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出会いベンチ⑤

ゴールデンウィークが間近に迫った4月下旬。授業が終わり、僕は久しぶりに図書室へ行くことに決めた。もちろん一人で。

勉強する生徒のシャープペンシルのカリカリ音にも慣れた僕は、教室よりも、むしろその場所を好むようになった。

図書室、特に窓際の個人席は読書に集中できるだけでなく、夕方に現れる西日が僕に生命エネルギーを与えてくれる。まだその席を定位置にしてから数回ではあるが、たまに聞こえてくる中庭にいる生徒たちや、屋上で発声練習を行う演劇部の生徒たちを見るのも興を感じるほどだ。きっと5月以降は、痛々しい日差しを遮るために薄地のカーテンで窓全体が覆われるだろうから、今がベストシチュエーションとなる。

いつものように入って奥の方の席についた僕は読書を始めた。今読んでいるのは推理モノで、つい先日まで読んでいたスパイを志す少年少女の話は続編待ちとなる。葉月さんにはあらすじを大まかに話し考察に花が咲いた。その本は彼女に貸し、僕とはまた違った感想を言ってくれるのを心待ちにしている。何かと忙しい葉月さんがいつ読み終えるのかわからないが、あの本を共有できたこと自体が嬉しかった。


やはり推理モノは集中して読むと疲れる。僕は前屈みになっていた背中をほぐそうと手を上に伸ばし、左右に腰をひねる。ふと視線を斜め後ろに向けると、大きな机で勉強している葉月さんたちに気づく。葉月さんの方が先に教室を出たのに、僕がここへ来る時にはいなかったため、おそらく部室が使えずに引き返してきたのだろう。いつものメンバーで集中して勉学に励んでいる。葉月さんが僕に気づいているかどうかはわからないが、彼女の後ろ姿を見るのは何だか新鮮だ。いつも彼女の方から僕に向かってくるばかりだったから。

僕は葉月さんに声はかけず、再び目の前の世界に心酔していった。


いつしか西日が夕闇に落ちていった頃、僕は小説をリュックにしまい帰路に就こうと図書室の入口へ向かう。

すると、先ほど葉月さんが座っていた机に1冊の手帳らしきものが目に入った。その場に近づき手帳に目をやると、思ったよりも分厚かったそれを【日記】だと認識する。しかもそれが【葉月さんの所有物】であるという確信を加えて。

なぜならその日記には僕の知っている「しおり」が挟んであったからだ。

唐草模様でデザインされたそれは、以前に僕に対して、全く興味を持たない母親が海外旅行のお土産に買ってきたものとそっくりであり、しかもそのしおりを僕はつい先日、葉月さんに貸した小説に挟んで渡していた。

『きっと葉月さんのものだ』

そう思った僕は何気なく、しおりで挟まれたページを開いてしまった。今思えば大変失礼で、何と常識のないことをしたのだろうと自分を卑下することになる。それでも、この時の僕はそこに書かれた文章に胸を大きく高鳴らせた。


【4月○日。川端くんに出会いベンチで出逢った。こんなに彼と話したのは高校以来初めてだ。とってもうれしくて、ついときめいちゃった!今日あった嫌なことも吹っ飛んじゃったし。明日また川端くんに話しかけよっと。今日みたいに勇気出せ、わたし!】 

 

日付は太字で書かれており、しかもマーカーが引かれていた。もう一つ【勇気出せ、私】にも。

僕はさっと日記を閉じた。

妙な胸の高ぶりを抑えようとしつつ、明日から葉月さんとどう接したら良いのかわからない自分が、ここに立ち尽くしていた。この使い古された日記帳は決して開いてはいけないパンドラの箱に思えてしまう。これを葉月さんに渡しに行っても、「日記見てないよね?」と疑いをかけられるだろう。まあ読んでしまったのは事実だが。

この日記を見て見ぬ振りして、この場所にとどめておくことは簡単なのだが、仮にこの日記を他人に見られるのも何だか気に入らない。この所々表紙が擦れた日記には、葉月さんが日々感じたことが綴られ、きっと前に進むための、振り返るきっかけとなる力があると僕は勝手に思った。

意を決して僕は、この日記を手にとり軽音部の部室まで届けようと思った矢先、一人の少女が数十m先で息を切らして立ち尽くしているのが見えた。

 

葉月さんだ。


「こ、これ葉月さんのもの?」

「・・・・・・うん、そうだよ」

言葉に詰まりながらも、恐る恐る葉月さんに近づき、日記帳を渡す。

「どうぞ」

「ありがとう・・・・・・どうして私のだってわかったの?」

怪訝な表情で僕を見つめる葉月さん。そりゃそうだ、彼女は僕が図書室にいたことを知らなかったから。

「葉月さんが図書室に来るのよりも先に、あっちの一人席で読書していたんだ。それでふと後ろを振り返ったら、葉月さんたちがいるのを確認したから・・・・・・」

 僕は先程まで座っていた席を指差し、必死に弁明する。

「それにそこに挟んであるしおり、僕が葉月さんに貸した小説に挟んだものと一緒だったから・・・・・・そのしおり、僕の母が海外出張に行った時にお土産で買ってきてくれたものだから、他に持っている人いないと思ったんだ」

僕がそう説明すると、

「そ、そうなんだ。ありがとう、疑ってごめんね・・・・・・あっ、このしおりね、なんか見た目が気に入っちゃって小説じゃなくて、日記に挟んじゃってたの。ちゃ、ちゃんと小説は少しずつだけど読んでるよ。そっちには違うしおりを挟んでいるの」

と、きまりが悪いと思ったのか、葉月さんの説明に必死さが伝わってきた。

「うん。別にいいよ何に使っても。良ければそのしおりあげるけど」

「いや、お母さんからもらった大事なものでしょ?受け取れないよ。」

日記帳を受け取った葉月さんは、そこから挟んであったしおりを僕に渡そうとした。そんな彼女の焦燥感を察した僕ではあったが、

「い、いやいいよ。別にそんなに思い入れがあるわけでもないし・・・・・・葉月さんに使ってもらえるなら僕は嬉しいよ」

と、僕は頑なにそのしおりを受け取ろうとはしなかった。単純に、ただ一途に僕は葉月さんにそれを持っていて欲しかった。

「えっ・・・・・・いいの?」

「うん。別に僕、親と仲良いわけでもないし」

「そ、そうなんだ。私も親と仲良くない・・・・・・というか親同士、仲が悪くて離婚しちゃってるし。まあ私が原因でもあるんだけど・・・・・・」

僕が渡したしおりを、自身の胸の辺りに近づけてそう話す葉月さん。

「・・・・・・」

突然の内容に言葉が出なくなって、というかどう言っていいかわからなくなった僕は、ただただ彼女を見つめることしかできなかった。多少なりとも同じ境遇で親近感が湧いた思いを置き去りにして。

すると、何を思い立ったのか葉月さんは、あどけない表情を見せながら僕にある提案をしてきた。

「あ、あのさ、川端くん。今度のゴールデンウィークって、なにか予定ある?」

「い、いや、何もないけど」

部活にも入っていないし、というかこの1年近く、僕はずっとぼっちであったのだから予定があるはずもない。葉月さんの前でつい、しどろもどろになってしまった。

「だったらさ、日記を見た罰として私の買い物に付き合ってくれない?」

「い、いや、見てないから!」

思わず息が荒くなりながら、そう答えた僕。葉月さんに見限られないよう、必死に否定する。実際は有罪なのだけれども・・・・・・。犯罪者の気持ちを少し理解してしまった。

「冗談、冗談。じゃあ日記を守ってくれたお礼に付き合ってくれない?」

「・・・・・・理由と結果があまり結びついていないんだけど」

「いいじゃん。気にしないでよー。全く、ホント川端くんは屁理屈なんだから」

「それが僕のアイデンティティーでもあるからね」

「ホントそういうとこだよぉ」

すぐにイエスを言わない僕に少し呆れる様子の葉月さん。それでも何とか僕の了解を得ようと食らいつく。

「だったらさ、ファストフードくらい奢るからさぁ、ねっ?」

「ご飯か・・・・・・」

「えー、食いつき悪いなぁ・・・・・・」

とうとう言葉に詰まってしまった葉月さん。こうして、僕らのやりとりは膠着状態に入らんとしていた。図書館でこんなにも私語を連発しているのに、お互い引け目を感じないのは、この空間に図書委員以外僕ら二人しかいないからだ。この時間がこのまましばらく続いても良い、と僕は思っていたが、葉月さんは、この後ギターの練習もあるだろうし、早急に結論を出すべきだろう。


「だったらさ、僕の買い物にも付き合ってよ」


僕の提案に一瞬目を見開いた葉月さんは、

「全然いいよー。そうしよ!」

と、見事に賛同してくれた。

「じゃあ決定ね。詳細については明日要相談ってことで。じゃあ私部活いかなくちゃだから、バイバイ」

「うん。さようなら」

急いで図書室を後にする葉月さん。その後ろ姿からは、何だか軽やかな様子に見て取れる。

そんな彼女との駆け引きを制した僕。世の中、こうやって悪人が跳梁跋扈するんだろうな。

ちょっとした罪悪感を抱きつつも、世のなか、真実を知らないほうが良いと自分を肯定してみたりもする。


「バッ!」

不意に図書室の扉が開き、僕は思わずぎょっとしてしまう。そこへ現れたのは再び葉月さん。

 息遣いの荒い彼女が僕に近づく。

「川端くん!LINE交換しよ!」

「・・・・・・いいけど、明日でも良かったんじゃない?」

「そうなんだけどさ・・・・・・今日が良かったの!」

 小走りで来た影響か葉月さんの語気が強まっている。

「ま、まあ、いいけども」

お互いにスマートフォンを出し合い、LINE交換のためさらに接近する。

彼女の胸の鼓動がまるで僕にも伝染したかのように、僕の心拍も早くなる。

それと同時に、この時の僕には小さな翼が生えたような、そんな浮遊感を感じていた。


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