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夏の日、ズボラガールを破壊する。  作者: 北岡涼平
夏の日、ズボラガールを破壊する。
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ウェイウェイ大学生(4)

 BBQが終わって美琴と共に北電公園まで向かう道中、僕たちはしばらく無言のまま進んで行く。

 普段から僕は受け身で会話を続けることが多く、話題を転がすのは主に美琴だったのだが、その美琴の口数が少ないため、自然と話が盛り上がらない。

 気まずい空気が続く。


「スカウト、断る準備できたのか?」


 それに耐えられなくて、僕は訊いた。

 美琴は無言のまま頷く。


「そうか、随分と早かったな。まだ一日しか経ってないのに。さっきだって自分の気持ちを伝えられていたし、最初から、悩みすぎだったんじゃないのか?」

「違うよ。まだ何も伝えられてない」


 やっと美琴がそう口を開いた。

 普段のやや傲慢な態度とは変わって、発する言葉は尻すぼみで、覇気がない。


「何も、伝えられる気がしない」

「できるさ。そのために僕が付き添ってるんだろ? 不安なのはわかるけど、お前は――」

「――瞬くんはさ、紗耶香ちゃんのこと好きなの?」

「……は?」


 僕の励ましの言葉は、そんな不意な質問で遮られた。

 驚いて立ち止まり、そんな僕を置いていくように数歩進んでから美琴も立ち止まる。

 たった数歩の距離でしかないのに、美琴の背中がやけに小さく見えた。


「なんでここで森口が出てくる? つか、さっきも言っただろ。あいつだけはないって」

「だよね。瞬くんが好きなのは瑠衣さんだもんね」

「なっ……なんで知ってんだよ」


 厳密には好きというより『推し』という感覚に近かったが、鋭い美琴の指摘に僕は驚く。

 否定しようにも、美琴は確信している様子で、今更何を言ったとしてもそれが変わることはなさそうだった。だから、認めるしかなかった。


「瞬くんのことなんて、なんでもわかっちゃうんだからね」


 僕の気持ちを見事に的中させ、自慢げな口調ではあるが、嬉しそうにはしていないのだろう。

 表情こそ見えないが、それだけは容易に想像がついた。


「わかってるなら、なんで先に森口のことを好きか確認したんだよ」

「ちゃんと言葉で聞いておきたかったの。それだけ」


 ふぅ、と息を吐いた美琴は次に大きく笑顔を作って、僕の方に振り返る。


「残念でした! 私がここで断っちゃったら、瑠衣さんとの関係も終わり。同じ大学だから、すれ違うことはあるかもしれないけど……でも、親密な関係になるのは難しくなる。瑠衣さんとまともに話せるのはこれが最初で最後!」

「……そうだろうな」


 美琴の言う通りだ。美琴が瑠衣さんと知り合っていたことを聞いたとき、お近づきになれるのを期待する気持ちが全くなかったわけではない。それこそ、美琴がスカウトを受けると言っていれば、僕も紹介してもらえるよう頼んでいたかもしれない。

しかしここで美琴がスカウトを断れば、美琴と瑠衣さんの関係は終わり、瑠衣さんとお近づきになれるチャンスも同時に消滅する。


 だが、僕はそれでいいと思っている。

 確かに瑠衣さんに惹かれていたことは事実だけど、それはもともと諦めようとしていた想いだった。

 もちろん、美琴を介して瑠衣さんと知り合うことができるのであれば、それに越したことはないが、諦める予定だった僕の気持ちのために、美琴が犠牲になるのはおかしな話だろう。


「どう、寂しい? やっぱりスカウト受けちゃう? いいよ、瞬くんのためなら受けてあげても」


 だから、こうやって美琴には損な立ち回りを提案させたくなかった。

 ここで気遣う選択をするのは本末転倒で、これでは美琴が僕に相談した意味がない。成長がない。

 そして何よりも、相談を受けていたはずの僕が、美琴にこれを促してしまったことが許せなくなった。


「馬鹿言え。僕のことは何も考えなくていい。本当に瑠衣さんが好きだったら自分から動こうとしてる。お前は本当に自分のしたい選択をしてくれ」

「そっか……。では、瞬くんの片思いを終わらせていただきます」


 執事がやるような、手を胸に当てて行儀のいいお辞儀をする美琴。

 いちいち要らん宣言をしてくんな。うぜえよ。


「ああ、一思いにやってくれ」


 ぶっきらぼうに、僕は言った。


「じゃあ、遠慮なく」


 そうだ、それでいい。

 瑠衣さんのことは一度忘れよう。これは瑠衣さんへの想いを諦めるいいきっかけだ。

 僕はそう思って、重く頷く。

 見て、哀しそうに美琴は笑った。


 北電公園にある、tの形をした大きな白い塔の真下に、瑠衣さんはいた。

 ギターのチューニングを合わせているようで、ぽろん、ぽろん、と一音ずつ確かめていく様がやたらと画になっている。

 近くまで行って立ち止まると、瑠衣さんは僕たちを一瞥するが特に挨拶をすることもなく、沈黙が続く。


「紹介するね。北桜大学の先輩の瑠衣さん」


 美琴がそれを破って紹介してくれた。


 名前を呼ばれると、瑠衣さんはチューニングの手を止め、再度視線を僕の方へ向けた。日没の空にも似た、深い紫の瞳が美しく、綺麗な人だという印象をまず受ける。

 あの祭りの日に遠目で見た以来、初めて彼女をまじまじと見たが、また美琴とは異なる方向性の美人だ。

 彼女も、十人いれば十人が可愛いと評価するだろう。


「はじめまして。夏川瑠衣です」

「青木瞬って言います。はじめまして」


 好きな人ということもあり、やけに緊張する。

 硬い僕の自己紹介に瑠衣さんは大人っぽく微笑んだ。

 そんな僕らの間を取り持つように美琴が話し始める。


「急に押し掛けちゃってごめんなさい。瞬くんも連れてきてしまって……」

「ううん、大丈夫。それで、なんかあった?」

「えっとですね……今日ここに来たのは、瑠衣さんに伝えたいことがあって」


 早速本題に入るらしい。


「瑠衣さん……やっぱり、この前のスカウトの話、なかったことにさせてください」

「えっ……?」


 保留にしていたスカウトの返事。その答えを美琴は臆せずに最後まで伝えた。


「私、あれから沢山考えて、ここにいる瞬くんにも一緒に考えてもらって……。でも、やっぱり私には瑠衣さんの大きな夢の邪魔はできないと思ったんです。歌もへたっぴですし、きっと足を引っ張っちゃいます」


 言うと、瑠衣さんは笑いながら「顔を上げて」と優しく美琴の肩に触れた。


「いいのいいの! 謝らないで。無理言って誘ったのは私の方だから。実を言うとね……少し怖かったんだ。自分の歌に自身が持てなくなっちゃってて……。誰かが隣にいてくれたら安心できると思ったんだ」

「自信がない? 何かあったんですか?」


 水を差すようで悪い気もしたが、訊いた。

 あの祭りでの瑠衣さんはとても挑戦的で、輝いていて、そんな風には全然見えなかったのに。


「まあ、いろいろとね」


 こめかみを掻きながら苦笑する瑠衣さん。

 僕の知っている、あの日の口数の少ない女の子とは違い、今日の瑠衣さんはなんだか面倒見のいいお姉さんといった感じで、ステージで見た様子よりも実際はずっと話しやすかった。

 ステージに立つと人格が変わるなんて話を聞いたりするけど、彼女もそういう部類のシンガーなのかもしれない。


「でも、今はまた気を新たに頑張ってみようと思って練習してる。だから、あまり気にしないで? 私はひとりでも大丈夫だから!」

「瑠衣さん、ありがとうございます」


 美琴は再度、深く頭を下げた。


「むしろ、私の方がごめんだよ。一時の気の迷いでスカウトの話なんて持ち出しちゃって。今の芹江さんの顔見てたら、結構悩ませちゃったんだろうなって思って……本当にごめんなさい」

「いえいえ。スカウト自体は嬉しかったんです。ただ、歌に賭けている瑠衣さんの隣に、ビブラートすらできない私が立つことがおこがましいと思って。瑠衣さんの挑戦を邪魔しちゃうような気がしたので……」


 恥ずかしそうにしながら言う美琴。ビブラート根に持ちすぎだろ。


「そっか、ありがとうね。そこまで考えてくれて」


 瑠衣さんは微笑する。


「それにしても……よく私がここにいるってわかったね」

「瑠衣さん、毎日十七時にこの公園の塔の下で歌の練習してるって言ってたじゃないですか。私たち今日たまたまふれ愛の里にいたので、寄っていこうかと思ったんです」


 ふれ愛の里から北電公園は目と鼻の先だからな。

 北電公園は既に廃墟となっている白い塔が印象的な公園で、その他にも子供達が楽しめる大規模なアスレチックや小高い丘もある。丘ではよく地元の子供達がゴムチューブやそりで遊んだりしているし、冬になると、歩くスキー体験イベントがあったりもして、子供達にとっては満足度が高めな公園だ。


 瑠衣さんは普段からその白い塔の下で歌を歌っているらしく、壁にもたれかかる様子がどうも小慣れていた。


「じゃ、来てくれたついでに聴いてく? 私の歌」


 ギターをじゃらんと鳴らしてそんな提案をする瑠衣さん。

 それに僕は目を輝かせた。


「いいんですか⁉ 僕でよければぜひ」


 その反応を見て、瑠衣さんはふっ、と笑う。


「それじゃ……聴いて」


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