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夏の日、ズボラガールを破壊する。  作者: 北岡涼平
夏の日、ズボラガールを破壊する。
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アンチテーゼ・ジャンクガール(5)

「っふう……んん、思ったより疲れるのね」


 マイクをテーブルに置き、ソファに背中を預ける美琴。

 一曲歌い上げ、呼吸を整えながら、ミルクティーをストローでずずず、と吸い上げる。


「正しい呼吸法で、強弱なんかも意識しながら考えて歌ったら意外とそうなるもんだ。慣れてきたら、疲れも減ってくるけどな」

「しかしまあ、みんなあれだけ上手く歌うのにこんな努力してたのね……。カラオケってただの娯楽だと思ってたけど、奥が深くてびっくり」


 先ほどから、お腹に手を当てて、美琴は不器用に「あー、あー」と慣れない発声を繰り返している。安定しない「あー」を繰り返す美琴が何というか、ちょっと馬鹿っぽく見えて可笑しい。笑うと、きまって美琴は口を尖らせながら怒ってくる。


「笑ってないで教えてよ! ビブラートってどうやってかければいいの⁉ 声をわざと震わせるなんて絶対無理!」

「いやだからさ、あ~~、ってやればほら、震えるだろ?」

「あぁあぁあぁあぁあぁあぁ……って、笑うな!」

「ははははは。いや、うん、震えてるよ。いいじゃん、できてる」

「できてない!」


 美琴はぷんすか怒る。声の強弱で無理やりビブラートっぽい何かをやろうとしてるのが可愛らしい。


――僕らはe-styleという駅前のカラオケ店に来ている。近辺の学生からはイースタの愛称で親しまれている、滝川市の数少ない娯楽施設だ。


 それにしても……。


「お前って音痴だな」

「ぐさっ」


 相当堪えたんだろうな。心が折れる音を口で言っちゃうくらい、美琴は限界だった。

 声量自体はいい。音程もさほど悪くはないが、曲のテンポの掴み方がイマイチに感じる。詰め込まれた歌詞や、緩急の激しい曲が苦手なタイプの音痴。

 ぜひともボカロに挑戦してみて欲しいな。『アンノウン・マザーグース』とか。絶対笑い死ぬ自信あるわ。


「あー、もう私には無理なんだって。無理無理、やめる」


しかしそんな僕の思いはつゆ知らず、美琴はそう言ってごろんと、ついにはソファの上で寝そべってしまう。まじで行儀悪いからやめろ。


「なんだよだらしないな。まだ三曲目だろ」

「もう三曲目だよ。瑠衣さんみたいには歌えないな、やっぱり」


 課題曲として、テンポが遅く音程を取りやすい秦基博の『ひまわりの約束』を何曲も予約して、エンドレスひまわり地獄にしてやる予定だったが、四回目の『ひまわりの約束』がかかったところで「もうこのイントロいい! 一旦ストップ!」と美琴は演奏中止を押してしまう。その後に控えるひまわり軍団ももれなく予約取り消しされてしまった。


「ちょっと休憩させて」


 不機嫌そうに言って、美琴は顔をソファに沈める。

 予約した曲がなくなったことで、カラオケのモニターには最新の楽曲情報が流れ始めた。

アイドルや、ネットシンガーの情報……あ、あのバンドの新曲って今週リリースだっけ。

そんな感じにモニターをなんとなしに眺めていると、隣から美琴の声が聞えてくる。


「ねえ、なんか歌ってよ」

「なんかって、なんだよ」

「なんでもいい。瞬くんの歌、聴いてみたい」

「なんじゃそりゃ」


 まあ、僕もせっかくカラオケに来たなら何か歌っておきたいしな。

 美琴に促されるようにデンモクを手にして、何を歌おうか考えた。

 僕の好きな曲のジャンルは完全に偏っていて、基本的にはロックしか聴かない。

 そして今僕の頭の中には丁度『アンノウン・マザーグース』が浮かんでいる。


 ……じゃあ、ヒトリエでも歌うかぁ。


 僕は少しだけ選曲に悩んだのち、『風、花』を送信した。

 キャッチーなメロディだし、ミーハーな美琴でも楽しめるだろうと考えての選曲。

 軽快なサウンドが特徴的な、聴いていて楽しいお気に入りの一曲だ。

 演奏が開始されると、ミラーボールが作動し、部屋はたちまち色とりどりに彩られる。

 最初の歌い出しを歌い、間奏が始まると、美琴は「これ好きかも」と呟いた。

 そして、最後までしっかりと歌い上げると、楽しそうに拍手を贈ってくれる。


「おーー。やっぱ、上手いね瞬くん」

「それほどでもあるか」

「おい、謙遜せい」


 遠慮のない僕をジト目で見ながら、美琴は机に頬杖をついた。

 自慢したいわけでもないけど、本当のことだし……。美琴とは違ってね♡

 単純な僕は有頂天になる一方で、次に美琴を見ると、今度はわびしげな表情を浮かべていた。


「……でもさ、寂しい歌詞だよね」


 演奏の終わったモニターを遠くを見つめるようにぼんやりと眺めている。

 ミラーボールのギラギラとした光とは対照的で、そんな美琴がカラオケの密室から切り離されたみたいに、浮いて見えた。


「切なくていい歌詞だよな。でも優しさも感じられて、僕は好きだ」


 言うと、美琴は「私も好き」と相槌を打つ。

 やがてミラーボールの光が落ち着くと、二人の間にも一瞬の沈黙が訪れ、


「ねえ、みんなから嫌われても本当の私の味方でいてくれるって言ってくれたけどさ、」


 美琴が口を開く。


「うん?」

「もしも苦しくて、しんどいなってなったら……そのときも瞬くんは私のそばにいてくれる?」


 美琴のそんな問いに僕は思わず笑ってしまった。


「馬鹿だな、あたりまえだろ。友達なんだから」

「本音の私はね、たぶん瞬くんに迷惑かけるよ」


 いつになく弱弱しい美琴に、僕はマイクを差し出した。

 困惑しながらも、美琴はそれを受け取る。


「そういうときに寄り添ってくれるのが音楽なんだよ。今は歌おうぜ。なんのためにビブラートの練習したと思ってんだ。あ~~って楽しく歌えば、気持ちも自然と晴れてくるぞ。ほら、やってみろ」


 美琴はこくんと頷く。


「あぁあぁあぁあぁあぁあぁ‼」


 これこれ。僕が聴きたかったやつ。


「はははははは。こりゃいい、元気になれそうだ」

「笑うな‼」


 だって、下手くそなんだもん。ほんとに。


「瞬くんが元気になったって意味ないでしょ‼」


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