦しげな泣き声が響く中、研究者たちは冷静に観察を続ける。
「コード1、安定。加護値135%」
「コード2、成功。聖属性確認」
「コード3、覚醒値低め、再調整」
そして――俺の番が来た。
「対象個体7、開始」
光が走る。全身が灼けるように熱い。
だが、次の瞬間――。
「……え?」
光が、消えた。
魔法陣が煙を上げて弾け、測定水晶が黒く砕け散る。
「記録不能。……スキル反応、ゼロです!」
「ゼロ……? 加護拒絶反応か?」
「あり得ない。神経結合が拒絶を――いや、コードそのものを食っている……!」
研究員たちがざわつく。
その中で、金髪の神官が冷たく言い放った。
「失敗体だ。廃棄しろ。」
翌日。
俺は古びた布に包まれ、森の奥に運ばれた。
抱えていた男の腕が震えているのがわかる。
研究員の一人だ。彼は小声でつぶやいた。
「……すまない。命令なんだ。俺にはどうにもできない……」
言い訳のような声を残し、彼は去った。
木々のざわめき、夜の冷気、虫の羽音。
全てが遠くなっていく。
まだ満足に呼吸もできない身体が、寒さに耐えられない。
(……ああ、また……死ぬのか)
遠くで、竜のような咆哮が聞こえた。
空が赤く染まり、風が渦を巻く。
その中から――影が降り立った。
黒い外套、燃える紅眼。
人間には見えない、圧倒的な存在感。
「……ほう。これはまた、珍しいものだな」
その声は低く、地の底から響くようだった。
男――いや、“何か”が、俺を抱き上げる。
「神の印を持ちながら、神の加護を拒む……まるで虚無そのもの。
貴様、面白い。」
その口元に、微かな笑みが浮かんだ。
「名を与えよう。今日からお前は――レオン・アークライトだ。
我が子として、生きよ。」
紅の瞳が夜空を照らす。
その瞬間、俺の小さな胸の奥で、何かが脈動した。
黒と金の光が交わり、
世界の理を嘲笑うように、ひとつの“バグ”が芽生えた。




