心の海へと帆を上げて④
勝利の余韻を存分に浸り、胸の鼓動の高鳴りが落ち着きを見せ始めた、その日の放課後、僕は簡易染めの髪の毛の触りながら、葉月さんを待っていた。
妙にごわごわする、けれども次第に病みつきになるその手触りを、僕はいつしか好いている。
「ごめんねー。じゃあ行こっか」
「うん。ところで、僕がここで待つ必要なんてあった?」
「別にないよぉ。気にしない、気にしない。さあ、行こ」
少なからず訝しむ僕をよそに、葉月さんはすたすたと歩き出す。
これから僕ら青軍リーダーは体育祭の打ち上げを焼肉屋で行う。そのため、校門前に集合するのだが、先ほどまで木村先輩らと着替えていたのに、わざわざここで一度僕と待ち合わせるなんて、一体どういう意図があるのだろうか。
「そうやって僕を引っ掻き回すのはやめてくれないかな?」
たださりげなく僕がそう告げると、弾んでいた葉月さんの脚がピンと張りながら止まり、踵を返してきた。
「本気でそう思ってる?」
そう僕に訊ねる葉月さんは眉根を寄せている。睨め付けているようで何処か不安も滲ませているような、そんな気がした。
「・・・・・・思ってません」
「なに?その間はー。ほらっ、行くよ」
そう言って、葉月さんは僕の手を握って走り出す。
そんな彼女に僕は、黙ってなすがままに引かれていった。
太陽も完全に沈みつつある夕さり。遅れて校門前に向かう僕らの目に飛び込んだのは、数多の生徒たち。
青軍だけでなく、その他の軍の応援リーダーも揃って喋っている。全軍入り混じっての井戸端会議だ。というよりもお互いの健闘を讃え合っている感じに見える。
「おーい、みっちょん、おとやー。ここだよー」
相変わらずの観察力、周囲に気を配れる木村先輩が僕と葉月さんに気づいた。
「待ってたよー。ていうか、なになに?同伴出勤かなにかー?」
玄関で僕は葉月さんの手を離していたのに、勘が鋭いというかなんというか例えが絶妙ですよ木村先輩。
「えーっ。そう見えますか?すみれセンパイ」
「そりゃあもち。体育祭本番の頃からもう、ねっ?」
「えーっ、なんか照れちゃいますぅー」
「で?いつからの関係なのよ、お二人さん」
「話に花を咲かせているところで申し訳ないですが、僕らはそういう蜜月な関係ではないですよ」
僕が話の腰をバキバキに折ってあげたところで、二人は白けた様子で互いに、
「でた!川端節!」と共鳴を響かせた。
夕闇のなか、街灯により仄明るいとある駅前の商店街。体育祭リーダー一体となって下校を行う姿は、側から見れば陽キャの集団だが、こちらは凱旋の如く、殊勝な態度を覗かせている。
僕ら青軍の打ち上げ会場は、近藤先輩の両親が営む食堂である。
他の軍は、焼肉であったりコスパの良い食べ放題の店で慰労会を行なっているようだが、そういう意味では青軍の行く店が、一番コスパが良いに違いない。なんせ我が青軍の打上げは、一人あたり1000円で食べ放題なのだから。
「うちの店あそこだから」
商店街のモールを抜け、近藤先輩の指差す店の看板には『中華食堂【炎家】』と名前が描かれていた。
その軒先テントの下に、一組のカップルが手を繋いで僕らを待っている。大久保君と喜多川だ。おそらく大久保君が松葉杖で歩くため、余裕を持って先に校舎を出発したのだろう。決して二人きりになりたいからではないと思いたい。
「あれ?先に入っててよかったのに」と近藤先輩。
「いや、こういう時どうすればいいのかわからなくて」
照れ臭そうにそう答える大久保君。確かに体育祭リーダーを離脱したため、打上げに参加することに少なからず躊躇いもあるのだろう。それでも半ば強制ぎみであることは喜多川の腕組みの屈強さから窺える。
「あら。ここにも同伴がいる」と僕をいじってくる木村先輩。本当、そういうのいいですから。敢えて無視しましょう。
「そうなんですぅー」
絶賛、木村先輩推しの葉月さんがすかさず絡んでくる。この二人、本当に仲がよろいい事で。
「まあ、とにかく入ろうや」
団長の高城先輩の指示で、ようやく僕らは店内へと入っていく。
「いらっしゃい。みんなお疲れさま」
40代くらいの女性が、優しい声音で僕らを労う。近藤先輩のお母さんだ。奥の方では店主であろう先輩の親父さんが、中華鍋を器用に扱って料理している。
「らっしゃい」
店の雰囲気は、入って左にキッチン、その前にカウンターに6席ほどあって、テーブルが3席並んでいる。一般的な食堂サイズだ。今宵はこの全席が僕ら高校生の集団で埋まる。いわゆる貸し切りというやつだ。
近藤先輩の指示のもと、まずは団長と木村先輩が奥のテーブル席につく。
「はーい、音也とみっちょんはこっちね」
木村先輩が僕らを手招く。まさか先ほどのいじりの続きでも始めるのだろうか、と見てみぬふりをしようとするが、葉月さんに腕を掴まれた僕は、泣く泣く4人テーブル席の対面へと座った。
テーブルには、すでに春雨サラダとチンジャオロース、そして出来立てのエビチリが並べられている。それらの香りからして食欲をそそる一品たちにすぐにでも口にしたい気持ちだ。
隣のテーブルには副団長兼ホール番の近藤先輩ら3年生の方々。入り口のテーブルには
大久保君、喜多川、瀬戸君が座る。もちろん大久保喜多川ペアは隣同士。1年生はカウンター席に腰をかける。
「15名様ありがとうございまーす」
店主の快活な声が店内に響く。おそらくは応援優勝の一報は耳にしているはず。こちらに目を向けた彼の表情は、料理を振るっている時とは違い相好を崩している。
「母さん、コーラ5にオレンジジュース2、ジンジャーエール3、ウーロン茶4とオレはノンアルビールで」
「はいよ」
「おい、一人だけ雰囲気出してんじゃねえよ、健治」
「いいじゃんいいじゃん。今日は優勝祝いだぞ」
家族の会話が軽快に飛び交う。その光景を少なからず僕は羨ましく思っていた。今更ではあるが健治って言うんだな、近藤先輩の下の名前。
全員の飲み物が揃ったところで、団長の高城先輩が乾杯の挨拶をするために立ち上がる。
「今日はお疲れさま。みんなのおかげで応援優勝を勝ち取ることができました。まあなんだ、募る話もあるけどまずは乾杯しよう」
高城先輩の声がけに、スッと立ち上がる木村先輩。それを見てみんなも起立した。
「優勝を祝って乾杯!」
『乾杯!!!』
ウーロン茶を一口にした僕は、目の前にある中華サラダを自分の箸で取ろうとすると、すぐさま木村先輩の制止が入る。
「ダメでしょ、自分の箸でつついちゃ。行儀が悪いでしょ。だからお姉さんがよそってあげる」
そう言いながら、木村先輩は4人の小皿に春雨サラダを均等に配る。慣れているなと感じていると、彼女はその理由を話してくれた。
木村先輩は飲食店で働いていて、大学生や年配の方も多く、時折開かれる飲み会で年上の人が料理を分けているのを見て、それが作法ということを知ったらしい。
「他の料理はそれぞれ取り分け用の箸を置いておくからそれを使ってね」
「はい。でもやっぱりすみれセンパイって大人だなー」
葉月さんが持ち上げると、彼女はそんなことないよと謙遜する。
「みっちょんだって、お弁当作ってるじゃん。わたし、早起きしてまで作れないよぉ」
「いや、そんな大変なことしてないですよ。大半が昨日の夜のおかずだったり、冷食(冷凍食品)ですから」
「いやいや、それを毎日やってるのがスゴいんだから」
「すみれセンパイこそ、ボランティア活動しながらバイトもしてるなんて尊敬します!」
そんな二人のヨイショぶりを僕はただただ頷く。僕からしてみたら二人ともよっぽど大人だ。
「ギターも上手いし、ダンスもキレキレだったよな」
そう話す高城先輩。どうやら彼は、昨年の文化祭で葉月さんの演奏を見て感銘を受けたそうだ。その当時は彼女の障害については知らず、のちに人伝で知ったそうだが、その時も差別や偏見といった考えよりも「特別」であるという感情を抱いたそうだ。
いわゆるオンリーワン。そのことを彼は素直に称えていた。
それに対して、僕は少し不快感を感じた。あまりにも誇張しているというか、安直に考えているのではないか。葉月さんも僕ら普通の高校生であると思いたいのではないか。きっと過去に劣等感を抱いたに違いない彼女が今、こうして持ち上げられていることに違和感を感じているのでは、と僕は思わずにいられなかった。
果たして、葉月さんはどう感じているのだろう。
「たかてぃん(高城)こそバク転完璧だったじゃん!マジ、イケメだったぞ!」
話題の主役を高城先輩へと移す木村先輩。むしろあなたがイケメンですねよ。
「いやー、かなりブランクあったから内心ドキドキだったわ」
本番中、冷や汗が止まらなかったことを話す高城先輩。正直、それほど緊張している素振りは見せていなかった。むしろ、体育祭中に僕らリーダーたちを鼓舞してくれたり、ダンス終了後は、一人ひとりを直接労ったりと、尊敬に値する振る舞いであった。
だからこそ、先ほどの失言に僕は少なからず失望した。緊張感の続く体育祭が終わり、今日一日の大団円で気が緩んでいようとも。
すると、話題の矛先が僕へと向かう。あまり気が乗らないため、差し障りの無い言葉で返そうと思っていると、彼らの望外な発言を耳にすることになる。
「音也マジでかっこよかったらしいよ」
「そうそう。クラスメイトの間でも話題になってたぞ」
何やら体育祭後の彼らの教室で、僕についての話題で持ちきりだったようだ。
「そ、そうなんですか・・・・・・」
彼らによると、僕のアクロバットに大変エキサイトしたらしく、運動神経の良い高城先輩を超えるような演技であったと絶賛されたそうだ。まあ、元体操部なのだから無様な演技は見せられないと僕も内心焦っていたからな。自宅の庭での練習の日々が思い返されてきて、なんだか感動してきた。ただのしがない男子高校生ですが。
それでも、一部の女子の間では陽キャに映ったらしく、顔がほの字になっているだとか。容姿自体は変わらず、ただ髪をセットしてもらっただけなのに、これが体育祭マジックというやつなのか。
「へえ・・・・・・・上級生に惚れられるだなんて、羨ましいぞ、川端くん」
横で僕を褒めているだろうけど、なんだか白々しい表情の葉月さん。普段は読書男子である僕が、鮮烈に目立ってしまって逆に冷めているのだろうか。
「音也だけじゃなくて、みっちょんも可愛いって、クラスの男子から評判だったぞ」
「そ、そうなんですかー。何だか恥ずかしい・・・・・・」
すみれ先輩の言葉に、手を頬にあてそう呟く葉月さん。恥ずかしがるのもそうだし、いまだに緩く巻いてある髪も、やはり新鮮で何とも言えない気持ちにさせられる。
「でも二人とも安心して。みんな、君たちがカップルなのか聞いてくるから、そうだよって言っておいたから」
「そんなー困りますよぉー。そのうち私たちの学年にも広まるじゃないですかぁー」
葉月さんと同様に僕も、明日にでも訂正するようにと彼女に促した。しかし、そう発言する葉月さんの声色は何だか楽しそうだ。
会話の最中にも、次々に完成された料理を近藤先輩は手際よく各々へ置いていく。また、普段は生ビールに用いるであろう中ジョッキを、彼は片手につき4本指に挟んで、8本一気に運んでいる。普段から店の手伝いをしていることが容易に想像つく。
流石にジョッキ一杯のジュースを飲み干した僕がトイレから戻ると、僕の席に瀬戸君が座っていた。本人曰く、団長と乾杯、酒のつまみがてら彼と話したかったそうだ。おそらく理由はそれだけでないだろう。彼の席には大久保君と喜多川がいて、彼らの仲睦まじい様子に耐えられなくなったに違いない。ごめん、かなり柔和に表現してみた。
さてどうしたものかとその場に立ち尽くしていると、1年の松村君に「先輩、ここの席空いてますよ」と隣の席を指差す。ゆくりない援護に僕は、逡巡せずにその席に座った。
松村寛斗。ダンス練習後にたびたび僕に話しかけてきた彼は、今回も僕と話したかったようである。
「川端先輩。今日は本当にかっこよかったです。本番中なのに見入ってましたよ」
「踊る側の人間が見入ってたらダメだろ。撮影班がいるんだから後でじっくり観ればいいんだよ」
「いや、生で見たかったんです。先輩の勇姿を目に焼き付けることが大事なんです」
「勇姿って、寛斗。あまり大袈裟に語るんじゃないよ」
松村君の目が輝いていることに気づいた僕は、それによる高揚感を抑えるために平静を装いながら、彼の話を聞き続けた。アクロバットの美しさを事細かに言う彼の姿は、もはや体操の審判以上に、売れる記事にしたい新聞記者のようである。
「うちのクラスの女子も、先輩かっこいいって言ってましたよ」
先ほど耳にした言葉である。やはりモテ期到来ということなのか・・・・・・。
「あっ、でも安心してください。先輩には彼女がいるって言っておきましたから」
それもつい数十分前に聞いたやつである。今後訪れるかもしれない面倒事がなくなるのは嬉しいが、そもそも彼女のいない僕には何の利点もないことに気づき、悲しいというか複雑な心境になってきた。すみれ先輩から広まる誤解に関しては、別の学校の女子生徒ということにしよう。葉月さんには後で口裏を合わせておかないと。
「ホント、可愛い彼女さんがいて羨ましいですよー」
「ん?誰のことを言ってるんだ?そもそも彼女なんていないし」
「またまたー。隠さないでいいんですよ」
松村君が誤解している。いや、単純に僕をからかっているだけなのか。後輩にからかわれるのは、流石に気分が良くないからからかい返しでもしてやるか。
そう思った矢先、葉月さんが僕らのもとへとやってくる。両手には彼女自身のジョッキとおそらく僕のジョッキを携えて、少し不器用に運んできた。
「なに二人でコソコソやってるのぉ?私も混ぜてよ。はいこれ、川端くんのジュース」
「ありがとう」
僕がお礼を言うと、「どういたしまして」と僕の隣の一番端にあるカウンター席に座る葉月さん。まるで合コンでいうところの席替えみたいだ。
「いやー、ちょうど川端先輩の勇姿について語ってたところなんですよー。葉月先輩から見てもやっぱりカッコよかったんじゃないですか?特等席でしたし」
「そうだねぇー。普段は変わってる分、一層よく見えたかな。勇姿なら前にも見てるし特段輝いてた訳じゃあないけどね」
ニヤニヤしながらそう話す葉月さん。敢えて「カッコよかった」と言わないあたりが、僕への対抗心なのか、実際に緊張していてそこまで目を凝らせなかったのかは、その表情から見てとることは難しい。
「えー他にもあるんですか、川端先輩の武勇伝が?」
「そうだよぉー。ねっ?」
葉月さん同様に松村君までが、僕に好奇な視線を送ってくる。一度、無視でも決め込もうかとも思ったが、雰囲気に酔ったのかお酒を飲んでもいないのに、彼らにあけすけにものを言うことになるのである。
「僕には皆目見当もつかないから、葉月さんの口から言ってよ」
「えー・・・・・・」と想定通り口籠る葉月さん。
「早く教えてくださいよー。葉月センパイ」
返す刀を葉月さんへと向けた松村君。それに対して黙っていられなかった僕は、
「じゃあ先に寛斗の武勇伝でも聞かせてもらおうか。最近、彼女ができて勢いづいてるみたいだし」
と矛先を彼へと向ける。「その話は内緒のはずだったのに」と焦りをみせる松村君。息を吹き返した葉月さんが、「えっ、何なに?聞きたーい」と彼をヨイショし始めた。
最近、彼は同級生に告白され、そのまま付き合うことになったそうだ。女子に告白されるとは何とも羨ましいが、彼の人となりを見る限り当然と言われても大袈裟ではないことである。
初めは初対面の人間にやたらと入りこんでくるなと思いつつも、先輩に対する敬語は忘れず、会話の内容にも趣きがあって良いやつだとすぐに確信した。。
実際、容姿はそこそこではあるものの、人付き合いが本当に上手いと皆が言う。誰とでも分け隔てなく接することができるのだろう、初対面の僕に対しても健気に声をかけてきた彼。体育祭リーダーになったのも、クラスで無言が続くなか、立候補したのだという。
木村先輩と同様に彼もまた周囲に対する気遣いもでき、場を盛り上げることのできるリーダーになるべくしてなったという器の持ち主である。まるで僕とは正反対の綺羅星のようだが、こんな僕にでも光を与えてくれる彼にはいつしか好意を持つようになった。
そんな彼は、リーダーになってからしばらくして、クラスメイトの女子に告白されたそうだ。なにやら彼とペアになった女子が松村君を狙っているという眉唾物を、今の彼女が信じてしまい、それに先んじて行動に出たようである。結果、その子からしたら最良の結末を迎えるのだが、それは松村君にとっても同様であった、
彼もまた、彼女のことを好いていたのである。その時の胸の高鳴りを彼は僕に告げていた。あれほどの笑みを後に、僕は彼から窺うことはなかった。彼女ができるということは、つまりはそういう事なんだと思う。
松村君の話は他の1年生も混じって盛大に語られることになった。登下校時は、一緒に帰っているところを度々目撃され、デート中の様子も盗み見られていたそうだ。何やらデート中に買ったペアのアクセサリーをお互いに見せ合いっこしていたそうだ。
僕は何だか共感性羞恥を感じ始めていると、松村君が僕と葉月さんを見ながら、
「そういえば、先輩たちが仲良さそうにしているところ、オレの彼女から聞きましたよ」
松村君が言うには、先日僕と葉月さんが僕の家へ向かう様子を、彼の彼女が目撃したらようだ。葉月さんと少し前を歩く僕の様子が、まるで九州男子とその彼女、もしくは亭主関白の夫婦のように見えたらしい。彼女にとって僕の印象はあまりよろしくないようだな。表情も崩していなかったというよりは、緊張していたのかもしれない。
とりあえず、僕らが松村君の思っているような関係ではないと説明するも、彼は腑に落ちない様子である。確かに今となっては葉月さんとは親しい友達くらいにはなっているが、恋人にしたいという感情には至ってはいない。しかし、そんな僕でも葉月さんみたいな彼女ができたら、きっと楽しいんだろうなという稚い思いは日々募っていた。
葉月さんはどう思っているのだろう。少なくとも体育祭リーダーとして僕とペアを組んで踊ったことに満足はしているみたいだけど。
「まあ、気になる人はいるけどね・・・・・・」
葉月さんの暴露によって店中が大いに盛り上がることになった。木村先輩が、「おおよそ見当はつくけどね」と場を収めに取りかかるも、一部では推察が行われることになった。
そんななか、一人の生徒が僕と葉月さんを彼のいるテーブル席へと招く。大久保君だ。
隣には喜多川がいるが、ここは躊躇わずに僕らは席へと着く。
二人きりの時間を奪われさぞかし不機嫌なのだろうと、喜多川を見るとむしろ穏やかでどこか羞恥心を孕んだかのような表情を見せていた。
「音也にみっちょん、本当にありがとね。二人のおかげで僕の罪は軽くなったよ」と意味深な発言をする大久保君。
「いや、君が謝ることなんて何もないよ。ましてや罪だなんて、ねえ、川端君?」
「うん。大久保君はダンスだけでなく、部活も誠意一杯努力した。その結果起きた結果はどうすることもできないし、君には贖罪する必要もないのだから」
大久保君は責任感の強い男だ。彼が怪我を負ったことにより、その責任を誰かに転嫁することになったからか、罪の意識を今だに露わにしている。偶然僕がいたから、アクロバットは成功した。いなければ、近藤先輩がその重責を担うことになり、上下関係を重んじる彼からしたら、肩身が狭くなっていただろうと、僕でも推察がいく。
「そう言ってもらえて嬉しいよ。ありがとう」
深々とお辞儀をする大久保君。するとスマホを取り出し、僕らの演技に感動したことを話し始めた。そこには僕のアクロバットと葉月さんとの最初の演技、そのほかは基本喜多川の演技を撮り続けてあった。
意外であった。彼女である喜多川を始めから最後まで撮り続けると思ったからだ。全体動画については撮影班が行っていたのでなおさらである。
それでも自然と僕と葉月さんは大久保君のスマホから目が離せなくなった。正直、自分の演技はアクロバット以外みんなよりも劣ってて恥ずかしかったし、途中から喜多川と瀬戸君の演技、特に喜多川のアップは何か恋人同士の思いが共鳴しているようで恥ずかくなった。当の喜多川本人も自身の容姿に絶対の自信があるにも関わらず、あまりのズームに目を覆いたくなるほどである。まさに共感性羞恥である。
動画が終了ししばらくすると、喜多川の口から想定外の言葉が発せられた。
「二人ともありがとう。みんなのおかげで私、頑張れたから」
喜多川が言うには、僕と葉月さんが必死に練習している姿勢も見て、自分を見つめ直し、彼氏のために頑張ろうと誓ったという。確かに演技中の喜多川の表情にはいつもの精悍さというよりは、演技を楽しんでいるように見え、また、みんなに見てもらえるといった喜びが全身で上手く表されているように思えた。いつものように鼻じろんでいない彼女が、画面越しにも目の前にもいない。
「いえいえ、こちらこそだよ。喜多川さんダンス上手いからいろいろ教えてもらえて頼もしかったよ」
そう答える葉月さんに、柔らかな表情で「そう?」とこめかみを掻きながら呟く喜多川。
「それにまた来年もあるんだから、期待してますぞ、団長と副団長」
「気が早いなー。みっちょんは」と言いながらも大久保君の表情は先を見据えている。
「川端君もそう思うでしょ?」
葉月さんの突然の振りに、正直ではあるが、皮肉った言葉を与えてみる。
「まあ、美男美女カップルなんだからなって当然か」
「いや、思ってないだろ、なあ優?」
「うん。目が死んでる」
いつもの鋭い目つきと言葉尻が蘇っている喜多川。その発言に僕はつい、この言葉を漏らしてまう。
「一応本心ではあるんだけれど・・・・・・喜多川さんに嫌われてるからしょうがないか
・・・・・・」
一瞬テーブル席が静けさに包まれる。不味い、波風を立てる僕の癖が出てしまった。ここでの失言は今後の学生生活に影響が出てしまいかねない。続けてフォローの言葉を口にしようとすると、先に声を上げたのは喜多川であった。
「私、もうそんなにあんたのこと嫌ってないよ。むしろあんたの方こそ私のこと嫌いでしょう」
喜多川の言っている事は半分正しい。確かに僕は彼女の態度が嫌いである。そこは否定しかねる。それでも、以前に比べればそういった気持ちが失われつつあるのは、彼女の一つの目標に対して努力する姿勢を見たおかげかもしれない。
ただ、彼女の言葉に疑問感じたことがある。彼女が僕のことをそれほど忌み嫌っていないということだ。彼女自身も同様に僕の体育祭リーダーという一つのコミュニティーで取り組む姿勢を見て、考えを改めたのかもしれない。
「いや、むしろ好きだって言いましたよ。一年の時に」
「なっ、何言ってるのよ。そんなの嘘だったってわかってるんだから」
意表を突いた僕の発言に軽く激昂する喜多川。彼女の赤く染まる頬を見るのはいつぶりだろう。それくらいお互いにほとんど口も聞いていなかったのに、今またこうして話すとはストーカー呼ばわりされたあの日からは想像もつかなかった。
人生は何が起こるかわからないとは、よく先人らが言っているのを、まざまざと実感している。そして、今この瞬間が浮かぶ瀬であるのだろう。
「えっ、川端くん。優ちゃんに告白していたの!?」
驚愕の表情を浮かべる葉月さん。僕からしたら彼女が喜多川を下の名前で呼んでいることに驚愕なのだが。
それにしても、隣にいる葉月さんのこの表情。軽蔑しているのか憤慨しているのか、とにかく僕への心証が悪くなったことは間違いない。『君を守るためだったんだ』とは決して言えない。
「二人とも、僕の過去の黒歴史を掘り起こさないでもらえないかな。こういう話は僕から自主的に言わないと笑えないんだよ」
「えー。だったら話してよぉ」
「いや、ダメだからミチカ。私も何だか恥ずかしい」と喜多川の想定外のフォロー。
「あんまり、川端くんをいじめないであげて。ほら、二人とも誤解は解けたんだから握手しよう」
そう言って、僕と喜多川に握手させる大久保君。失言による無卦を回避した僕は、言われるがままに、喜多川の細長い指に触れることとなった。
それにつられたのか、葉月さんも僕らの手にグーの手で触れてくる。
「えーっ。なに2年だけで一致団結してるのよ!私も入るー」
そう後ろから木村先輩の声が聞こえるや、すぐに僕らの握手の輪の中へ彼女が入ってきた。続けて高城先輩に、他の3年の先輩方。遂には全員がこの輪の中へ入ってきた。
「それじゃあ、いくぞー。ウィーアー、レ・ブルー」
近藤先輩の一声でオールセットした手を天井へ向け突き上げた。英語とフランス語が混同していることに、多少違和感を覚えるが、響きが良かったので何も突っ込まないでおこう。




