ふたり計画(7)
それから酒と一緒に他愛もない話を続け数時間が経ち、やっと話題は音楽に。
「見てください先輩! これ、先月分の報酬入って奮発して買っちゃったんです」
そう言って見せてもらえたヘッドホンはかなり上質なもので、試しに聴かせてもらうと、想像以上に低音が凄まじかった。
オーディオの良し悪しは、低音の深さに露骨に出るからな。安いスピーカーだと、低音が軽くシャカシャカするし、高級な良いスピーカーだと、胸の奥にまでズシンズシンと響いてくる。今回のヘッドホンは完全に後者だ。
「これで最近はワン・ダイレクション聴くのにハマってるんですよー」
ヘッドホンを置いた梓は立ち上がると、部屋の壁一面に並べられた本棚からお気に入りのアーティストの名盤を紹介してくれる。今のイチオシは『No Control』という曲らしい。
「いや凄い量だな」
そのあまりに多いCDの数に思わず僕は言葉を漏らした。
まるでCDショップにでもやってきたかのような気分になって、テンションが上がる。
「収集癖あるんで、集め出すと止まらないんですよね」
にしても限度というものがある。
梓の本棚に収納されたCDコレクションはまさに圧巻の一言で、以前から写真で見せてもらったことはあったが、実際に見てみると本当によく集めたなと感心する。オタクの本気とは末恐ろしい。
中には今では入手困難なプレ値化したものもちらほらあって、三桁万円はすると噂で聞いたことがある、伝説の円盤なんかも持っていたりする。
なんでこいつがそんなもの持っているんだ、と時々思ったりもするが、こいつには特別な事情があるからな。
僕はその本棚に並ぶ宝の数々をゆっくりと視線を移らせながら鑑賞する。
ビートルズに始まり、洋楽はニルヴァーナやザ・クリケッツ、セックス・ピストルズなどなど……有名どころはほぼ網羅している。邦楽だとサンボマスターに銀杏ボーイズ、フラワーカンパニーズ、ナンバーガール、くるり、ゆらゆら帝国と、とにかく渋いラインナップ。お前何歳だ? 実はオヤジだろ白状しろ。
「凄いでしょ? ロックバンドはあたしにとっての人生。心の支えなんで」
「僕も全く同じだが……それでもここまで集められてはいない。どれだけ好きなんだ音楽」
「先輩と同じくらいです」
なんの逡巡もなく梓は言ってのける。
やめろ。僕なんかをこの名だたるスターたちと一緒にすんな。
「まさかあたしと同じく赤平に住んでいる人で、ここまで音楽を話せる人がいるとは思わないじゃないですか。だから、嬉しかったんだよ。先輩に会えたこと」
ビールを呷りながら、梓は頬を赤らめて言う。
酔って赤くなっているとはわかっていても、その顔でそれを言われると少しドキッとしてしまう。
「なら、北桜に来た選択も悪くなかったのかもな」
僕が言うと、梓は迷いなく頷き、そして笑った。
「はい。先輩のおかげです」
「ほんと正直なやつ」
我慢できずに僕も笑った。だからこいつは嫌いになれない。
談笑の合間に僕たちはたきもとのジンギスカンを頬張る。あれから結局ホットレッグだけでは足りなくなり、梓に焼いてもらった。
ジューシーな食感と癖のある後味に舌鼓を打っていると、梓が話題を振ってくる。
「先輩、誕生日に何欲しいですか?」
「金。現金。ペイペイでもいい」
「可愛くない先輩」
呆れたように言われる。散々甘えといてなんだよその視線!
「冗談だよ。そんな、プレゼントなんてわざわざいい。……ただ、それじゃあひとつだけ頼み事を聞いてくれるか?」
「なんですか?」
きょとんとした表情で梓は頷く。
そこでお願いしたい事を説明すると、梓はすべてを理解したように、重いため息を吐いた。
「これが今日の目的だったんですね。最初からおかしいと思ったんですよ。急に会いたいとか言い出すから。ほんと、やれやれです」
「いや、もともとは本当に音楽の話をしたかっただけだ。だが、お前にしか頼めない事ができたからな、これはついでだ」
「だとしても、そのついでがなかったら少なくとも家で飲むことはなかったはずです」
確かに、その通りではあるが……。僕がそれに答えるよりも先に梓が微笑んだ。
「任せちゃってください。先輩のためなら、できる範囲で一肌脱ぎます」
そう言ってシャツの裾を捲し上げようとする梓を、僕は叫んで制止する。
「本当に脱ぐ奴があるか‼ 馬鹿‼」
酔いすぎだよお前は‼