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出会いベンチ④

翌日、そして翌々日も授業の合間に、葉月さんは僕の前の席に座って話しかけてくる。元の席の人が少し羨ましく思えた。女子だけど。

世間話であったり、予習のことであったりを気兼ねなく話してくる葉月さん。

そのせいで、と言っては大変失礼なのだが、例の小説を全く読み進めていなかった。普段休み時間にこれでもかっていうくらい読んでいたその時間は、葉月さんとの会話や次の授業の予習に費やされている。

そう、いつしか僕も真面目に予習に取り組むようになっていたのだ。これで成績が上がれば万々歳なのだけれど、きっとそう上手くはいかないだろう。


「じゃあね川端くん。バイバーイ」

「うん。さよなら葉月さん」

大きく手を振る葉月さんとは対照的に、僕は遠慮気味に手を胸の辺りまで挙げた。そんな僕に少し笑みを零した葉月さんは、いつものようにギターカバンを背負って小出さんと教室を出ていった。

『さて、少し読書でもして帰ろうか・・・・・・』

教室で僕は、丸々2日開いていなかった小説を手にとり読み始めた。しかし、すぐに閉じることを選ぶ。

教室に他のクラスメイト数名が居残って話をしているのが気になってしまったからだ。

このままでは小説の世界に心酔しきれないと感じ取った僕は、高校生活でほとんど利用したことのない図書室へ行くことに決めた。

進学校である僕の高校の図書室は、市内の図書館に比べ、棚に並べられた本の数に比して机の数が多い。読書よりも勉強している人数が多いのだ。窓側には一人用の机が等間隔で並べられている。

それらの席は残念ながら全て埋まっていたため、仕方なく僕は大人数用の席につくことにした。

椅子に座り小説を読み始めようとしたが、何やら視線を感じたためふと顔を上げると、恐らく『川端くーん』と口をパクパクさせて、柔らかく握りしめた手を小さく振っている葉月さんが目に入った。彼女の他に小出さんと三人の女子が一緒に勉強している様子だ。

僕は軽く会釈して、再び下に視線を向けた。

図書室の特性上、この場所で僕と葉月さんが会話することはなかった。1時間くらいして葉月さんらは図書室から出ていった。その後ろ姿を見るにどうやらこの四人はバンドメンバーのようだ。3人がギターもしくはベースを入れたカバンを背負っている、だろう。残る一人はきっとドラマーなのだろう。何となくであるが四人が並ぶこの雰囲気に結束感を感じた。

西日が強くなり出したのも束の間、夕闇が姿を現わす。葉月さんたちが出ていってから1時間後、ようやく僕は図書室を後にする。久しぶりに、こうして集中して小説を読んだ。始めは多少気になっていたシャープペンシルをノートに擦り付ける音も、いつしか意識されなくなった。この空間も意外に悪くない。明日も来ることにしよう。

そんなことを思いながら図書室を出た僕は、夕さりの風に肌寒さを感じつつも、校舎を出る途中の道の、プレハブの建物から、澄んだギターの音色に心地良さを感じてつい立ち止まった。

『葉月さん、きっとまだ練習しているんだろうな・・・・・・』

僕はほんの少し後ろ髪引かれる思いで、校門をくぐった。


 

「川端くん、おはよ、奇遇だねえ」

「おはよう。奇遇も何も、下駄箱が近いんだからたまには会うでしょ」

翌日朝の生徒玄関で、葉月さんと挨拶を交わした後、教室で僕がリュックから筆記用具やらノートやら文庫本を出し、椅子に座ろうとしたところ、それを遮るかのように明朗な声が飛んできた。

「おはよ!川端くん」

「うん、おはよう。さっきも挨拶したけどね」

「いいじゃん、いいじゃん。別に挨拶は沢山したっていいでしょ?それより昨日、図書室に来たよね。初めて川端くん見たからびっくりしちゃった」

葉月さんが驚いたようにそう話す。いくら普段ぼっちの僕でも図書室くらい行くだろうに。葉月さんに対して、ほんの少し苛立ちを覚えてしまう。

「確かに高校に入学してから初めて行ったけど。そんなに驚くこと?」

僕の怪訝な表情に、葉月さんは申し訳なさこうに答える。

「なんか、ごめんね。特に偏見があってそう言ったんじゃなくて、わざわざ川端くんが図書室で読書するのが意外で。するんならてっきり教室かと思ったの」

「昨日は・・・・・・あまり声に出したくないんだけど、教室がちょっとうるさくてさ。だから集中して読める場所に移動したんだよ」

「そっかぁ。やっぱり静かな所で読書したいよね」

小声で葉月さんにそう伝えると、彼女も察して小声で返してきた。今回は公園の時みたいに耳元で言われなかったので、僕の胸の鼓動はそこまで速くはならない。

「それはそうとさっきの口ぶりから、葉月さんはよく図書室にいるの?」

「うん。部室でメンバー練したかったんだけどドラムの先約がいて、とりあえず終わるまで勉強してたの。まあ週1くらいでいるかな。やっぱり図書室の方が集中できるし」

やはり葉月さんは頭が良い。本来の、血気盛んな女子高生ならば、コイバナであったり世間話で時間を浪費するのに、彼女は先を見据えて行動している気がする。

「ちゃんと時間を有効活用してるんだね」

「そんなことないよぉ。私だって友達としゃべってばっかな時あるもん、勿論、教室とか屋外でね」

「そうなの?」

「・・・・・・この前の出会いベンチの時とかさ」

 葉月さんは自身の顔を僕に近づけ、左手を口元に添えながら優しい笑みを見せながらそう言いた。

それまで比較的穏やかであった僕の心拍が、妙な高ぶりをみせた。

「・・・・・・」

「えー、何か言ってよぉ」

「いや、なんて言っていいのかわからなくてさ・・・・・・」

僕が口を濁していると、少し目を潤ませる葉月さんに気づく。

「もしかして、休み時間に私が話しかけて、川端くん、全然読書できていないから迷惑してる?」

「そ、そんなことないよ!ほらっ、葉月さんこの小説の続きを話してあげたくて、共有の話で盛り上がりたくて、だから全然迷惑してないよ!」

うつむき加減で話す葉月さんを、手に取った小説に何とか視線を向けさせながら、僕は必死に否定することで精一杯であった。お互いに自傷するような勘違いをして欲しくなかった。

「本当に?」

「うん」

「よかったぁ」

 だから休み時間はここに来てよ、と口にする勇気は僕にはなかったが、その日の昼休みは葉月さんと長い時間過ごすことになった。

単にあらすじを話すことは、僕の性格上躊躇いがあったので、

「この後どうなったと思う」「この仕掛けにはある工夫が施されてるんだけどわかる?」

といった質問を彼女に投げかけることで、感想戦とは違ったやりとりを僕は嗜むことができる。それに僕よりも成績優秀な葉月さんに、多少の優越感を浸れる気分にもさせてくれる。まるで、僕だけがわかる問題を教えてあげるように。

こうして、これまで以上に、僕は葉月さんとの会話のために、休み時間を読書だけでなく授業の予習にも躍起になっていった。これまでただ淡々と毎日を送るのとは違う、自分自身に色を塗る、自己を確立していくような。

ただ、図書室には週に一回くらいしか行かないようにしている。葉月さんに何となくからかわれる気がしたからだ。彼女の話によると、部室利用の都合上、週に2回くらいは図書室で待機しているらしい。とはいえ、図書室での私語は厳禁であるため、その時間はほぼ勉強にあてている。たまに作詞や作曲のアイディアを練ることもあるとのこと。

そんな彼女が図書室に行くたびに、放課後何の予定もない僕も読書をするためだけに行っていたらきっと、

『私に会いに来たのー?』

と、彼女はニヤニヤと言ってくるに違いない。それはそれで良いのだが、葉月さんに変なマウントを取られたくないのと彼女に会いたいという内情を悟られたくない、元より心底にある僕の矜持がそれを許さない。


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