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入園、男の園

「まあ、女子生徒の処刑なんて、君には関係のない話だ」


 一番関係あるんだよ! という言葉をリガッタは自分の首を絞めて封じた。


「そして、ここがこれから、君が過ごす学園だよ」


 リガッタのすでに憔悴しきった様子には一切気付かず、ベダは校舎の入口を指す。門にも劣らぬ立派な扉。真っ白な塗装に金の把手。どこもかしこも微細な装飾を欠かさない。ここに至るまでの庭園の美しさもさることながら、流石名門貴族が通う学園である。


「自分で開けてごらん」


 そんなことに意味があるのか、とは思ったが、リガッタは黙ってそれに従う。ひんやりとした感触と、細かい装飾が掌にくすぐったい。


「くっ……」


 そして、意外に重たいそれに、つい声が漏れる。それでも、強引に押してそれを開く。腕の力に、足先からの推進力も加え、全身で以って押し込む。すると、ぎい、とまるで感心したような軋みを上げて、ドアが開いた。


「おお、これは……」


 リガッタは思わず言葉を失った。外見もさることながら、その中身も当然豪華であった。


エントランスホールには、踏むことを躊躇う美しい図柄の絨毯——これは勇者ヴィヴォールの冒険譚をなぞったものであろう、運命の女神との邂逅に始まり、彼の超えた七つの難関を思わせる魔物達や山や洞窟、湖などが描かれ、彼が女神から最上位の『加護』を受けるまでの物語が雄大に広げられている。


 正面に飾られた彫刻もまた、ヴィヴォールだ。背中に弓を担ぎ、左手に杖、右手に聖剣〈ジャジルギン〉を持ち、それを雄々しく掲げている。その他、壁には彼や、彼の仲間達の絵画が飾られている。流石、魔王を討伐した正真正銘の勇者、ヴィヴォールを育てた学園である。まるで記念館のようであった。


 見上げれば夜空の星より明るく、輝きを散りばめるのは、吊るされたシャンデリア。魔術で増幅された蝋燭の光が乱れ飛び、この広い範囲を余すところなく照らし尽くす。


 このエントランスは広さにして、すでにダンスホールと見紛うほど。そこから左右に廊下が伸び、或いは正面の階段に続く。階段の先は左右に分かれ、壁に沿うように走り、二階に至る。そこから先はどこかへ続く扉か、或いは新しい廊下に繋がっている。生徒も数名おり、彼らはみな、移動がてら物珍しそうにリガッタを見ていた。


「ほら、立ち止まってないで、先に行くよ。珍しくもないだろう?」


 硬直してしまったリガッタに業を煮やしたのか、ベダはついに、リガッタの肩を抱いて歩き始めた。


「うお」


 リガッタの肩にベダの胸が当たり、ついつい声が出る。


「不思議だね。リガッタ君はまるで男みたいに思えない。なんだか妹みたいだ。身長のせいかな」耳元で囁かれ、ついでに頭まで撫でられてしまえば、リガッタは顔が真っ赤になるのも仕方がない。


「ちなみに、あれが今の学園長。ペルタン・ヒーダックだ」


 ベダは廊下に飾られた銅像を指した。口髭の長い老爺だった。


「入園式に君もいれば、見る機会もあったろうに。なかなかイケてるとは思わないかい?」


「は、はい、そうですね」リガッタは適当に相槌を打った。ふん、とベダは不満層に鼻を鳴らす。


 そのまま、リガッタはベダに押されるがまま階段を登り、二階へ上がり、廊下を歩き、一つの部屋の前に至る。


「ここが事務所。ここで手続するんだけど、ちょっと待っててね」


 そういって、ベダは扉を開けてその中へ。すると、急に裸にされたような気がして、リガッタは右手で左肩を掴んだ。なんとなく、ベダの肌の温かさが恋しくなってしまう。何せ、ここにはほとんど、男しかいないのだ。そう思うとベダは貴重な存在だ。


 でも、男子生徒達の反応は想定よりも淡泊だったとも感じる。さっき自分を見ていた男子生徒達も、それ以上リガッタに突っかかることはなく、当然声をかけることなどもしなかった。ゆっくり深呼吸して、気を落ち着ける。


「……なんとか、やっていけるかも」


 そういって、首から下げた魔導具の箱〈キャメラ〉に触れる。そう、自分の最重要ミッションは『これ』を使い、『姉の最期の望み』を叶えること。期限はライカ・ダゲレオが死ぬまで。でも、いつ死ぬかはわからないので、とにかく『なるはや』で。だから、目立ってはいけないのだ。こっそりひっそり、この学園の生徒に紛れ込み、とにかく例の『最重要ミッション』をこなすのだ。それでいい。目立たないのは得意だ。勇者なんて興味もないし。


「おい、お前」


 そうして決心を新たに〈キャメラ〉を握るリガッタへ、暗く重く響く野太い声が、当然頭上から降ってきた。男だ。はっとして顔を上げつつ、そりゃそうか、と自分で自分を納得させる。だってここは女人禁制の男の学園。自分に声をかけてくる人間の九割以上がそうに決まっている。


「なんでしょう、か……」


 そういって、リガッタの全身が凍り付いた。対手の男は、眉間に皺をよせ、露骨にリガッタを睨みつけていた。身長はなんと二メートル以上。リガッタを睨みつけるためだけに、わざわざ腰まで折っている。


 リガッタは、なんとなく姉よりも先に死ぬかもしれないという悟りを得た。しかし、何故自分がこんな目に、とも思った。或いは何か『しくじった』のだろうか。心臓の鼓動の高まりとともに背筋が微震し、リガッタの思考が加速した。


端的に言って、これは恐怖であった。



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