大好きな婚約者に素直になれない令息、手紙を書く
「ふん。相変わらずしけた面だな、お前の顔は」
冷たい声。冷たい表情。
その声の主、ローレンスは自らの婚約者、セシリア・ソーウェルに対しそう言った。
対するセシリアの表情は変わらずだ。
彼女の表情筋は普段殆ど動くことがなく、まるで仮面のようだと揶揄されることがある。そのつまらなさについて、ローレンスは不機嫌そうな顔で続ける。
「少しはにこりと微笑んでみることができないのか、お前は」
「申し訳ありません。侯爵令嬢たるもの、いつも毅然としていなさいと教えられており……、自分で動かそうと試みても上手くいかないのです」
「言い訳はいい」
はぁー、と深いため息をつくローレンス。
そんな態度を取られても、セシリアの顔面は崩れぬままだ。眉一つ動かさなかった。
「それで、用件は何だ」
「一緒に昼食を、と……」
「悪いが、昼は用事がある。また明日にしよう」
「……かしこまりました」
「ではな」とローレンスがセシリアから離れ、歩き去っていく。
その背中を、セシリアは少しの間、じっと眺めていた。
「ああ……、セシリア、今日も女神のごとき美しさだ」
先程とは一変。うっとりした声を上げながら、蕩けるような表情を浮かべるローレンス。
何を隠そう、彼がしゃがみ込んでいるのは植木の陰だった。
「いや、何言ってんですかアンタ。今日のセシリア様のお誘いを断っておいて」
冷静な声が上がる。
ローレンスはそれに対し「シッ!」と口に人差し指を当てた。
「セシリアに気付かれたらどうするんだ!今日は週に3回のセシリアウォッチングの日だというのに!」
「その週3回っていうのも多い気がしますけどね。俺は」
この男、ローレンス・テイラー公爵子息。
実態はただの婚約者大好き人間なのである。
それはもう、それはもう、彼女のことを深く深く愛していた。
目が合うと素直におしゃべりできないくらいに。
「見ろマーク。セシリアが食事をしているぞ」
「昼食時ですからね。そりゃ食べますよね。ていうかあんたの飯はどうした」
「適当なものを1分で平らげた!」
「……はぁ」
先程ローレンスがセシリアに対してついたため息よりも、深い、まるで海の底まで辿り着けそうなほどのそれ。
彼はマーク。ローレンスの幼馴染であり、昔から彼に仕えていた侍従だった。
故にローレンスの真の姿も嫌というほど把握しており、その上侍従だからといって毎回色んなことに付き合わされている苦労人でもある。
ところでセシリアウォッチングについて説明すると、週3回ほど行われている、ローレンスによる「大好きセシリア観察タイム」のことだ。普段は上手く見れていない彼女の姿をよくよく観察するため設けられている、ローレンスの至福の時間。今日のセシリアの誘いを泣く泣く断ったのも、このセシリアウォッチングをするためである。(それこそ本末転倒なのではないかということに残念ながら彼は気付いていない)
要するにまぁストーカーなのだが。
本人は「愛ゆえのものだ」とふんぞり返っていたが。どう考えてもつきまといの一種でしかない。
ローレンスの視界に映るのは、昼食を友人たちと共にとっている麗しきセシリアの姿だった。
一応彼女の友人ということで顔は覚えているが、彼から見た際、友人たちの姿はうすぼんやりしている。尚中心に居るセシリアはいつも輝かんばかりの光を放っており、まともに顔も合わせられないほど眩しかった。
「それにしても。さっきのといい、あなたのセシリア様に対する態度は酷いものがありますよ」
マークからの苦言にギクリと固まるローレンス。
「うっ……、し、仕方ないだろう。いつも顔を合わせると上手く言葉が出てこんのだ……」
「だからってあれは無いでしょ。何ですかしけた面って。俺でも言われたら一発殴りたくなります」
「そこまでか?!」
また、この植木の陰でしゃがみながら行われている会話は終始小声だ。セシリアに気付かれては大変まずいので。
「令嬢たちの中でも噂になってますよ。「ローレンス様は婚約者として全く礼儀がなってない男性だ」って」
「うぐぅっ!」
「そう言われて何度も真顔であなたのことをフォローしているセシリア様を見てきました」
「おいお前だけが見たセシリアが居るっていうのか? 許せない」
「そういう話じゃないです」
マークからの鋭いツッコミが入る。
いや、ローレンスだって分かってはいるのだ。彼女に対して自分が取っている態度、ぶつけている言葉は、婚約者としてとても酷いものだということを。
しかし何故かこの憎たらしい口は毎回ああいうことを言ってしまうのである。セシリアは「表情を作るのが難しい」と言っていたが、自分だってそうだ。見つめ合うと全然素直になれない。
だからこそ、定期的にこうやって存分にセシリアの姿を見つめる活動を行える時間を作っているというのに。
大体、セシリアの顔が美しすぎるのがいけない。
あの恐ろしいほど整った顔立ちで、澄んだ水色の瞳で、桜色の唇で、自分の前に立って言葉を発されると。
もう思考回路はショート寸前だ。自分が果たして何を喋っているのか分からなくなってくるぐらいに、彼女の姿に魅了されてしまっていた。
冷静な話口と動かぬ表情筋から、まるで氷のような女だと言われることが多いが、氷の何がいけないのだ。氷の令嬢、いいじゃないか。神々の中には冷気を司る女神だって居るのだぞ。そうだセシリアは女神だ!
ローレンスは凍り切った表情でセシリアに「今すぐ地面とキスしてください」と言われても喜んでやる自信がある。優しい彼女がそんな台詞を吐くことはないだろうが。
「ああっ、もう食べ終わってしまうのかセシリア……! 君のその小さく可愛らしい口が食べ物を食み、咀嚼する様をもっと見ていたかったのに……!」
「気持ち悪いな……」
マークからぼそりと呟かれた言葉は無視した。ローレンスの心を占めるのはセシリアのみなので。
「なんとかそのキモ……素直な想いをセシリア様に伝えることは出来ないんですか」
「練習はしているんだ。しかし実戦で成功した試しがない」
「はぁ…………」
今日何回目のため息なんだろうな、こいつ。
「じゃあ、手紙でも書いてみたらどうです?」
その提案に、ローレンスの目は大きく開かれた。
「文字にして書いてみれば、少しはマシな有様にはなるんじゃないですかね」
「…………」
「ローレンス様?」
「その手があったか!!」
ガサァッ!! とローレンスが植木から立ち上がる。
一瞬セシリアにバレてはいまいかと心配したマークだったが、彼女は既に友人達との昼食を終えその場を後にしていたようで、人知れず安堵の息をつく。
「マーク!! お前は実にいい提案をした!! よーし、早速書いてみるぞ!!」
やる気満々になったローレンスを遠い目で眺めるマーク。
(というか、今まで思いつかなかったんだろうか。この人)
やはりローレンスはどこか抜けている馬鹿であった。
*
『拝啓、セシリア・ソーウェル様。
突然のお手紙をお許しください。日頃からあなた様のお姿を拝見させていただいておりましたが、やはりこの溢れる想いをあなたに伝えずにはいられなくなり、筆を取った次第でございます。
セシリア様、あなたは学校内、いえこの世界で最も美しく、そして素晴らしいご令嬢であると、私は思っております。これは決して、あなたに魅了された者としての欲目などではございません。
そう思ったきっかけとしましては、あの日────』
「で? ちゃんとローレンス様からのお手紙だとわかるように書きましたか?」
「恥ずかしかったんだよ!!!!」
ローレンスは頭を抱えながら叫んだ。
さぁ手紙を書くぞと意気込んでやり始めたはいいものの、普段抑えている数々の想いが暴れ出したのか、すごい枚数になってしまった。
その内容も読めば赤面必至と言える言葉たちばかりであり、「これを俺からだと言って渡すのか? いきなり?」と自問自答した挙句。
セシリアのロッカーにそっ……と手紙を入れることになったのである。
勿論、送り主の名前など書けるわけもなく。
「あれだけ「いい案だ!!」とか言って大喜びしてたくせに……」
「うぐぐっ……、だ、だって、こんな分厚い手紙を突然俺から渡されたらセシリアも驚くだろうし……」
「驚くどころかドン引きしますね」
「ほらそういうこと言う!!」
わっとローレンスが顔を机に伏せ泣き出す。
まぁ、マークの言うことが実際当たっているのだ。
突然こんなものを自分から渡されたら、セシリアはどう思うだろうか。
もしかしたら嫌がられてしまうのではないか、と。
そんなみみっちい心から、ローレンスはついあのような手法を取ってしまった。
全く意気地のない男である。
「それにしても、返事、来るんですかねー。見なかったフリとかされるかも……」
「いや、セシリアは真面目で素晴らしい女性だからな。きっと返事を返してくれることだろう」
「でも多分そこで終わりますよ。だって普通に引きますもん、あの量」
「さっきから引く引く言うな!!」
そうは言いつつも。ローレンスは大して返事に期待はしていなかった。
大真面目なセシリアならきっと何かしらの返答はくれるかもしれないが、でもそこまでだ。ありがとうございます、これからも精進してまいります。きっとそんな言葉で締めくくられて終わりだろう。
だからローレンスも、「その後はどうしようか。手紙がダメなら次は……」と呑気に考えていて。
まさか、この手紙の「続き」を書くことになるだなんて、その時は思っていなかったのである。
『手紙を送ってくださった、心優しいお方へ。
この度は、私のような者にとても嬉しいお手紙を書いてくださり、ありがとうございました。あんなにも数々の賛辞の言葉がいただけるなんて、と、嬉しい気持ちと驚きが混ざっております。
また、私を知ってくださった経緯について。
そんなきっかけとは思いませんでした。人に何をどう見られているか、案外分からないものですね。
(中略)
一つ提案なのですが、このままこうしてお手紙のやり取りを続けてみませんか。
私のことをそんな風に見てくださっていたあなたのことを、もっとよく知りたいのです。
もしお嫌でなければ、また同じ場所に、返答のお手紙を置いておいてください。よろしくお願いいたします』
「なんてこった、セシリアから文通のお誘いが来たぞ!!」
「よかったですねえ、ローレンス様」
まるで大金が当たったかの如く喜ぶローレンスに対し、マークが生温かい声で言う。
返事が来ただけではなく、このままやり取りを続けたいというセシリアからのお誘い。
もうローレンスは狂喜乱舞するしかなかった。
「もうローレンス様からっていうことを明かしたらいかがですか?」
この際分量がとてつもなく多いとか隅々まで見過ぎだというのは置いておいて、いっそ正体を明かしてしまえば、2人の距離がグッと縮まるというのに。
だが、テンションがぶっちぎりだったローレンスは一変、その言葉にしゅん……と顔を沈み込ませた。
「いや……、それはやめておく」
「何でです? せっかく……」
「だからこそだよ」
ローレンスは呟く。
「セシリアはきっと、純粋な自分のファンから手紙が届いたと思っている。その期待を裏切りたくない」
「……」
「俺からだと分かってしまえば、今まで送った言葉も全て嘘か何かだったと考えて、ショックを受けてしまうかもしれないからな」
目を伏せながら言うローレンスに対し、マークは何も言えなかった。
ただ、少しの間の後、「……それが我が主の意向ならば」と口にして。
*
『セシリア・ソーウェル様。
文通のお誘い、とても嬉しかったです。ありがとうございます。是非続けさせていただければ、と思います。
私のことはオスカーとお呼びください。訳あって本名は明かせないのですが、呼び名がないと困ると思いますので……。
それでは、これからよろしくお願いいたします──』
『お返事ありがとうございます。是非にと言ってくださり、私もとても嬉しいです。こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします。
オスカー様。とてもよいお名前ですね。もしかして、作家のオスカー・タッチェルからお取りになったのですか? 本が好きだと先の手紙に書いてありましたので、何となくそんな気がいたしました。
それと、本日はとてもお天気がよかったですね。眩しい太陽を浴びていると、清々しい気持ちになれます──』
『セシリア・ソーウェル様。
お返事ありがとうございます。
そうです! よくお分かりになりましたね。私はタッチェル氏の作品には目がないのです。一番好きな書籍は『12人の子供たち』ですね。セシリア様も読書家だとどこかで伺いましたが、一番好きな本は何ですか?
天気がよいと気持ちがいいですよね。わかります。太陽の下、芝生に寝っ転がったりすると、穏やかな気持ちで眠りにつくことが出来ますよ──』
『オスカー様。
今日もお返事ありがとうございます。
その作家様の作品なら私も大好きです。私が一番好きなのは──』
*
「最近、随分と機嫌がいいのですね」
月に何度か行われている婚約者同士でのお茶会。
その場で、セシリアは突然そんなことを言い始めた。
「え゛っ……、……そ、そうか? 特に変わりないが」
ぎくっと肩を跳ねさせる。
いけないいけない。最近毎日のようにセシリアと手紙を交わしているからか、嬉しいオーラが身体から漏れ出てしまっていたようだ。
もっと気を引き締めなければ。
しかし。彼女をただ見ているだけでは分からなかった数々の事柄は、ローレンスをより幸せな気持ちにさせていた。
この無表情の仮面の下には、様々な思いが隠されている。それが手紙からはありありと分かった。
好きな作家を語る際の興奮した様子、最近の学園内で困ったことを語る際の苦労している様子など。セシリアの魅力はまだまだこんなにあったのかと驚かされ、同時にそれらを知れる喜びに、ローレンスは毎度毎度打ち震えていた。
「そんなもの、ただの気のせいだろう。
そもそも、お前に俺の機微など感じ取れるものか」
とりあえず適当に誤魔化しておくことしかできなかった。
おかげでまた心にもない台詞を飛ばしてしまったことにも気が付かず。
そして、セシリアは。
そんな彼をじぃっと見つめながら、相変わらず表情の見えぬ顔で。
「……左様ですか」
そう、静かに呟いた。
*
とある日。
いつも通りに置かれていたセシリアの手紙をウキウキで受け取り、読んでいったローレンスだったが。
今日はなんだか、いつもとは違う内容が書かれていた。
『オスカー様。一つ相談事があります。
ご存知でしょうが、私には幼い頃より決められている婚約者が居ます。そんな婚約者との関係ですが……、正直、良好とは言えません。
故に、私は今……、彼との、婚約破棄を考えているのです』
んん? とローレンスの顔が顰められる。
『彼……ローレンス・テイラー様は、私と居るといつも不機嫌そうな顔をいたします。
きっとこの動かぬ表情筋や、愛想のない私の性格が悪いのでしょうが……、そんな彼と居ると、私も心が疲弊してきてしまうのです。
このまま彼と結婚してしまってもいいのか、それで自分は後悔しないのか……、以前からそう思い悩んでいました。
悩むくらいなら、いっそ婚約破棄をしたらいいのでは、と、自分に問いかけている最中です。オスカー様はこの状態を見て、どうお考えになられるでしょうか。
一度ご意見をお聞かせ願えればと思います』
みるみる内に青褪めていくローレンス。
そしてそのまま、何も考えずに自分の部屋を飛び出した。
「セシリア!!」
女子寮と男子寮の行き来はご法度だと言われているのに、突然自室のドアをどんどん叩きながら「開けてくれ!!」と言ってきたローレンスの姿に、セシリアは驚きを隠せなかった。
「はぁっ、ハァッ……!」
「ローレンス様……、もしや、走ってここまで来たのですか?」
「と、当然、ッだ! ゲホ、ゲホッ……」
「あの……大丈夫で?」
「っそんなことはどうでもいい!!」
ガシッ! とローレンスがセシリアの細い肩が強く捕まえる。
「お前、俺との婚約破棄をするつもりなのか?!」
「…………!」
その言葉に目を見開くセシリア。
それを見て、「ああ本気なのだ」と完全に思ったローレンスはというと。
「……おっ、お願いだ、それだけはやめてくれ……!!」
へにゃぁあ、と。
今まで見たこともない程眉を下がらせて、涙目になりながら懇願してきたのである。
これにはセシリアもびっくりだ。
「今までのことは謝る!! 俺が悪かったんだ、全部……!! 」
「…………」
「すまなかった。お前が愛しいあまり対面すると素直になれない、だなんて、ただの俺の甘えだったんだ!
これからは改めるから、だから……!!」
「…………やっぱり。あの手紙の主は、ローレンス様だったのですね」
「え」
思わぬ言葉に固まってしまった。
セシリアは今、なんと?
そんな彼からすっと離れ、セシリアは自分の机の引き出しに向かう。その中から大量の手紙を手に取り、こちらへと戻ってきた。
あっと声を上げた。
その手の中にあるものたちには見覚えがある。
正真正銘、ローレンスからの手紙だった。
「そっ! それは……!!」
「おかしいと思っていました。こんなにも私のことを知っていて、しかも……あなたと二人っきりな筈のお茶会でお話したことや、私たちが幼かった頃に起こったほんのちょっとの出来事まで書かれているんですもの」
「そ、うだったか? そんなことは一切……」
「『幼い頃、兄の真似をして木に登ろうとしたらそこから落ちてしまい、大泣きした事件がありましたね』……学園に入ってから私を知った人がこんな話を知っていますか?
ちなみに私は話していませんよ。恥ずかしい思い出ですし。この学園に通っている人で知っているのは、その場を目撃していたローレンス様くらいです」
「…………」
迂闊だった。
やはり気が緩みすぎていたらしい。最初別人を装っていたくせに、いつの間にかそんな身内話まで知っている風な書き方をしてしまうとは!
「まぁ……でも、私が最終的に「そう」だと判断したのは、ここですね」
セシリアが手紙の中の文字を指差す。
「筆跡がほぼ同じでした。だからこそ、「ああ。これはローレンス様からだ」と思ったのです」
「……筆跡? お前が俺の筆跡を見たことなど、殆ど……」
「何を言いますか。
いつも誕生日に花束をくださった時、小さな手書きのカードを入れてくれているでしょう? まるで花の中に隠すかのように」
ローレンスはその瞬間、驚きで目を見開くしかなかった。
毎年、セシリアの誕生日に贈っている様々な種類の花束。
そのどれもにローレンスからの手紙が忍ばされていた。
手紙といっても、一言二言くらいだ。
誕生日おめでとう。生まれてきてくれたことに感謝する。
そんな、ほんのちょっとのメッセージすら──ローレンスには恥ずかしさがあって、簡単には見つけられないように、花の中へといつも入れていたのだった。
「……気付いて、いたのか」
「勿論。逆に気付かない筈がありません。
私だって毎年楽しみにしていたのですから」
「……俺の花束を、楽しみに?」
「ええ、だって」
その瞬間。
セシリアが、ふわりと。口角を上げて、柔らかく微笑む。
そのあまりの衝撃に固まってしまうローレンス。
「いつもは素直になれない貴方からの、素敵な言葉が読めるんですもの。嬉しくないわけがないでしょ?」
ローレンスは最早開いた口が塞がらなかった。
『いつもは素直になれないあなたからの──』
という、ことは……。
「知っていたのか?! 全て?!」
「ええ。だって、どう考えてもあなたからは私のことが好き好きオーラが溢れていましたし。冷たい表情をしているつもりなのか何なのか分かりませんが、顔が嬉しさを隠しきれていませんよ」
「せっ、セシリアが俺に向かって好き好き、だと……?!」
「……この際ですから言いますけど。あなたの私に対するつきまとい行為についても、私は感知してます」
「?!?!」
「逆にあれでバレないと思っていたんですか」
思っていた。ローレンスとしては、全身全霊で隠し通しているつもりだった。
だが、それすらもバレていようとは。セシリアに隠し事は出来ないのかもしれない……。
もうその場に項垂れるしかなかったローレンスは、弱々しい声でセシリアに尋ねる。
「……気持ち悪く、ないのか」
「え?」
「私のことが……」
「いえ、特に?」
不思議そうに返したセシリアに対し、ガバッ! と顔を勢いよく上げローレンスが叫ぶ。
「私は、あんな大量の手紙を君に突然送りつけた」
「熱烈なラブレターでしたね。驚きはしましたが、とても嬉しかったです」
「君の誘いも断ってストーカー行為を……」
「そんなに見つめていたいのなら、私と二人っきりの時に、存分になさいませ」
「──そうだ! 君! 私とはもう婚約破棄をすると……! 俺と一緒に居ると心が疲弊すると書いてあって……!!」
「ああ、あれらはブラフです」
「へっ」
「こうすれば何かしらの行動を起こしてくるのではないかと思いまして」と、セシリアはあっけらかんとした様子で言う。
どうやらセシリアのあの言葉は本気のものではなく、ローレンスを誘き出す作戦の内だったらしい。
(……完璧だ。さすがセシリア……。そんな所も好きだぞ……)
そんなことを考えたがもう、ローレンスはここ数十分で怒涛のように流れていった展開のおかげで、全身を脱力させるしかなかった。
「それで? ローレンス様は、どうして私と婚約破棄をしたくないのですって?」
「うっ!」
心なしか楽しげに笑っているようなセシリアが、ずいずいと身体を近づけ尋ねてくる。
ペールブルーの瞳にはキラキラとした輝きを携えていて。
「聞かせてくださいませ。ローレンス様」
「……せ、セシリア……」
「お手紙にはたくさんお言葉を書いてくださったではありませんか。
でも、今この時は、あなた様のお声で直に……、ね?」
上目遣いで首まで傾げられてしまった。
その、あまりの破壊力に、ローレンスの視界がぐるぐると回る。
……負けた。
完全に、自分の負けだ。
いや、最初から勝負にもなっていなかったのかもしれない。何故なら、自分は────。
「それは、俺が……」
「俺が?」
「お、おま、お前を……っ!」
「────あ、ああ、愛しているっ!! からだ!!」
もうどうにでもなれ、とローレンスは全身全霊で叫ぶ。
それを聞いたセシリアは、まるで大輪の花が咲いたかのような、心からの微笑みを浮かべたのだった。