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夏の日、ズボラガールを破壊する。  作者: 北岡涼平
夏の日、ズボラガールを破壊する。
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ウェイウェイ大学生(3)

 男だけの秘密のお話もといトイレを終わらせた僕たちが戻ってみると、ゼミが終わった美琴が丁度平均的グループに合流していて、僕たちを出迎えてくれた。噂をしていたところにいいタイミングだったな。


 当然、普段は顔を出さないカラオケサークルのS級美少女が来たわけだから、サークル内は騒然としていて、とても平均的とは思えない人数が平均的グループの周りに集結していた。


「芹江さん久しぶり!」

「芹江さん会いたかったよ!」


 そんな声が至るところから飛び交うなか、浅野も美琴を見つけるなり目を輝かせて、集団に割って入っていく。


「やっぱし人気だねぇ、芹江」

「幽霊部員の待遇とは思えないよな」


 わさわさと群がる美琴ファンたちを半ば呆れた様子で見ながら一条は呟いた。

 僕もそれに共感しながら遠目に眺める。


「……で、結局お前は好きな人いないのか?」

「またその話か。そんなに気になるのか? 僕の恋愛事情」

「そりゃ、友人のそういうの、気にならない方がおかしいだろ」


 その言葉になんて返そうかと思案していると、続けて一条が口を開く。


「案外、芹江だったりしてな」

「どうしてそう思う」

「さっきも言っただろ。仲良さそうなんだよ、お前ら。それに、お前が芹江に送る視線はなんとなく優しい……気がする?」


 疑問形の根拠で判断するのはやめてくれ。


「まあ、人より仲がいいのは認める。が、生憎と僕が好きな人は美琴じゃない」

「じゃあ誰だよ。誰にも言わないからさ」


 人差し指を口元に当てる一条。

 訊かれて、それでも僕は口を開けなかった。好きな人は、いる。いるし、決まっている。でも、それを言葉にするのだけは躊躇われた。どう思われてしまうか、そればかり考えてしまう。


 だが一条は口も堅いし、正直に話してもいいのかもしれない。ここで言わない方が信用を無くすことにもなりかねない。

 そうやってぐるぐると思考を巡らせていると、答えるよりも先に人の多さに耐えられずBBQの中断を余儀なくされた新田と森口が集団からこちらへ避難してきて、この会話はここで中断された。


「いやぁ、集中豪雨みたい」


 服についた埃を払いながら居心地悪そうに言う森口。


「この感じじゃあ、しばらく戻れなさそうだし、適当に肉持ってきたけど食うか? 青木」

「僕はいい。一条に分けてやってくれ」

「ほらよ、一条」

「ああ、ありがとう」


 皿に盛りつけられた肉を手渡すと、森口はその場にしゃがみ込んで、鋭く舌を鳴らす。


「あー、だりー‼ 楽しく肉も焼けないっての」

「美琴ちゃんが来てすぐだったね……」


 新田も困った様子でその集団を一瞥した。うん、なんかご愁傷様です。


「新田、大丈夫だったか?」

「うん、ちょっとびっくりしたけど平気。ありがとね、一条くん」

「それにしてもなんなんだよあいつら。普段は俺らのこと興味ないくせに芹江が来たらこぞって集まってきやがって」


 一条の視線の先には美琴を胴上げでもするんじゃないかというほど、人が密集していた。

 美琴が来たらこうなることはなんとなくわかっていたが、確かにこれだと森口の言う通り、楽しく肉は焼けないだろう。

 他のお客さんも先ほどから「何事だ?」と、ちらちらこちらに視線を送っているし、これで大学に苦情が入れば活動停止になる恐れもある。


「つーか、マジでクレームくるんじゃね、あれ」


 森口も一条に同調して心配し始めたようだが、先から度々陽キャ男子の雄叫びなんかも聞こえてきて本当にうるさい。クレームが来る前に美琴をこちらへ連れてきた方がいいだろう。  

 そう思い、ため息を吐きながら僕は重い足取りでその集団に近づこうとする。

 同時、集団の中心で大きな声が響いた。


「ごめん! 歓迎してくれるのは嬉しいけど、まずは友達と話させて‼」


 美琴の声だった。珍しく自分の気持ちを優先させ周りに伝えると、美琴は浅野の手を引いて僕たちの方へ駆け寄ってくる。浅野、その顔やめろ。きもいぞ。

 置いて行かれた他グループの連中は、「つまんね」とか「せっかく話しかけてやったのに」、「顔がいいからって調子乗ってね?」なんて言っているが、美琴は構わずそれを振り切ってきた。

 表情こそ罪悪感で歪んでいるが、やればできるじゃないか。

 ふう、と息をつく美琴に僕は冷やかしがてら声をかける。


「よっ、嫌われ者」

「どうせ私の顔で釣られてる連中だし、また笑いかけてやったら手のひら返してくれるから平気」


 予想していた返答とは違い、美琴はそう強気に返してくる。

 自惚れすぎじゃないか? 僕の心が言っている。


「それに……これで私が嫌われても、瞬くんは私の味方なんでしょ?」


 美琴は僕にだけ見えるようにして、小さく舌を出した。

 あざといが、可愛い。不意打ちだったし、心がドキリとした。

 とにかく、これで梓以外の平均的グループが集合したわけだ。


「とりあえず、あっちの方で固まろうぜ」


 そんな一条の声で、BBQ会場から少しだけ離れた芝生の上にみんなで輪を作るようにして座る。


「ごめんね。瞬くんからBBQの話聞いちゃって羨ましくなっちゃって来ちゃった。本当はこのグループだけで集まれれば良かったんだけど」 


 美琴は申し訳なさそうに言う。


「一応美琴だって部員なんだから大丈夫でしょ。普段仲良くもないくせに集まってくる馬鹿が悪いだけ」


 口は悪いが、概ね森口の言う通りだな。


「ほんとだよ。芹江が可愛いのはわかるけどさ、興奮しすぎ」

「浅野も興奮してたけどな」

「なっ……⁉」


 僕がツッコむと、みんなは一斉に吹き出す。


「え~、それじゃ付き合う? 浅野くん」

「え、いいのか⁉」

「嫌だけど」

「じゃあなんで訊いたんだよ!」


 割と本気でショックそうに浅野は落胆した。

 明らかに冗談だとわかるのに、これを信じてしまえる人の好さが浅野のいいところだ。

 余程ツボに刺さったのか、それを見て森口と一条は腹を抱えてケタケタと笑っている。

この二人のツボは比較的似ているが、笑い方まで完全一致だった。窓を拭く音が二重で鳴っている。


「あー、おかし。浅野、お前脈ナシだってよ」

「ぐう。わかってるよ」


 恨めしそうに、浅野は森口の方を見た。

 なんかこう言うと失礼だが、浅野はいじられキャラが似合う。

 愛嬌があるからか、どうにも浅野を見ていると困らせたくなってくることが多い。

 本人からすれば迷惑でしかないのだろうが。


「でも実際、美琴ちゃんって好きな人とかいるのかな?」


 隣に座っていた新田が僕にだけ聞こえる声量で耳打ちしてきた。

 あいつは今まで男との距離感を常に調節していたからな。

 僕もそこのところはいまいちよくわからない。


「いるにはいるみたいだが……。あいつ、自分のことはあまり話さないからな。詳しくは何も」

「だよね……。でも、一応好きな子はいるんだね。ちょっと意外かも」


 新田は興味深そうに言う。やっぱ意外だよな。だから僕も訊こうとしたのに、まったく教えてはくれなかった。


「でも、このサークル内にはいるんじゃないかな?」

「……え?」

「だって、全然参加してないサークルって絶対行きづらいはずなのに、それでも来るってことは、それだけ会いたい人がこのサークル内にいるのかなって」


 名探偵の新田が鋭い指摘をする。


「となると、浅野は違うとして……このグループからだと僕か一条になるぞ? それはさすがに違くないか?」

「うーん……じゃあ先輩とかなのかも」


 先輩と言われ、咄嗟に谷先輩が連想された。

 谷先輩が嫌いなわけではないけど、女の扱いに慣れた谷先輩のような人に美琴が惚れていると考えると、少しだけモヤッとする。


 近くで見てきた美琴だからこそ、普通の女の子と同様に、そういう余裕のある男の下へ行ってしまう展開がなんとなく引っかかった。これは僕のエゴでしかないのだけど。

 美琴には、いわゆるチョロインであって欲しくはないという、僕の身勝手な願望。

 明確な根拠はないが、チャラ男と付き合って女の子が幸せになっているイメージが、僕の中にはないからな。

 そんな僕たちの話題とは別に、美琴の周辺ではまだ馬鹿な話が続いていて。


「――それでさ、さっき瞬に好きな奴訊いたらさ、俺らみんなのことが好きだとか言うんだぜ? しょうもないよな」


 ……は?

 ちょっと目を離した隙に標的が浅野から僕に変わっていた。みんなの視線が一斉に僕に集中する。


「瞬くん、それは逃げだよ」

 美琴に言われ、


「マジでつまんねえな、お前」

 森口に言われ、


「ちゃんと答えた方がいいよ」

 新田にも言われる。


 やめて、女性陣総出で言わないで‼


「え~と、恥ずかしいな……」


 みんなの前で言えるわけないだろ。しかし場は凍り付きそうなほどに白け、いたたまれない空気感に。

 無理に言わすのやめない⁉


「だから森口にしとけ」


 浅野がにちゃあ、と腹立たしい顔で言うと、一条も悪い顔で頷いて、森口の方を見る。


「彼氏募集中なんだろ? 丁度いいじゃん」


 白羽の矢が立ち、唐突に名が挙がった森口も体を震わせる。


「私⁉ ……まあそうだな、青木なら考えてやってもいいけど」

「そうだよな。僕でいいわけないよな……え?」


 いや、なんでそこ乗っかってくるんだよ。


「森口だけはない。悪いけど」


 これ以上は黙っていられず、僕は手のひらを突き立ててきっぱりと否定する。

森口はそれを聞くと、冗談ぽく笑いながら応戦してきた。


「だけってなんだよ⁉ 私のどこが不満足なんだよー!」

「いや、……僕もっと女の子らしい子がタイプだから」

「マジトーンやめて?」


 だって本音だもん。

 森口は腕を組むと、そっぽを向いて、やや上ずった口調で続けた。


「な、なら私も青木だけは絶対ない!」

「ふふ、可愛いね。さーちゃん」


 頬を赤らめる森口を見て、新田はくすっと笑った。


「案外お似合いじゃん。痴話喧嘩までしちゃって」


 ぼそっと一条も言って、僕と森口はすぐにそれをはね返した。


「「こいつだけはない‼」」


 そうしてみんなで笑い合う中、ちらりと美琴に目をやると、美琴もこっちを見ていたようで目が合った。すぐに逸らされたけど。

 ……なんか怒ってる?


「――美琴ちゃんって、化粧水何使ってるの? 本当に肌綺麗だよね」

「……あ、ああ、えっとね――」


 そして新田に声をかけられると、すぐに普段の明るい表情に戻った。

 ただの気のせいか。


 そのまま話題はメイクやファッションなどの女子トークに移っていき、僕ら男性陣はアプリゲームの話を始める。男女混合グループということもあって、こういう風に話題が二分されることも珍しくはない。

 僕が自慢のゲームパーティについて力説していると、スマホに一件の通知が入る。


みこと『この後瑠衣さんと話しに行こうと思うから、北電公園まで来て。お願い』


という内容の美琴からのLINEだった。

僕は『わかった』とだけ返す。

それからさらに二時間ほどBBQ大会は続き、やがて谷先輩の号令でお開きとなった。


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