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心の海へと帆を上げて③

 昼食を挟んだ後、午後の種目の一つめに、体育祭のメインイベントの一つである僕ら応援リーダーによるダンス披露が始まろうとしていた。 

 僕らの高校の体育祭は、総合優勝と応援優勝の二つの賞が存在する。

 総合優勝は言わずもがな、各種目の合計点が最も高い軍に与えられる賞である。

 もう一つの応援優勝は、体育祭を通しての応援合戦の様子とダンスの実施内容が評価されて賞が決まる。

 ある意味、競技の一部と化している各軍のダンス披露。即ち、ダンスを制するものが応援合戦を制すると言っても過言ではないのだ。

 そのダンス披露の順番だが、事前抽選の結果、青軍が一番最初の実施となっている。

 ただでさえ緊張するのに一番手とは。しかし、この最初のダンスが大きく評価されれば、後に実施する軍にプレッシャーを与えることができるし、審査員もより慎重に審査することになるため、この最初の実施が最高の演技となれば大きく優勝に近づくはずだ。

「わあー。なんか緊張してきた」

「葉月さんでも緊張するんだね」

 楽しみではあるが、少し心配そうな面持ちの葉月さんに僕はそう呟いた。

「えー、なんか失礼だなぁ。川端くんは私のこと、普段なにも考えてないお花畑ちゃんだと思ってるわけ?」

「いや、そうじゃなくて。人前で演奏してる葉月さんなら、ここでも平常心を貫けるだろうと思ったから」

「わたしだって緊張はするよぉー。やっぱりこの緊張感は、一ヶ月練習を頑張ったからこそ湧き出てくるものなのかな」

「きっとそうだね。絶え間ない努力があったからこそのこの緊張なんだろうな」

「あっ、川端くん。今くさいセリフ言ったぁー。ウケるー」

「心外だな。葉月さんの緊張をほぐすためにわざと言ったんだよ」

「ははは。無理しなくていいから。でも、ありがとね」

 ダンス開始の待ち時間にとめどないやりとりで緊張を和らげる僕と葉月さん。ここまで来たからには悔いのないダンスをやるしかない。


 そして遂に、応援リーダーらによるダンス演技が始まった。

 ユーロビートのBGMを背に女子リーダー全員と男子リーダーが手拍子するなか、僕や団長を含めた四人がバク転といったアクロバットを披露する。

よし、上手くいった。まずは第一関門突破だ。

 生徒や教師、父兄といった観客からの盛大な歓声に包まれるなかで僕らのダンスが始まる。

 まずは、リーダー全員が均等な配置でダンスを行う。JPOPの曲に合わせて足下の激しい動きをシンクロさせる。また、足下に負けないくらい上半身もキレよく動かす。いわば『芸術』、アーティスティックスイミングのように一糸乱れぬ一体感を表現するのだ。

 ピタッと動きを止め、曲調が変わる。僕らアクロバティックチームが再び演技を披露する。先ほどの演技とほぼ同様だが、僕と団長はバク転の数も増え、審査員席まで近づき、バク宙を披露した。すると、ここでも大きな歓声に包まれた。

 団長の高城先輩は体操部ではないが、小学校6年間体操クラブに所属していてバク宙まではマスターしていた。僕は彼の動きを見ていないがどうやら上手く揃っていたようだ。

 音楽が変わり、アクロバティックメンバーはクラウチングスタートのようにしゃがみ込み静止している。妖艶じみた曲調に乗って僕らのもとにペアである女子リーダーが現れた。

 葉月さんが僕に手を差し伸べる。この時、曇天の中に差し込まれた光。

 アラビアン、いわば艶やかな曲調に合わせ、僕と葉月さんは互いの背中を近づけ、腕を組むだけでなく手を恋人繋ぎにして踊る。社交ダンスのように互いの息が合わないと「見栄え」に影響するのである。

 ましてや、僕らは演技者のなかでも最前列。絶対にミスはできない。プレッシャーは相当だ。

 実際のところ演技中の僕は心臓バクバクで、さらに追い打ちをかけるように、葉月さんとの距離が過去一番に近く、所々で彼女の双丘が触れることによって、本能的に昇天しそうであった。

 それでもただひたすら必死に演技することで我を保つことができた。このような場面で煩悩に塗れるなんて僕の矜持が決して許さない。

 いつしか、僕は自然と笑みが零れた。恐らくそれは、葉月さんや他のリーダーたち、喜多川も同様だったに違いない。いわば「ダンサーズハイ」の領域に僕らは達した。


 演技を終えると、僕らは盛大な拍手に包まれた。この時の僕は、これまでに感じたことのない感情に胸を昂らせていた。

 観衆の目の前で、他のリーダーを差し置いて団長らと共に最前列で拍手喝采を浴びている僕は、申し訳なさも感じたがそれ以上にやりきったという達成感に満ち溢れていた。

 高城先輩に木村先輩、葉月さんに僕。この四人がこの歓声を、各々に一番耳に響かせたのは間違いない。

 お互いのペアが手を繋ぎ、さらにリーダー全員が一列に手を繋いだ状態で観衆へ向かってお辞儀をする。その中心に僕はいる。

 僕と葉月さんの手は互いを讃え合う汗でぐしょぐしょであった。


 全軍のダンス演技後も競技は続いた。

 高得点競技である男子棒倒し、女子騎馬戦、軍対抗リレー。手汗握る拮抗した戦いに僕ら生徒だけでなく教師や父兄らもその闘いに熱い視線を送った。その間も応援リーダーは先頭に立って応援を続けた。

 全ての競技が終了し、審査委員からの発表を待つ。

 神妙な面持ちで待つ生徒たち。その中心に僕も立っている。

「何だか緊張するね」

 いつも笑顔の絶えない葉月さんでも表情は少し硬く、今は自ずと口数が少なくなりおぼつかない。

「うん。今はただ待つことしかできないね」

 普段、こういう場面で比較的冷めている僕でも手に力が入っている。

 そして、審査委員長である校長がマイクの前に現れ、例に違わず生徒らを激励した後、待ちに待った結果を告げる。

「応援優勝は・・・青軍です」

 青軍サイドから歓声が沸き起こる。正に殊勲の勝利である。僕も思わずこぶしを握った。

『優勝するって、こんなにも気持ちいいものなんだな・・・・・・』

 僕にしては珍しく清々しい面持ちで、その場に立ち尽くしていると、

「川端君!やったね!応援優勝だよ!」

 と勝利の余韻に浸る僕に向かって、葉月さんが両手を眼前に突き出してきた。

「やったね」

 無邪気な周囲の声とは対照的に、僕と葉月さんの手のひらがひっそりと鳴る。

 葉月さんの笑顔に、思わず笑みがこぼれた。

 この瞬間のハイタッチのために、僕は慣れない大役を頑張ってこれたんだとつくづく思う。それくらい、今の僕は幸せという感情に満ち溢れていた。


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