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夏の日、ズボラガールを破壊する。  作者: 北岡涼平
夏の日、ズボラガールを破壊する。
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アンチテーゼ・ジャンクガール(4)

 その後、二人で昼食を食べ終え音ホを後にした僕たち。隣を歩く美琴のスピードに合わせて自転車を押しながら、大学から駅までの道を共に進んで行く。


 これは美琴が周りを気にしなくなるための第一歩。

 男子と二人きりでいるところは、美琴からしたら絶対に見られたくないものだが、幸いにも滝川市やその周辺では人が少ないということもあり、ほとんど知り合いと出くわす心配はない。

 だからこそ、敏感になりすぎている美琴でも、それほど恐れずにこうして実行に移ることができた。


 しかし、それでも多少なりとも美琴の内心はドキドキしてしまうようで。

 先から僕の顔を見ては顔を真っ赤にして目を逸らされる。

 緊張しすぎだろ。美琴の挙動は恋する乙女のそれだ。


 空は青く澄み渡っていて高く、風が吹けば木々が葉を擦らせる音が繊細に聞こえてくる。

 二人の足音、自転車のチェーンが回る音、ときたま通り過ぎる車の走行音、そのどれもが何者にも邪魔されないほど辺りは静寂に満ちていて、前にも後ろにも、歩道を歩いているのは僕たち二人だけだった。


「ねぇ……やっぱり、まずかったかな? なんていうかその、私と仲がいいって広まったら、瞬くんまで顰蹙ひんしゅくを買っちゃうというか……」


 目線を忙しなく動かしながら美琴は言う。これだと挙動不審すぎて、かえって目立ってしまいそうだ。


「そんなにそわそわしなくても、そう簡単に知り合いに見られることはねえよ。田舎舐めんな」

「うう……。だよねぇ。わかってるけど、嫌だよ。これで私と瞬くんの間に何かあるって思われたらさ、芹江美琴ファンクラブの人たちが悲しんじゃうもん」


 芹江美琴ファンクラブなんてあんのかよ。すげえなお前。


「よくわかんねえけど、じゃあ仮にお前に気になる人ができたとして、それを素直に応援できない奴って本当にお前のこと好きじゃねえだろ」

「それは違うよ。失恋の痛みってもっとこう……引きずるものだから」

「それは……そうかもな」


 僕の考えはきっぱりと否定されてしまうが、言われてみれば確かに。思い当たる節は僕にもある。


「私が誰かの特別になっちゃったらさ、それはみんなを悲しませることになる。だから私は常に中立でいなきゃって思ってた。だけど……それだと私はいつまでも幸せにはなれない。それはおかしいって瞬くんの言いたいことも、わかる。へへ……ごめんね、辛気臭いこと言って。でも、難しいんだ」

「お前って奴は……どれだけお人好ひとよしなんだか。相手の気持ちがわかっても、そんなの知らねえ、私の幸せが一番だって、突っぱねられたらいいのに」

「突っぱねられるほど優先したい幸せが、今までなかっただけなんだよ。本当に優先したいものが見つかれば、きっと私は変われる、と思う」

「じゃあ、僕が見つけてやる。僕が美琴を幸せにする」


 言うと隣で美琴が笑った。


「何、告白?」

「うるせぇな。お前がお前らしく生きるためにって話だよ」

「見つけてくれるんだ?」


 ぷぷぷ、とまたしても笑う美琴。憎たらしい顔しやがって。


「とにかくな、受身じゃなくてもっとお前から誘ったっていいんだ。我がままのひとつくらい、言えた方がいい」


 ちょっとくらい我がままな女の子の方が可愛げがあるぞ、という想いも込めながら言った。

 隣の美琴は人差し指を顎の下に当てながら、「うーん」と唸る。


「じゃあさ、この後駅前のカラオケで歌教えてよ」


 意外な提案。確かに僕らはカラオケサークルだが……ほとんど幽霊部員な美琴の口から歌いたいと言われるとは思わなかった。


「珍しいな。お前が歌うなんて」

「んー、確かに私はみんなとカラオケ行っても聴き専だったけど。なんかさー、瑠衣さんの歌聴いてたらさ、歌いたくなったんだよ。急に」

「……瑠衣?」


 聞き馴染みのある名前に、僕は反射的に反応する。


「うん。私のことを誘ってくれた人。たまたま私と同じ学校だってのもあって、その流れでスカウトされたの」


 うちの学内で美琴を知らない奴はいないだろうしな。

 藁にも縋る思いだったのだろう。


「もしかして……この間の祭りで歌ってたりする?」

「あ~……確か、うん、歌うって言ってた気がするかも」


 やはりあの時の見向きもされない不憫なシンガーか。

 海馬の奥に残っているあの祭りの、あのステージの光景が鮮明に蘇ってくる。

 あの人とこいつが一緒に……。

 随分と突拍子のない話だが、美琴が嘘を言っているようにも思えない。

そもそも、先日祭りに僕が行っていたことを知らない美琴が彼女の名前を出した時点で、この話は本当だと信じるべきだ。

 ……偶然とは、恐ろしいものだな。


「まじか。今度紹介してよ」


 ぽろっと漏れた心の声に、美琴の視線が冷えていくのを感じる。


「え、何、狙ってんの?」

「い、いや、そうじゃないけど!」

「言われなくても今度紹介するつもりだったよ。てか、一緒に断るって話だったじゃん。あーあ、瞬くんのくだらない出会いに協力しちゃったなー」


 みっともなく声を上ずらせる僕を横目に、美琴は謎に悔しそうにしている。


「突然、歌手志望の人と知り合っちゃったからさ、歌に興味出てきたんだよね。だからさ、歌教えてよ」

「なるほどな。いいけど、それで三日坊主で終わる未来まで見えたぞ」

「失礼な。教えてもらうからには本気でやる」


 無気力だらだら女子の発言とは思えないな。それ本当か?

 この辺の美琴の言葉って大抵信用ならないんだよな。


「瞬くん、サークルの中でもかなり歌うまでしょ? だからさ、お願い」


 手のひらを合わせて首を傾げながら頼んでくる美琴。

 お前、その可愛さを計算してやってるだろ。暴力的に可愛すぎて、普通の男は断れないぞこんなの。

 僕は吐息して、手のひらを額に当てる。


「顔がいいって本当に卑怯だよ……」 

「ん、何か言った?」

「いいや、なんでもない。これほどの容姿があったらどんな人生だったんだろうなと想像してただけだ」

「案外、面倒くさかったりするよ。みんな私に理想を抱きすぎるから、私がズボラであることを晒せないし。周りから見える私を想像しながら生きるってのも、中々息苦しい」

「そもそもズボラは直すべきだろ。ズボラな人間が好きなんて物好きはそういないだろうし」


 言って、すぐに僕は首を振る。


「違うな。お前ほど可愛いかったら、ズボラだとしてもむしろプラスに動くのか」


 先の、跳ねた美琴のアホ毛を思い出す。あれを僕は不覚にも可愛いと思ってしまった。


「うげぇ、確かに私の脱ぎ捨てた靴下とかには一定の需要はありそう」

 

 それを聞いて嫌そうに肩をすくめる美琴。あるとは思うが、その発想に至るお前もお前だぞ。

 美琴は次に僕の顔を覗き込んで、微笑する。


「ズボラを直すのはきちいかもだけど……でも、自分の気持ちには素直になってみるよ。せっかく瞬くんが幸せになってもいいって言ってくれてるし。恋愛……とか、してみようかなぁ」

「え、恋愛って、お前好きな人いたのか? あんなに男子と接点持たがらないのに」

「私をなんだと思ってるのよ。好きな人の一人くらい、普通にいます」

「誰?」

「言うわけないでしょ、ばーか」


 美琴は罵倒しながら僕の肩を叩いてくる。痛い。脳筋。メスゴリラ。


「私、モテるしね。選択肢なんて無限にあるわけなのですよ」

「それを平然と言ってのけられる自意識の高さはさすがだな」

「ふふ、ありがとね。瞬くんの嫌味っぽい性格を再認識させてくれて。今日みたいに優しくされちゃっても、これで選択を誤ることはなさそう」


 誰が誤った選択肢だ、こら。


「あーあ、これで美琴と付き合えるかもって、ちょっとは期待したのになぁ」


 そんな美琴のムカつく態度に、僕も冗談で返してやる。


「瞬くんだって好きな人いるくせに」


 美琴は少しだけ照れながら、拗ねた口調で呟いた。


「だからいねえって」

「はてさて、どうだろうね。私にかかれば、瞬くんの気持ちなんてすぐにわかっちまうのですよ」


 美琴は意地悪く笑ってから、自転車を転がす僕を置いて駆け出した。


「それじゃ、イースタ行きましょ。瞬くんの奢りでね!」

「ここぞとばかりに我がままぶち込んでくんな! くそ野郎‼」


 そんな美琴を追いかけ、僕も走る。

 ほらな。ちょっとくらい我がままな女の子の方が可愛いだろ?


 ……いや、可愛くないか。これ僕、ただの財布じゃない?



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