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夏の日、ズボラガールを破壊する。  作者: 北岡涼平
夏の日、ズボラガールを破壊する。
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アンチテーゼ・ジャンクガール(1)

 汗でTシャツが地肌に張り付き、ぎゅうぎゅう詰めのバスからはやたらと嫌な臭いがするやかましい時期になってきた。

 二週間前には隣町の豪勢な花火を見て、インスタントに夏を摂取する周りの人間の冴えない表情を面白がっていたが、時間の経過が怠惰な僕の目を覚ます。人のことを嗤っていられる場合ではない。

 油断していると、今度は僕の顔が冴えなくなってしまいそうな、そんな局面であった。


 八月六日。僕の通う大学では、ぼちぼち生徒たちが夏休みに入り出す頃だ。

 が、僕にはまだ未提出のレポート課題(明日締め切り)が残っていて。

 これを提出することで心置きなく夏休みに突入、ということになる。

 なぜそんな爆弾を抱えたまま今までのうのうと生きてきたのか、自分に怒りを感じながらも、無事に結論をまとめあげる。


「……であるため、甲は有罪であると言える。八月六日、青木瞬あおきしゅん……と」


 レポートの八割は七月の下旬にはすでに完成していた。だからこそ、いつでも終わらせられるとあぐらをかいていたのだが、いざ筆を執ってみるとこの残りの二割が中々書けなかったりする。

 幸い、今着手していた課題は刑法の事例における登場人物の甲の罪責を論じるもので、ある程度答えは決まっていたため、さほど手こずることはなかったが、それでも筆が進まず麦茶を飲み続けるだけの時間は避けられなかった。麦茶うまいし。

 今日もジメっとして暑いから、一度飲んだら止まらないんだよな、あれ。


「うーーむ。な~んかパッとしねえなぁ」


 モヤッとする脳内を洗い流すように再度麦茶を摂取しながら唸る。

 レポートとは不思議なもので、書けば書くだけコレジャナイ感がしてくる。

 せっかく氏名まで記入して完成したというのに、僕の心はなかなか納得して完成させてくれない。

 そういうときの僕は当然手直しは……しないでそのまま提出した。当たり前だろう。レポートの修正は沼だ。始めたら最後、変に凝り出して、かえって完成度が落ちたりもする。つまりは人生と同じだ。一筆書きにこそ価値がある! って、やらないために探していた言い訳が思いの外かっこよくきまって、僕は一人で吹き出した。部屋には誰もいない。パソコンと向かって一人でニマニマするという、そんなややスパイシーな奇行。


 ともあれ、レポートは無事に完成して、オンライン上で提出も完了した。今この瞬間から僕にも約二カ月間に及ぶあり余る夏休みが訪れたのだ。

まずはやり切った自分自身を褒めてあげようじゃないか。マジで偉いぞ僕。きっと今日の世界で一番頑張ってる(僕調べ)。


 そうこうして夏休みを手にしたわけだけど、やるべき事を終えて何をしようかと考えたときに、悲しいことに何も思いつかない。勉強中や仕事中にはいくらでもやりたい事を思いつけるのに、実際にそれができるようになってもあまりパッとしない現象にはなんて名前をつければいいのだろう。


 空になった麦茶のペットボトルを台所に置きがてら冷蔵庫を覗いてみても、アイスの一本も入っていないから、ひとまずは時間潰しがてらに何本か買い溜めておいてやろうと近所のコンビニに出向くことを決める。

 軽く身支度をして、ついでに運動のために回り道をして行こうなんて考えていると、レポート制作を終えて疲弊しているノートパソコンの陰で鳴りを潜めていたスマホがぶるると振動した。

 見ると、サークル仲間の芹江美琴せりえみことからのLINEだった。


みこと『瞬くん、少し会えないかな?』

青木瞬『ちょうどレポート終わったとこ。暇だったしいいよ。どこ行けばいい?』

みこと『大学の音ホ』

青木瞬『おけ』


 まるで図ったかのようにナイスタイミングでの呼び出し。

 予定もなく手持無沙汰てもちぶさたな悲しき男を救ってくれたのは、僕の所属するカラオケサークルのマドンナ様(幽霊部員)でしたか。


 短いやり取りを交わしてから、僕はそのままスマホで滝川たきかわ市へ向かうバスの時刻表を確認する。


 僕の通っている北桜大学は隣町の滝川市にあって、通学には普段からバスを使用している。電車で行く手もあるのだが、僕の家は駅からは遠いのでバスで行った方が都合がいいのだ。

 運よく滝川駅前行きのバスは十三分後に来るみたいで、思ったよりもだいぶ早めに着けそうだ。


青木瞬『四十分くらいで着く』


 そう美琴に伝えて、僕はバス停まで向かった。

 アイスは美琴に会った帰りにでも買うことにしよう。


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