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心の海へと帆を上げて⑤

 盛大に行われた打ち上げも終わり、僕らは店を出ることになった。

 21時過ぎの日曜の商店街は意外にも静かである。きっと週末であれば、仕事終わりのサラリーマンが賑やかにあちらこちらでハシゴしているのだろうけど、やはり今日は休みの人が多いのかそれほどでもなかった。

 お酒も飲んでいないのに駅へと向かう路地は、街灯の朧げな光によって、何だか神秘的というか幻想的な趣きを感じる。

 松葉杖をつく大久保君のもとに、彼の家族が乗る車がやってきた。「本当にお疲れ様でした」と僕らに挨拶をした彼と喜多川は車に乗り、一足先に解散していった。

「サイコーでーす」

 駅に着いた僕ら青軍一行は、高城団長が解散の音頭をとり、お互いにハイタッチしながらその余韻に浸る。残念ながら近藤先輩は後片付けとお皿洗いのため、この場にはいないが、これから行われる2次会には参加するらしい。

「オレたち3年はこれからカラオケ行くけど、下級生たちはどうする?」

 そう高城先輩が尋ねてきたが、

「僕たちは帰ります」

と無神経気味にそう言い放つ松村君。そんな彼に違和感を覚えるも、

「私と川端くんも帰ります」

と服の袖を葉月さんに掴まれた僕は、先輩らに一礼し、なすがままに改札へと向かった。

「軽音部でボーカルなのに行かなくて良かったの?」

「今日は頑張りすぎちゃったから、これ以上はとっておくの」

「とっておく必要なんてある?明日にってこと?」

「さあ、どうでしょう?あっ、私トイレに行きたいから待っててくれる?」

 そう言いながら不敵な笑みを浮かべる葉月さんは、そそくさと女子トイレへ向かった。

 彼氏でもないのに、女子トイレの前で待つことに戸惑いを感じた僕は、とりあえずホームへ向かおうと松村君らの後を追うことにした。

 エスカレーターを上り、電車が来るまでの間、後輩たちとの気まずい時間を避けようとスマホを開く。すると、いきなり葉月さんからLINEが来る。

『川端くん!助けて!!』

 一瞬、背筋がすーっと凍ったのも束の間、僕はすぐに葉月さんのもとへと走り出す。

 階段を降りる間、僕は彼女の身に何が起こったのか考え始めていた。主要駅とまではいかないがそれなりに大きな建物であるため、変な輩にナンパされたのか、酔っ払いの親父に絡まれているのか、はたまた、空前絶後の出来事が起きているのか

 僕は頼むから冗談であってくれと願いながら階段を駆け降り、トイレ方向へと走り出した。


 予感は良い方の的中であった。

 スマホをいじりながら、一人でいる彼女を発見した僕は息を切らしながら、

「ここでも悪ノリぃっ?」

 と半分切れそうになるのを抑えながら、僕は彼女を射竦める。

「ご、ごめん・・・・・・ここでもからかっちゃった・・・・・・」

 そう呟きながら、心配そうに僕を見つめる葉月さん。

「からかうのは君のおはこだから気にはしていないけど・・・・・・急いで駆け寄るこっちの身にもなってほしいね・・・・・・」

「・・・・・・ごめんなさい」

 そこまで怒りを込めて言ったつもりではなかったが、反省した様子の葉月さんを見て、僕は徐々に落ち着きを取り戻す。

ほんの数秒ではあったが、二人の間に沈黙が流れ、「帰ろうか」と僕が切り出すと俯き加減で彼女は頷いた。

 ホームに僕らが着いた頃には、瀬戸君や松村君らはすでにいなかった。若干の気まづさと水無月の夜風に体が強張ってしまっている僕は、

「とりあえずベンチにでも座ろうか」

と葉月さんを促し、それに応じる彼女。次の電車が来るまで10分弱。

 誰もいない4人席のベンチの手前の席を葉月さんに譲ろうと、一番奥の席に座る僕。

 すると、どういうわけか隣の席に着く葉月さん。別に誰もいないのに、ひと席くらい空けて座ればいいのに。

 僕が言うのもなんだが、今宵の葉月さんは何か変だ。

 本日が体育祭ということもあり、葉月さんはギターを持ってきていなかったので、彼女のカバンが普通であることに違和感はあったが、それよりも、なんだか雰囲気がいつもと違うような気がしてならない。むしろ行動自体に違和感を感じる。

「久しぶりだね。こういうベンチに座るの?」

「そうなんだ?僕はたまに座ったりするよ」

「えっ、まさか一人で『出会いベンチ』に行ったの!?」

「そんなわけないだろ。駅のホームのベンチだよ」

「ホームのベンチにそんなに座ることある?」

「今日みたいに電車に乗り過ごした時にだよ」

「・・・・・・・ごめんなさい」

「いや、謝らなくていいから」

 何だか少しよそよそしい葉月さん。彼女によると、普段は基本、ギターカバンを背負っているため、それを下ろして倒れないように置くのが面倒なようで、電車の待ち時間もスマホをいじりながら立っているそうだ。

 電車到着まで残り数分だというのに、やはり時間が長く感じる。いつもはお互いにからかい倒しているからか、本当に時が経つのが早い。それなのに、今の葉月さんや僕本人も何も話せずにいる。

 隣同士なのに距離感が遠い。何だか寂しい。それでも、この感情を受け止めている自分に何だか腹が立つ。

「・・・・・・僕、臭くない?」

「えっ、えー。どうしたの急に!」

 僕の突然の利発性ゼロの発言に、明らかに驚いている葉月さん。続けて彼女らしい笑い声がホーム内に木霊した。

「急に笑わせないでよーもう、いじわるぅ」

「葉月さんが隣に座ってるからさ・・・・・・シャワーも浴びてないし、臭くないかなって思って」

「そんなことないから。さっきコールドスプレー貸してあげたでしょ?もしかして、それで臭うと思ったの?」

「そういうわけではないけどさ・・・・・隣が近いからさ・・・・・・」

「大丈夫だよぉ。ていうか今そんなに暑くないし・・・・・・もしかして、私がそばにいて川端くん、緊張しちゃった?」

 僕を軽く茶化してくる彼女に屈託のない笑みが溢れている。

 ほんの一言がきっかけで、葉月さんがいつもの葉月さんに感じ取れて安心した僕は、当然ながら反論する。

「いつもは緊張のきの字もなかったけれど、葉月さんのせいで変に緊迫した空気になったことは確かだね」

「あーそれ言っちゃうー?本当にいじわるだなあ」

 いつしかホームへ向かって照らす電車のライトが僕らをゆっくりと包み込んでいった。

 電車が停まりそうになるのを確認した僕は、立ち上がりドアの方へと進む。たが、葉月さんの動く気配がしないので、話しかけようと振り向くと、両手をメガホンのようにして何かを発していた。何だか既視感があるな。

 読唇術を心得てはいない僕が「どうしたの?」とその場で尋ねると、彼女はすぐさま立ち上がり、いつもより小さいカバンを背負って僕に近づいてくる。


「すきだよ」


 そう言って、僕の横を通り過ぎ電車内に向かう葉月さん。

「えっ・・・・・・」

 自然に言われた言葉とその動きに、僕はただただ後を追うことしかできない。


 日曜夜の電車は空いていた。

 葉月さんが長い座席の端に座り、導かれるように僕は隣に座る。まあ手招きされただけなのだけど。

 僕は悩んでいた。彼女に言われた一言の真意が何なのか。以前にも告げられたそれは、今回、とても重要なものに感じられている。

 loveなのかlikeなのか・・・・・・いや、僕は知っている。それがloveだということを。ずっと前から知っている。図書室であの日記帳を見た日から・・・・・・。

 ただそれに反して、仮にlikeであるのなら、僕は気兼ねなく、僕もlikeの意を伝える。しかし、loveの方なら、僕はどう答えれば良いのだろう。

 葉月さんに対して、恋愛感情があるかといえば、きっとそうなのだろう。けれど、恋愛経験のない僕は、この感情が「本当」のloveなのか見当もつかないでいる。

 そして、僕のとある「エゴ」も答えを出すのを躊躇っている原因なのだ。

 そのエゴとは、世間でよく言われる「男らしさ」なのだ。抽象的、けれども僕が葉月さんに見せたい「覚悟」。


「川端くん、黙り込んじゃった・・・・・・つまりはそういうことだよね」

「えっ、いや・・・・・・」

 どうやら葉月さんが誤解しているようなので、僕は無理矢理にでも、言葉を紡ぎ出すことにした。

「嬉しいよ・・・・・・さっきのって、恋愛感情の『好き』なんだよね?」

「・・・・・・うん。そうだよ」

 葉月さんの真剣な、けれども温かみもある眼差しに、僕は魅せられ緊張して何も話せずにいた。

 電車の動く音、妙に僕の胸の鼓動を刺激する。また、車内の静けさが、僕の動きを拘束させている。

「あのさ、川端くん。お願いがあるんだけど、聞いてくれる?」

 沈黙を破り、そう尋ねてくる葉月さんに僕は、

「無理難題でなければ、おざなりにならないよう、遂行するよ」

 と普段の流暢な癖が出た。

「出た、川端節。じゃあさ、私を家まで送ってくれない?」

「葉月さんの家って僕の家の一つ前の駅だっけ?それなら、構わないよ」

 少し自分本位の言葉になってしまったが、葉月さんは嬉しそうに、

「やったぁ。一人でちょっと心細かったからさ、お願いね」

 落ち着きの中にある不安さが、少し和らんでいるような彼女の表情が、僕は妙に嬉しかった。


 葉月さんの家の最寄駅に到着した僕らは、彼女の家へ向かって歩き出す。

 日曜夜の住宅街というのは、こうも閑静なのか。まるでみな、明日からの授業や勤務を億劫に感じているような、変な静けさである。

 googleマップで彼女の家を確認したところ、葉月さんを送った後、多少時間はかかるが、踵を返すことなく我が家へ帰れそうだ。

「さっきの告白は、まだ返答待ちってことなのかな?」

 世間話をしていたところで、僕は、不意打ちを喰らってしまう。

「・・・・・・僕はさ、恋愛経験がないからさ、今、色々と戸惑っているんだ」

「そっか・・・・・・」

 すぐに返答できない僕を、葉月さんは女々しく思っているのだろうか。それとも、振られてしまうという誤解が脳裏によぎっているのだろうか、妙に静かな葉月さんがそこにはいる。

「あっ、公園がある」

 決して助け舟を読んだつもりではなかったが、きっかけとなる「場所」を僕は欲していたんだと思う。

「そだよ。寄ってく」

 僕らは、公園の砂場やジャングルジムのある場所の端っこにある、3人くらい座れる赤いベンチに腰を下ろした。

「それで、返事は?」

「座って早々、気が早いね君は」

 僕らの座ったベンチの距離感は、先ほどの駅のベンチの隣同士くらい、けれども肝胆くらい近い何かを感じる。

「月が、キレイだね」

「そうだねえ」

 とても臭い台詞を僕は言ったつもりであったが、葉月さんが理解せずに、間に受けてしまったので、思わず笑ってしまった。

「えっ、どうしたの!?」

 僕の反応に驚いたのか、普通に心配されてしまう。

「何でもないよ・・・・・・僕はさ、好きな人がいるんだ」

「そっかあ。うちのクラスにいるの?」

 まだ、ほんの少し葉月さんが誤解しているかもしれないと感じた僕は、覚悟を決めた。


「そうだよ。いつも笑顔で快活で、何事に対しても実直に頑張れて、ギターを背負っている女の子」

 葉月さんの顔を見て話すのは、恥ずかしかったので真っ直ぐ、正面にあるブランコを見ていた僕は、ふと彼女の顔が気になり、視線をそちらへ向けると、今にも涙が溢れそうな美しい貌が崩れそうな表情をしている彼女に気づいた。

「ホントっ、意地悪だなあ、川端くんは。素直に好き好き大好きだーって言えばいいのに」

 相好を崩した葉月さんの笑みに、僕の胸が高鳴る。

「そんな、アニメみたいな台詞、僕が言うと思った?」

「ううん。思わなーい」

「恋人いない歴16年の僕なんかで、本当にいいの?」

「いいよ。川端くんこそ、恋人いない歴16年の私でいいの?」

「もはや、言わずもがなだね」

「そだねー」


 今にしてみれば、大久保理人という誠実を絵に描いたような人間が、僕に対して、何という不埒な態度を体育祭の場で見せたのか、それが今、解決できた。

 彼、いや、彼だけではない。きっと木村先輩も知っていたのだ。木村先輩には打ち明けていた。葉月さんの、僕に対する想いを。

 葉月さんが僕のことを好きだという事実。それに気づけなかった自分が憎い。あまつさえ臍を噛みたいくらいである。


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