1年に1度にしか逢えない夫婦と1週間ぶりに再会した夫婦
七夕の夜、彼女は駅前で夫を待っていた――まだ連絡すら来ていない夫のことを2時間以上も。
何故彼女が夫のことをそこまで待つのか。
それは少しでも早く、願わくば1秒でも早く夫に逢いたいからに他ならない。
彼女は夫と結婚して1年目であり世間一般的にも新婚夫婦であるが、この2人の仲の良さは高校生の時から大変有名で、地域みんなが公認の仲良し夫婦、もといバカップルであった。
そんな2人は仕事以外では基本ベッタリであるものの、今回は夫の出張で丸々1週間離れ離れになってしまったのだ。
今まで付き合ってからこんなに長い間離れたことのなかった彼女は、今までになく寂しさが募り、誰も見ても暗い顔をしているのが一目瞭然であった。
そんな暗い表情をして1週間過ごしていた彼女だが、今日は夫が帰ってくると思うとパアッと明るい表情になり、まだ彼から連絡すら来ていないのにも関わらず、今か今かと笑顔で待っていたというわけだ。
しかし、いつもの帰宅時間になっても帰ってくる気配はなく、また連絡すら来ないため彼女の表情は少しずつ曇っていくのが自分自身でも分かってしまい、さらに気が沈んでしまう。
普通ならもう家に帰るだろうが、彼女にはそんな考えは全くないため、彼女の体は少しずつ冷えていく一方であった。
「お帰り!! 颯真!!」
「ただいま……というかどうしてここに詩乃がいるの?」
彼女は夫の姿が見えるとすぐに大きな声で歓喜を上げながら、思いっきり彼に抱きついてとびきりの笑顔で迎えた。
その一方で、妻に会えた喜びを通り越して、彼女の行動に驚いた彼は戸惑いながらも挨拶をするが、すぐに彼女の行動を尋ねざるを得なかった。
そんな問いに彼女は颯真に会いたかったからと更に彼を強く抱きしめて、か細い声と寂しそうな表情を彼に向けてきた。
そんな可愛らしい彼女に夫は思わず頰が緩んでしまう。
「何ニヤニヤしてるの! こっちはずっと待ってたのに!」
「もう遅いから連絡するのも悪いと思って……実際にもう11時に近い時間だし……」
「連絡してくれなくて寂しかったし、心配したのよ。私のことを気にするならきちんと連絡して」
「本当ごめん」
彼女がその態度に腹を立てて急に低い声を出したので、彼は本気で怒っているのだと分かり、慌てて謝罪し、彼女を宥めるのに必死になってしまう。
しかし、彼は時間が経つにつれて再び頬が緩んでおり、その表情に気づいた彼女は少し腹が立って、どうしてそんなにニヤニヤいるのと再び彼を叱りつけた。しかし、彼のその頬の緩みは戻ることなく彼は声を高くして弁解をする。
「ずっと俺のことを思ってくれたのだと思うも嬉しくて……。でも、俺も本当に詩乃と会えなくて寂しかった……」
夫は無意識のうちに彼女を強く抱きしめてしまって、喜ばれるどころか、彼女に苦しいと言われる始末。
その言葉に即座に反応して彼は彼女から両手を離すものの、一気には離さないでよと再び彼女が彼に抱きついた。
そんな2人を周りにいた人達はみな微笑ましく見守っており、2人の睦まじさに歓喜をあげている人もいた。
そんな周囲の目にもくれず、2人はそれぞれ納得し、帰ろうとサッとお互いに手を出して、指をしっかりと絡めあって歩き始める。
そこにはこの1週間感じなかった安心感がお互いに芽生えたのだった。
「短冊に書いて良かったよ。颯真と七夕までに会わせてくださいって」
「そんなことを短冊に書いたのか? それも会えますように、じゃなくて会わせてくださいってお参りかよ」
「そんなことって何よ! 私はお参りしたいぐらい真剣だったの」
折角彼女の怒りが収まったと思ったのにも関わらず、また彼女は怒り始めてしまったため、彼はごめんと再び謝る羽目となってしまう。
「別に詩乃の願いが嫌とかじゃなくてさ、もっと違うことを願っても良かったんじゃないかなって思って。死なない限り遅かれ早かれ会えるだから」
「死ぬとかそんなこと言っちゃ駄目! 言霊があるって何回も言っているのに」
彼はそのことを言われてハッとしてしまう――彼女はそういうことを言われる何よりも大嫌いなのだと。彼はいつも気をつけているものの、今回に関しては呆れてしまい咄嗟に言ってしまった言葉だった。またここでも彼女を繕う羽目になってしまう。
「あ……ごめん。でも詩乃のことだから、1つしか書いてないんだろうなと思ってさ」
「願いを何個も書くなんて傲慢だよ」
「周りにはけっこう複数書く人いるけどな。俺は1つだけにしたけど」
彼女に複数書いたなんて言ったら怒ることは目に見えていたし、また実際に彼は何個も願いを書いている人に対して1つしか願い事はないため複数の願いを書く必要もなかったことから、偽りもなく素直に答える。
彼女はその応答に素直に喜び、一気にご機嫌となった。
「ちゃんと書いてくれたなんて嬉しい!」
「喜ぶところそこ?」
「だって颯真のことだから書いていないかと思った」
昔は、短冊なんて書いたことによって願いが叶うわけないため書くだけ時間と労力の無駄だと思っていたし、もし願いを書くなら好きなだけ書いたら良いとずっと思っていた。
しかし、彼は彼女と関わることで願いを書いたら叶うというわけではないけれど、それを書く時間を楽しんだり、実際に書いてそれを目標として努力しようとしたりと、それには違う価値があるのだと気づき、それから毎年書くようになっていたのだ。
と言っても今まで書いていたのは、彼女と一緒に書くのが楽しかったからであり、1人で書くのは今回が初めてだったのだと今気づくと彼も自分の行動に少し驚いてしまった。
「そう言えば颯真はどんな願い事を書いたの?」
「願い事? ああ………それはこれからも詩乃と仲良く一緒に過ごしたいって書いたけど」
「やっぱり。毎年それだもの」
「それが1番の願いだからな」
「だからこそ私は七夕に会いたいって書いたの。颯真が書くなら私と同じ願いだって分かっていたから。書くかどうかは分からなかったけど」
「俺への信頼なさすぎ」
彼は彼女の言葉に少しだけ傷つき、少し肩が下がってしまう。そのため今度は彼女が取り繕う側となってしまい、ごめんと謝ることになった。彼女は夫に元気を出して欲しいと空を見上げるように指示する。
「今日は本当に澄んだ空だよ。天の川もしっかり見えているね。織姫と彦星も素敵な再会をしているに違いないよ」
彼は彼女の言葉に従い空の上を眺めると、そこには何とも言えないキラキラと輝く天の川がすぐに目に入ってくる。その美しい光景に彼女と共に見惚れてしまっていた。
「本当に素敵だな。こんな景色一緒に見れて幸せ」
「私はこの光景を一緒に見たいなと思って書いた願いだったもの」
2人は自然と肩を寄せ合って空を眺める。そこに2人は新たな温かさを感じて更に幸福度が高まった。
「夏の大三角形も見えるね。カササギが2人の橋渡しをしているのかしら」
「きっとそうなんだろうな」
「あら否定しないのね」
「そういう風に考えるのも楽しく感じるようになったから」
今まで現実的に物事を見ていた夫だったため、彼女はこんな言葉を発してくれるとは夢にも思わなかったのだ。今は空想的にも物事を見てくれるようになってくれたのだと思うと彼女は嬉しくてたまらなかった。
「実は私も最近は現実的にも考えてみるのも楽しいと思っているの。もしカササギが実際に織姫を七夕までに運ぶには何日ぐらいかかるのだろうとかね。もし本当にするとなるとどうなるの? そういうの颯真は大好きだし得意でしょ」
「カササギの時速とか、星の距離とか分からないから正確には言えないけど、でもどう考えても1年かけても運べないことは確かさ。普通に10億年は超えそうだけど」
「やっぱり現実的に考えたらどう見ても無理よね。だからこそロマンを感じる気がするわ」
その彼女の言葉に彼も驚いてしまう。昔の彼女なら現実的に考えたらそこにはロマンも欠片もないわと一蹴していただろうが、今はそのことを否定せずに、寧ろ楽しいと言ってくれた彼女に彼は喜びを抑えることは出来なかった。
「確かに現実的に考えると、愛する人と1年も逢えないなんて中々耐えられるものではないからロマンチックなんだろうな。俺は1年どころか1週間ですら精神的に病みそうだった」
「私も1年とか絶対無理だもの。1週間会わなかっただけで、さっき会った時、颯真が凄い輝いて見えたんだよね」
「それは同感。きっと織姫と彦星が再会する際には俺達以上に輝いて見えるんじゃないか」
「だからこそあそこまで綺麗に輝いているのかもね」
2人は再び空を見上げて、ベガとアルタイルの星を見つめる。その輝きは先ほど見た時よりも輝いているように感じた。
「こうしてずっと眺めていたいけど、そろそろ家に帰って素麺とオクラ食べなきゃ」
「相変わらず律儀だな」
「今年も健康を祈らなきゃね」
「そうだな」
2人は少し名残惜しいものの、家に帰ろうと前を向いて再び歩き始める。
もう少しで日付が変わるにも関わらず、空は更なる輝きを帯びて2人を明るく照らしていた。
ご覧いただきありがとうございます。
もし良ければ評価やコメント、誤字脱字報告をお願いします。